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~地域に新しい魅力を呼び起こす“マーチング委員会”~ 東京・(株)TONEGAWAの試み
地域には、独自の文化や歴史、産業があり、1つとして同じものはない。それを再発掘しプロデュースしていくことで、魅力的なオリジナルコンテンツを作り出すことができる。東京都文京区でまちおこしの活動を始め、全国への普及に取り組む株式会社TONEGAWA代表取締役社長の利根川英二氏にお話を伺った
地域の住民・商店・企業の活性化を促進東大赤門と湯島天神で知られる文京区。その街の何気ない風景を優しい色合いの水彩画で描いたイラスト『湯島本郷百景』は、様々なメディアで取り上げられ話題となった。
地元が活性化してこそ自社が繁栄するという父からの思いを受け継ぎ、まちおこしプロジェクト「湯島マーチング委員会」を立ち上げたのは株式会社TONEGAWA(旧社名:利根川印刷)の利根川英二氏だ。利根川印刷は1947(昭和22)年に文京区・湯島で設立された。故・利根川政次氏が復員し焼け野原となった神田をみて、生かされた命を人びとのために役立てたいと起業した。現在は印刷をベースに、グラフィック、Web、映像、イベントなど複数の手段を効果的に結び付け、顧客の課題解決に最適なソリューションを提供している。
利根川氏が地域活性化事業を始めたきっかけは、行きつけの蕎麦屋でいわれた「利根川さんは地元の大きな印刷会社。100 枚、200枚の名刺なんて刷ってもらえないよ」という言葉だった。会社の成長に伴い、大手企業との取引が増えて地元企業との結びつきが薄くなり、いつしか創業者の思いをないがしろにしていたことに気付いた。
「先に義を果たすことによって後に利がついてくる」――創業者が大切にした教えを胸に、地域のために何ができるかを模索し試行錯誤を繰り返す中で、地域に根ざして情報の受発信を支援し、湯島と本郷の住民・商店・企業の地域活性化促進を支援する「湯島本郷マーチング委員会」をスタートさせた。
地域ビジネスの可能性を広げる『湯島本郷百景』
「湯島本郷マーチング委員会」の主な取り組みには、地域の風景を描いた『湯島本郷百景』のイラスト、イベントの企画・開催、地域・行政の情報提供にかかわるサポート、『食の文京ブランド100 選』をまとめたWebサイト『文京コンシェルジュ』などがある。『湯島本郷百景』では当初、地域の風景写真を使用したポストカードの作成を考えていたが、幼なじみのイラストレーター・上野啓太氏の水彩画による風景イラストを見て考えが一変した。「イラストをみた途端、自分が住む街が愛しくて仕方がなくなった。写真では伝わらない街の空気感や風景が持つストーリー、思いなどがイラストなら伝えられる。みた人が追体験をして地域の魅力を再発見し、街に誇りを持てるようなコンテンツが出来ると確信した」。湯島天神で開催された原画展で、イラストを前に話に花を咲かせる老若男女をみてさらに確かな手ごたえを得ることができたのだ。
『湯島本郷百景』の評判が高まっていくにしたがって、イラスト活用の場はポストカードや切手、名刺、カレンダーなど、多くのプリントメディアに広がっていった。少しずつ、地元の人びとが地域活性化の相談にTONEGAWAを尋ねてきてくれるようになった。
全国へ広がる「マーチング委員会」の活動
強力な地域活性化コンテンツ『湯島本郷百景』を生み出した利根川氏が次に考えたのは、数多くの地域情報を持ち、地域と共に発展してきたゆえ、地域活性化の立役者として十分な素質を持つ各地の印刷会社に、イラストを軸にした地域活性化事業のパッケージを伝えることだった。
この呼びかけに最初に応じたのが足立区にある弘和印刷株式会社の瀬田章弘氏だった。「利根川さんの話を聞いて、すぐにやろうと思った。足立区にはいいところがたくさんあるのに、「足立といえば?」と聞いてパッと思い浮かぶものがない。街の魅力を多くの人に伝え、地元を活性化させるにはとてもいい取り組みだと思った」という。
1 社だけでなく、地域の印刷会社が複数で協力するまちおこしに意味があると感じた瀬田氏は、共に活動する仲間を集い、9社の印刷会社からなる「あだちマーチング委員会」を発足させた。この7月時点で第35回目を迎えた定例ミーティングでは、活動報告やイベント企画、PR 手段や商品案などについて積極的に話し合っていた。地域や自分たちが抱える課題について、限られた時間内でスピーディーに課題解決策を出し合っていく。この定例ミーティングには、マーチング委員会への参加希望社も参加可能だという。
その後、さっぽろ、仙台城下町、ふくしま信夫、いわき、佐野、船橋、品川、日本橋、早稲田、横浜、藤沢、甲斐国中、東三河、平野、博多、別府、長崎へと広がり、さらに相当数の候補地域もあるなど、マーチング委員会の活動の輪は確実に全国へ広がっている。
感動や共感を得ることによって顕在化した新しい価値
2011 年6月17日~ 6月24日の8日間、東京・品川でマーチング活動初の全国大会となる「マーチングEXPO2011」が開催された。会場には、どこか懐かしさを感じさせる淡い色彩の百景イラストが展示され、ポストカードやカレンダー、しおりやフリーペーパーに酒のラベルなど、各マーチング委員会が趣向を凝らした製作物が並んだ。各地で活動する委員会の代表が一堂に会したパネルディスカッションでは、まちおこしに取り組む理由や今後の活動目的、取り組み事例やノウハウなどの発表で大いに盛り上がった。
全ての事例に共通するのは『百景イラスト』を中心とした取り組みだ。地域でイラストの展示会を開催すると、訪れた人びとは、日々目にしている風景の大切さに気付き、自分の街の魅力を再発見する。人びとの心象風景と重なりながら共感を呼び起こすオリジナルコンテンツ『百景イラスト』が、地域ビジネスの可能性を広げていく。自分の街が描かれたコンテンツで街自慢をしたい人が増えるほど、観光協会や商工会議所からの引き合いや地域の和菓子屋の菓子パッケージへの利用などが増え、地域ブランディングや街の観光・商業振興にひと役買っていくことになる。
「先義後利」の思いを軸に、地域における情報発信局となる
「利益が出るまでには時間がかかるかもしれないが、百景イラストを軸にした地域活性化事業のパッケージを全国に広げていきたい。自分たちが経験して得たノウハウは、全て共有するつもり。「パクリやものまね」も大歓迎なのがマーチング委員会」と話す利根川氏は、参加希望社の支援を目的とした「世話人会」をスタートさせた。地域で生活する人びとが街の魅力を再発見し、地域に根ざした新しい活動を生むような活性化の一助を印刷会社が担っていく。
地域を愛する気持ちを伝えるコンテンツで共感を呼び起こしながら人びとや企業、地域の絆を作っていく印刷会社は、地域情報のハブとなり地域の情報発信局となっていくだろう。
天国へと旅立ったTONEGAWAの創業者・利根川政次氏の「先義後利」の思いは地域や世代を超え受け継がれていく。
JAGAT研究調査部 小林織恵
(『プリバリ印』 2011.8月号掲載より)
-取材協力ー
株式会社TONEGAWA
事業内容:印刷・広告物制作、オンデマンド印刷事業の企画・構築、Webサイト、モバイルサイト構築・管理・運営、Webカタログ制作、映像制作、雑誌・新聞・メディア広告、総合広告プロモーション