※本記事の内容は掲載当時のものです。
ナンデモQ&A:後加工
Q:製本用接着剤の種類と今後の動向はどうでしょうか。
A:【製本用接着剤】
製本用接着剤として使用されているホットメルト(hot melt)接着剤は、通常はチップ状の固体です。一般的には、約180℃の熱を加えて溶解させて、本の背の部分に塗布します。そこに表紙を貼り付けて、プレスによって形を整えて製本します。熱を加えると解けて流動性が発現し、熱が冷めることにより固化する即硬化型の接着剤です。 ホットメルト接着剤の成分には、ベース樹脂として熱可塑性ポリマーのEVA(エチレン酢酸ビニール共重合体)樹脂が使用されています。その他に、粘着付与剤やワックスや安定剤が配合されています。
もともと紙器関連で使用される接着剤は、デンプンを水に溶かしたデンプン糊が主流でした。その後、デンプンに代わって、合成樹脂を主成分にしたエマルジョン型接着剤が開発されました。エマルジョン型接着剤によって、デンプン糊に比べて乾燥性を向上させることが可能になり、製造ラインのスピード追随性の要求される工業用途で普及しました。更に、ホットメルト接着剤の開発により高速接着が可能になりました。合成樹脂を水に分散させたエマルジョン型接着剤に比べ、ホットメルト接着剤は冷却により接着性が発現するため、スピード追随性は向上します。 製本用としても、かつてはデンプン系接着剤が使用されていました。その後、スピード化によりエマルジョン型接着剤に置き換わり、更に一部の製本を除いてホットメルト接着剤を使用することによって、ラインスピードの向上を実現してます。
【ホットメルト接着剤の種類】
1. 反応性ポリウレタン系ホットメルト接着剤(PUR-FECT Lok MR95S)
反応性ポリウレタン系ホットメルト接着剤は、ポリウレタン系の樹脂をベースにしています。Poly Urethane Reactiveの略で『PUR』と呼ばれています。この接着剤は、空気中の湿気や被着体(紙)の中に含まれる水分と反応して硬化します。この反応は不可逆的架橋反応であるため、通常のホットメルト接着剤とは異なり、反応終了後は加熱しても溶剤に浸しても、再び溶解することはありません。PURは建築用パネル、流し台など耐熱性を要求される用途で使用されていましたが、ウレタン樹脂が非常に柔軟であることから、製本用途にも使用されるようになりました。ヨーロッパやアメリカではEVA系のホットメルトに代わって、PURの普及が急速に進んでいます。日本の製本分野においては、10年程前から無線製本にPURが使用されています。日本の市場では、無線製本以外に、独特のアジロ製本があり、アジロ製本への対応が難しいとされておりましたが、最近ではPURの開発も順調に進み、7000冊/時程度のスピードでPURのアジロ製本が行われております。
2. エマルジョン&ホットメルト 2ショットシステム(TWINFLEX R)
ヨーロッパで開発したシステムで、第一ショットとしてエマルジョン型接着剤を塗布し、第二ショットとしてホットメルトを塗布する2ショットの製本方法です。
エマルジョン型接着剤とEVA系ホットメルト接着剤の相性は悪く、一時的に接着しても、その界面で剥離が発生しやすいものであります。しかしながら、このシステムに使用されるエマルジョン型接着剤は特殊なものであり、ホットメルト接着剤と反応することにより強靭な仕上がりが得られます。ヨーロッパでは無線製本だけでなく、上製本の下固め用にも使用されております。上製本に使用する場合は、この接着剤が強靭であるため、糸かがりをなくして無線上製で製本することが可能であり、トータルコストダウンに寄与しております。
エマルジョン型接着剤による下固めは、エマルジョンの初期強度発現に合わせて低速のラインスピードで生産し、養生時間も必要です。この2ショットシステムを使うとホットメルトの固化速度での生産が可能で、養生時間も不要です。無線ラインでの下固めから直結で丸み出しラインに本を流すことができるので、工程時間を極端に短縮することが可能です。残念ながら日本での実績はまだありません。
3. 低温塗布型ホットメルト接着剤(クールバインド234-1304)
低温塗布型ホットメルト接着剤は、120℃で塗布できる接着剤です。塗布温度が低温のため、ホットメルトの固化スピードが早く、揮発成分が少ないため機械の汚れが減少し作業環境が改善につながり、低温により安全性も向上します。
従来の180℃で溶解するホットメルトを刷本に塗布すると紙の中の水分が急速に蒸発して、紙にしわが発生したり、ホットメルト接着剤の皮膜の中に気泡が入り込み、皮膜に巣が発生しやすくなります。120℃という低温で接着剤を塗布することにより、このようなトラブルを抑制することができます。また、機械周りの臭気、汚れも低減できますし、機械のメンテナンスの点でも利点があります、低温塗布型ホットメルト接着剤は、今では製本分野だけでなく、包装用ホットメルトを含めて、世界的なトレンドになっております。専用の塗布装置も不要で、現行の生産ラインのままで180℃塗布のホットメルト接着剤からの置き換えが可能です。
4. 耐溶剤ホットメルト接着剤(インスタントロック MV152)
印刷に使用されるインキには溶剤が使用されています。最近の短納期の流れの中で、その溶剤を揮発させるに十分な養生時間が得られず、印刷物の中に溶剤が潜んだ状態で製本されるケースがあります。この場合、製本した後に印刷物の中に潜む溶剤がホットメルト接着剤を劣化させて本が壊れるというトラブルを引き起こします。最近では、環境対応のため大豆インキが使用されるケースが増えましたが、大豆インキに使用される溶剤が揮発しにくい性質をもっており、ホットメルトの劣化のトラブルが起こりやすくなったと言われております。
耐溶剤ホットメルト接着剤とは、溶剤に強い原料を使用することにより、溶剤の影響を受けにくい性質を付加した接着剤です。しかしながら、100%の耐久性があるのではなく、劣化に至るまでの良好な状態を長期間維持することができるというレベルのものです。いずれ劣化して壊れる可能性があることは否定できません。100%の耐久性を求めるのであれば前述のPURを使用するしかないです。
5. 汎用ホットメルト
これは通常のホットメルトの総称であります。約30年も前から使われているものです。ベースが熱可塑性ポリマーで、その中でEVA(エチレン酢酸ビニール共重合体)が主成分です。
【今後の動向】
世界的にみると、反応性ポリウエタン系ホットメルト接着剤(PUR)、低温塗布型ホットメルト接着剤への移行の動きが顕著にみられます。
しかし、日本では現在使用されているホットメルトのほとんどが一般的な汎用のホットメルトのままです。その理由は汎用のホットメルトの方が当然のことながら価格が安いということです。日本では出版不況の流れの中で製本単価も下落を続け、製本関連業で利益を上げてゆくことは年々難しくなってきております。結果的に、ホットメルトについても見かけの価格を追い求める傾向が続きました。しかしながら、本当に単価の安いホットメルトを使う方が低コストなのかどうかを考えると、そのやり方は必ずしも正しいとは言えない場合もあります。それは、一冊あたりに使用する接着剤費用や接着剤が関わる部分の経費を計算すると、ホットメルトの見かけの値段だけで判断するのは必ずしも正解とは言えないからです。
欧米ではユーザーだけでなく、接着剤メーカーもユーザーでのトータルコストダウンを試算・提案するのに積極的であります。汎用のホットメルトと比べて、1冊あたりの塗布量がいくらになるのかということから、ホットメルト関連部分でのコスト試算を細部に渡って数値化して比較しています。塗布量の計測もただ単に塗布厚で比較するのではなく、1冊あたりに使用するホットメルトの重量を計測して数値化しています。ホットメルトによっては紙に染み込むような性質のものもあるため、このようなホットメルトを使用すると単価は安くても使用量は多くなるので結果的にコストアップになります。更に、反応性ポリウレタン系ホットメルトの場合、それによって得られる付加価値や回避できる損失を数値化します。低温塗布型ホットメルトの場合も、エネルギーコストだけではなく、熱安定性に起因する汎用ホットメルトのマイナス点、低温塗布によって得られる紙のシワ、ホットメルト層の気泡などのメリット、機械汚れや機械のメンテナンスなど具体的な点を加味して比較しています。
こらからの日本の方向としては、紙のリサイクルに適した難細劣化ホットメルトとしての条件を兼ね備えているということを前提として、付加価値の高いものが導入されてゆくことになると思われます。
難細劣化ホットメルトは、古紙再生の時に脱墨原料の離解に使用されるパルパーというミキサーの中で、ホットメルト接着剤が細劣化せず除去できるという条件を満たしたホットメルト接着剤のことです。PURは難細劣化ホットメルトの条件を満たしておりますし、低温塗布型ホットメルト接着剤や耐溶剤ホットメルト接着剤や汎用ホットメルト接着剤も試験をクリアすれば、難細劣化ホットメルト接着剤として認可されます。このような認可をしているのは日本だけであり、欧米でも導入されることはないと思いますが、今後はこのような条件をクリアしつつ、さらに付加価値のある接着剤の開発と付加価値のある製本に向けて試行錯誤をしてゆくことが必要であると考えております。
取材協力:日本エヌエスシー(株)
TEL 03-3504-9680
(2004年5月10日)
(印刷情報サイトPrint-betterより転載)