『This Point Forward』の魅力(番外編)

掲載日:2015年4月2日

現在ジョー・ウェブ博士とリチャード・ロマノ氏の新刊『This Point Forward』日本語版が大詰めにきている。その意外な魅力について語りたい。

『This Point Forward』の意外な魅力

JAGAT大会2014の講演で独特の語り口で聴衆を魅了したウェブ博士は、現在58歳。その年齢から想像できるがポップカルチャーがお好きなようで、特に映画や音楽に関するうんちくやシャレやジョークが本書のいたるところに散りばめられていて、読む人を飽きさせない。これはウェブ博士のサービス精神の表れではないだろうか。

『ゴッドファーザー』『カサブランカ』など名画中の名画もあれば、『ポリスアカデミー』『タイム・アフター・タイム』といったヒット作もあれば、レスリー・ニールセンの名セリフまで様々である。音楽にいたっては、レッド・ツェッペリンやカルチャークラブなど70年代から80年代のものに語呂合わせやジョークでさりげなく語っている。

印刷産業の未来を創るという本論とは直接関係ない場合もあるのだが、注釈(原注)がたくさんある。実はこの注釈が面白い。その幾つかを紹介したい。映画『ポリスアカデミー』に付けた注は以下の通り。

30歳、40歳以下の人にも『ポリスアカデミー』の話が通じるなどと期待してはなるまい。過去を覚えていないほうが良いこともある。

またFacebookについては、以下のような注が付けられている。

厳密に言えば、Facebookは10年前もあったが、そのネットワークはハーバード大学内に閉じられていた。映画『ソーシャル・ネットワーク』を見た人はご存じだろう(この映画なら30歳以下の人にもわかるかも)。

著者による「原注」と訳者・編集者による「訳注」

本書には、映画や音楽の話以外にもたくさんの注釈ある。例えば、人類最初の文字とも言われる亀の甲羅に刻まれたものについては、以下の具合である。

文字を書くのにウサギでなくカメを使ったということは、彼らは遅読者だったのだろうか。

新たなメディアの出現により過去のメディアが忘れ去られることの例として、iPodとウォークマンのことを挙げている。そして、25歳以下はウォークマンの存在すら知らないという。

2009年に13歳の少年がウォークマンと格闘する話は実に面白い。「カセットテープに裏面があることに気づくのに3日かかったよ」。

このように年齢にこだわってみたり、非常にユーモラスな表現で、注釈を読むだけでもとても楽しい。また日本語版の読者のために原書にはない「訳注」もたくさんつけた。これは原書ではわかりにくいアメリカの事情などが、少しでも理解が深まるようにとの訳者および編集者の配慮からである。

例えば、インバウンド・マーケティング(『未来を破壊する』の主要なキーワード)について触れた部分では、以下のような「訳注」を入れた。

インバウンド(inbound)とは「外から中へ入り込んでいく」という意味で、反対語はアウトバウンド(outbound)。サーチエンジンやソーシャルメディア、ブログなどを活用して「消費者に見つけてもらうマーケティング」手法をインバウンド・マーケティングという。これに対して、従来型マーケティング(アウトバウンド・マーケティング)では、テレビやラジオ・新聞、ダイレクトメールなどを活用する「消費者に見せつけるマーケティング」になる。マーケターから一方的に押し付けられる情報に、消費者は関心を示さないばかりか、望まない情報をブロックする技術も発達したことから、インバウンド・マーケティングに注目が集まっている(JAGAT刊『印刷白書2014』特集の項参照)。

また各章の合間には、幕間劇ともいうべきいろいろな年代の人の日記が挟み込まれている。これを読むといかに多くの人が、デジタルに依存している日々を送っているかがよくわかる(アメリカ人は老いも若きも男女問わずゲームが好きなようだ)。

マーケティングの重要性

マーケティング用語が頻出することも本書の特長である。イントロ部分でいきなりマグロウヒル・マガジンの広告「椅子に座る男」の話が出てくる。この話は有名なのでご存知の方も多いと思うが、マーケティング・コミュニケーションをどのように考えるかを示唆している。

最後にまた「椅子に座る男」と対比して「椅子に座らない=椅子のいらない男」が登場する。椅子のいらない彼らと同じ言語で話すことが重要だと言う。なぜなら印刷物はもはや唯一絶対のメディアではなく、One of Themに過ぎなくなっているので、彼らが頻繁に使うスマートフォンやWeb上でその価値を訴求していく必要があるからだ(ここから先は、ぜひ本書で!)。

デジタル・マーケティングの世界は日進月歩でどんどん新しいことが起きている。本書では、以前Webで書いた「マーケティングオートメーション」も重要な主題となっている。

IT技術やWebやアプリを「関係ない」と侮ってはいけない。これはアメリカで起きている事情だが、日本にも十分当てはまる内容だと思っている。本書を読めばその理由もよくわかるだろう。もう間もなく発行するので、ぜひともご期待いただきたい。

(JAGAT 研究調査部 上野寿)