※本記事の内容は掲載当時のものです。
書評:『焼跡のグラフィズム『FRONT』から『週刊サンニュース』へ』
多川 精一著
発行所 平凡社 新書 195ページ 価格756円
本書は,「気がつくと戦争しかなかった時代」を生きた,著者の優れた宣伝技術とデザインを戦後のジャーナリズムに生かそうとした記録で貴重な証言である。
著者が東方社,文化社,サンニュース社を経て,敗戦まで対外国宣伝誌「FRONT」に携わり,出版物の読ませる世界から見ることの重要さに開眼したという,著者の戦前戦後の出版記録と生活記録を表現している。
昭和16年12月8日の日米開戦の時からこの記録は始まる。著者は外国向けの宣伝物を制作していた東方社に開戦の翌年に入社。府立工芸を卒業し,先輩の原弘先生の助手として,写真を使った出版物のビジュアル化の先駆けである雑誌「FRONT」を発行していた。
戦時中の軍国主義国家である日本における,日本国民の日常生活の悲惨さ,軍部の官僚主義などに対する批判を,出版人という環境視点から厳しい目で観察しているドキュメントである。
文中頻繁に出てくる制作スタッフの原先生とは,戦後のデザイン界をリードした原弘のことで,タイポグラフィの視点から「ブックデザイン」の概念を当時から取り入れている。著者が尊敬し師弟関係にあるグラフィックデザイナーである。
戦時下の現象は現在の世代では考えられないが,戦前・戦中・戦後に生きてきた人たちは,本書を読んで特別な感銘を受けると思う。特に当時10代後半を過ごした人たちは,勤労動員に狩り出された経験や,B29の焼夷弾(しょういだん)攻撃に遭い家を焼かれ,食糧難にあえいでいたという苦難を経て今日がある。本書はこの経験を平和の願いとして,戦争を知らない世代に反面教師として役立つことを願っているという。
(2005年7月11日)
(印刷情報サイトPrint-betterより転載)