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~商店街市場を中心とした需要創造への取り組み~ 東京・東洋美術印刷(株)の試み
今、地域活性化の動きが全国的に盛り上がりを見せている。印刷会社は、地域に根差し地域と共に発展してきた。印刷メディア制作で蓄積したノウハウと情報、人脈も持っている。これらを生かし、少子高齢化、人口減少、経済不振などで落ち込む地域の活性化をリードする存在として、新しい役割が期待されている。この連載では、各地で活躍する印刷会社の地域性化事例を通して、様々なビジネスモデルを紹介する。第1回は、商店街を中心に地域活性化に取り組む東洋美術印刷株式会社代表取締役社長の山本久喜氏、指導役の飯田 貴氏、プランナーの望月克彦氏にお話を伺った。
第二、第三の事業軸を求めて
1935年創業の東洋美術印刷株式会社は、商業印刷と出版印刷を主力とした従業員100 名ほどの印刷会社だ。同社は老し にせ舗であるにもかかわらず柔軟に新事業へ取り組んでいる。中でも特筆すべき分野が地域活性化事業だ。商店街の活性化を支援するフリーマガジンやイベントを手掛けてきた。同社がフリーマガジンを通じた地域活性化事業に取り組むことになった発端は、第二、第三の収益の柱を作ろうと社内で立ち上がったあるプロジェクトだったという。部門の垣根を越えたプロジェクトメンバーがフリーディスカッションを重ね、「シルバーマーケット」「環境」「地域」など、たくさんのキーワードを挙げていく中で「コミュニティー」としての商店街や地域に可能性を感じ、支援ビジネスを始めることになったのだ。
産学官連携をキーワードに取り組む
同社が手掛けてきたフリーペーパーの原点は、地元飯田橋の商店街で発行された小冊子『MOVILLAGE』(モビレッジ)だ。携帯サイトと紙媒体を融合させて地域観光情報や商店街情報を発信した。当時、商店街のイベントに法政大学の学生サークルが協力していたこともあり、共同で地域のアンケート調査を実施したことから、学生との連携によるプロジェクトがスタートしたという。それが、産学官連携の第一歩となり、新たなフリーマガジンの制作へと進化していった。明治大学商学部小川智由ゼミと提携し、既に5年間大学生との共同制作を継続している。『QooRan』(クーラン)などもその一例であり、同誌は2006年には学生フリーペーパーコンテストで優勝した。更にその経験を生かして企画から実行まで手掛けたフリーマガジンが、2007 年に文京区区制60 周年を記念して発行された『めぐるめ』である。当初は、大学生が「ボランティア」ではなく「仕事」と意識して動くことが出来るか、など多くの心配もあった。しかし『QooRan』を制作していく中で、大学生には新鮮な企画力や実行力があること、また、自分たち印刷会社が地域活性化をサポートするフリーマガジン作りに大きな強みを持っていることに気付いたという。
編集から広告募集までをサポートした『めぐるめ』プロジェクト
タウンガイド『めぐるめ』は、大学生の視点で文京区の商店街が持つ魅力を再発見し、地区ごとの情報を盛り込むコンセプトだった。文京区にある大学のうちの1つ、文京学院大学の池田芳彦ゼミとゼロから取り組む、2年にわたるプロジェクトとなった。「最低でも月に1度は大学へ行き、アイデアフラッシュや取材の仕方、制作スケジュール立案などをレクチャーしました。ゼミ合宿にも参加して、広告販売のために業種別にターゲットをリストアップする方法なども教えました。その中で大学生とぶつかることもありましたよ。こちらはトータルに企画を考えてアドバイスするけど、学生も引かなくて。でもこの経験が就職活動でも有利になったようです」と飯田氏は笑う。その甲斐もあり、『めぐるめ』は地元ケーブルテレビの密着取材やNHKラジオ、新聞などのメディアに何度も取り上げられ、文京区長から表彰されるほどの評価を受けることになった。「当時は大学の経営学部などでフィールドワークが盛んで、商品企画や地域活性化事業が流行していたから、大学も優先的にこの事業を手掛けてくれた。ラッキーだったんです」と望月氏は謙けんそん遜するが、印刷会社が持つメディアコンテンツの制作ノウハウや加工技術、印刷媒体を用いた地域ニーズの解決手段などの強みを発揮し、多くのプレーヤーを巻き込んだネットワークを構築していった東洋美術印刷の力は大きい。
見えてきた地域活性のビジネスモデル
地域や商店街の活性を目的とした産学官連携のフリーマガジン制作に有効なスキームとは何か。「特に『めぐるめ』では、自治体が事業の後援、助成を行い、学生は商店街の取材や記事の執筆を担当しました。商店街は取材協力、情報提供を行い、東洋美術印刷が全体のコーディネーターとして作業の進行管理やフリーペーパーの編集・制作、印刷を手掛けるようなモデルが確立されました」と山本社長がそのポイントを付け加える。こうしたモデルは、フリーマガジン制作から新たな発展を見せた。それが、延べ240 人の学生が参加し、9日間で約10 万人を動員した2009年3月の地域活性化イベント「文京さくらタウンズ」の開催であった。このイベントでは、企画から集客のための告知活動、そして実行までを産学官連携で行った。こうした経験を経て、更に、地域のそれぞれの課題を解決するために、2010年7月にコミュニティービジネスのコーディネーターとして機能する「一般社団法人J・コミュニティサポート」(以下、J・コミュニティサポート)を立ち上げた。
中立組織の誕生で可能となった継続的なコミュニティービジネス
J・コミュニティサポートは、東洋美術印刷と地蔵通り商店街振興組合(文京区関口)が地域的課題・欲求の解決を通じて、地域社会・住民の社会環境・生活レベルの向上を目的に設立した団体だ。商店街や地域の活性化事業計画策定のコンサルティングはもちろんのこと、助成金の申請サポートから、防犯、安心・安全まで、中間的な組織を用意したことで、より当事者意識を持って相談に乗ることが出来るようになった。コーディネーターの役割を持つ一般社団法人が間に立ち、中立的な立場で相談者の課題解決方法を考え、最善の提案や事業を生み出しながら、案件ごとに最適なプレーヤーの組み合わせを編成する。J・コミュニティサポートから見れば、東洋美術印刷も地域活性の1プレーヤーという位置付けになる。産学官連携、商店街連携、企業間連携などコミュニティービジネスを通し、継続的に需要を創造する仕組みを作ったのだ。
単なる「モノ作り」ではなく、「コト作り」から印刷需要を創造
J・コミュニティサポートが掲げる今後の目標は、千代田区・文京区を中心として新宿区、更には北区、荒川区などの近隣エリアなどでも新しい事例を作っていくことだという。地域活性化ビジネスは、地域に密着している印刷会社にとっては比較的取り組みやすいテーマである。地域ニーズを肌で感じながら地元とのパートナーシップを基に、これまでに蓄積された制作・印刷ノウハウといった強みを生かしながら地元に貢献することが出来る。活性化を考えイベントなどを企画すれば、コミュニティー向け冊子やパンフレットなどの印刷物は派生的に生まれてくる。地元で取り組めば、同じような志を持つ仲間や賛同者、企業同士のつながりも増え、ネットワークを広げていくことも出来るのだ。どのような地域にも文化や歴史があり、個性や魅力がある。地域の人々とコミュニケーションを取り、自分たちの持つノウハウや強みを発揮することで、「モノ作り」専門だった印刷会社が「コト作り」から取り組み、地域や人々、企業とのより深い関係を築きながら新しい需要を喚起していったことが、この事例の最大のポイントなのだ。
-取材協力ー
東洋美術印刷株式会社
事業内容=商業印刷物(カタログ・パンフレット・ポスター・カレンダー等)/事務用印刷物/出版印刷物/コンピュータ用連続帳票などの企画・デザイン・製版・印刷・製本加工/各種デジタルサービス(CD-ROM・ホームページ作成等)