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印刷物の携帯性や保存性、再生装置が不要などの、表面的機能性はしばしば指摘はされるが、電子メディアの画面との本質的で決定的な差異とは「五感への訴求力」である。 和紙やファインペーパー、ファンシーペーパーは感性機能紙とも言われる。
世界的に高い評価を受けているコンテンツを豊富に有する我が国であるが、そのコンテンツを意識の中にインプットしていく手段には伝統的な紙媒体、近年、急速に発展しているディスプレーなどの電子媒体が共存している。
old mediaの印刷物とnew mediaの電子メディアについて、「紙面と画面」について考えてみると、画面は視覚にしか訴えないしオーディオを組み合わせても主に目と耳の「二感」への訴求メディアといえる。
しかし、和紙やファインペーパー、ファンシーペーパーなどの感性機能紙とも言われる。印刷物には本などの情報出版においては、同じコンテンツでも文庫本と上製本では受け手には手触り、重量感など第一印象としての五感への訴求が始まっていると言える。
印刷物の用途は「水と空気以外、何にでも印刷できる」とほど用途は広く、同じお菓子というコンテンツも、バーゲン用の菓子袋に入ればそれなりの味に、同じ菓子でも有名店が雰囲気のある菓子箱・包装紙に包まれた時は別の味に感じるかもしれない。
紙は音を除く「四感」への訴求メディアであり、さらに、音源チップを貼ったり、くしゃくしゃ・ビリビリまで含めれば、まさに「五感」に訴えることができる唯一のメディアである。
印刷物の携帯性や保存性、再生装置が不要などの、表面的機能性はしばしば指摘はされるが、電子メディアの画面との本質的で決定的な差異とは「五感への訴求力」である。
印刷発注元に皆様には印刷メディアの持つ表現力の大きさを理解頂くこと、印刷業界自身にとっても印刷物の持つ訴求力を再認識して自信と誇りが持つことが求められる。
以下に脳科学の観点からファンシーペーパーなど、感性機能紙に関わる報告を参照されたい。
「認知科学からみた紙メディアの将来」
日本印刷学会会長 東京大学名誉教授 尾鍋史彦 氏
(前略)
5.認知科学で解明が可能なこと
(1)多重記憶モデル
多重記憶モデルでは、刺激としての情報が入ると初めに感覚受容器に入り、次に短期記憶貯蔵庫あるいは長期記憶貯蔵庫に入ります。入った情報を知識として定着させるためには長期貯蔵庫に入れなければなりませんが、電子的表示メディアは、それがもつストレスや生理的違和感のために、短期貯蔵庫には入っても、長期貯蔵庫への定着には至らないようです。もちろんこれは発達心理学的にみると、感覚順応性である慣れの問題も関係してくると思います。
私たちが普通、紙の本を読んですっきりと頭に入るという感覚を味わえるのは、情報がストレスなく長期貯蔵庫に入りやすいためという解釈が出来ます。
(2)人間から見た紙メディアと電子メディア
人間から見ると電子的表示メディアからは受動的に映像、色彩、音声が入りますが、紙メディアの場合は文字や静止画像から、能動的に読んだり、じっくりと考えたりすることが出来ます。この違いは人間の創造性と大きく関係し、認知科学的にもっと究明しなければならない点だと思われます。
(3)Mediologie理論(フランスにおける紙メディアの捉え方)
紙メディアは人間が引き継いできた記憶を集積させるための媒体であり、情報は紙に載せることで信頼性が高まるという考え方です。聖書や紙幣などを考えると理解できるかもしれません。紙は2次元的なシートとして文字を支え、3次元的には紙造形の素材となり、文化の支持体として強い力を持っているという考え方です。
(4)感性機能発現のための、紙メディア設計における技術的課題
紋様を持った和紙やファインペーパー、ファンシーペーパーなどの感性機能紙を開発する場合、紙の物性に関する科学と感性科学の結合が重要です。紙の物性機能と感性機能について考えてみましょう。
1)物性機能
・紙の基本的機能(書く・包む・拭う)
・紙の付加的機能…機械的特性、熱的特性、電気・電子的特性、光学的特性、音響的特性、化学的特性、生化学的特性など
2)感性機能…視覚に訴える機能、触覚に訴える機能、心理的に訴える機能
認知科学を踏まえ、物性機能と感性機能の特徴を両方考えた紙メディアの設計と開発が、今後の印刷の世界では重要になるのではないでしょうか?
(5)認知科学的に見た紙メディアの将来
人間の五感には感覚順応性があり、初めは生理的違和感を持っていても時間の経過によって次第に減少して行きます。人間の感覚順応性と紙と人間の親和性を比べると、一般的には紙と人間の親和性が強いと今は言えますが、紙以外のメディア、例えば電子メディアが人間との親和性を得ることができるかどうかは、長い歴史的な時間を経過しなければ判らないと思います。
(中略)
8.認知科学からみた紙メディアの優位性の持続可能性
(1)メディアの重層下でのメディア選択に影響する要素
人間が紙メディアと電子的表示メディアのどちらを選ぶかは、効率性、経済性だけでなく、メディアのメッセージ性(他者との関係)などが関係してくると思われます。メディアの選択を決める要素は以下のとおりです。
1)リアルタイムに近い伝達速度が必要か、否か?
2)意味作用以外のメッセージ性が必要か、否か?
3)フロー情報か、ストック情報か ?
4)文化形成能力をもつかどうか ?
5)オリジナルが必要か?複製物でよいか?
(2)紙メディアにより多様に変化させられる印刷効果と新たな可能性
情報伝達においてメッセージ性の発現が重要な紙の分野として、感性や心理的訴求力を重視するデザインやポスターなどがあり、特殊な印刷効果の付与で電子的表示メディアでは得られない情報を享受できると思われます。
電子的表示メディアから受信した情報は、コンテンツが変わらない限り受信した人間の感覚も変わりません。
紙に同じようにコンテンツを印刷した場合では、感性訴求力を高める紙としてファンシーペーパーやファインペーパーを使用すると、普通の紙への場合と比べて印刷効果は大きく異なってきます。例えば、礼状や挨拶状等は電子メールで送るよりも、和紙に筆で書いたほうが感情がこもっているように感じることは、しばしば経験することです。
大量生産されている情報用紙、印刷用紙、新聞用紙などは、地合いが良く、強度もあり、白色度が高いのが一般に好ましいと考えられていますが、感性機能を重視する場合には、均一な地合や平滑な表面は必ずしも重要ではなく、逆に、ラフ肌、和紙調肌、ランダム文様、揺らぎをもった文様など、汎用紙と逆の特性に感性の訴求力がある場合も多く、デザイン分野を含めた感性機能を発揮させる分野として紙は無限の展開可能性を持っていると思います。印刷の付加価値として感性を発揮させようと考えた場合、印刷の分野には未開拓の分野が多く存在します。
「印刷産業ビジョン研究部会報告書」より抜粋
(平成21年3月31日発行 全日本印刷工業組合連合会)
(JAGAT 相馬謙一)
プリバリ印セミナー『もっと上手に紙を使う~印刷物の目的からみた「紙」の効果 』
2009年8月31日(月)14:00~16:00
オリエンテーション:JAGAT相馬謙一
ゲストスピーカー:株式会社竹尾 新事業開発室 マネージャー 古俣和宏 氏
参加費:5,000円 ※プリバリ印[イン]年間購読者無料
会場:JAGAT本社(東京・杉並)