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少子高齢化や過疎化の影響で活気がなくなっていく地元商店街や故郷の様子を見て一念発起し、地域に特化した生活情報紙を作り、地域の魅力や情報を届けている印刷会社をご紹介する。
少子高齢化や過疎化の影響で活気がなくなっていく地元商店街や故郷。その様子を見て一念発起し、地域に特化した生活情報紙を作り、地域に住む人々に新しい地域の魅力や情報を届けている印刷会社がある。地域のキーマンを情報という輪で結び、地域活性化の推進役となっている有限会社水谷印刷所の専務 水谷和男氏にお話を伺った。
疎開で移住した外房エリア
温暖な気候と多くの景勝地、豊かな自然がもたらす海と山の産物に恵まれた外房エリア。その中で、童謡「月の沙漠」の舞台となった海岸や、「伊勢海老」の水揚げ地として有名な千葉県御宿町にあるのが、水谷印刷所だ。第二次世界大戦中に、東京・西日暮里で包装紙業を営んでいた水谷三九三(さくぞう)氏が妻の故郷であった千葉県大多喜町に疎開で移り住み、その後1950年(昭和25年)に御宿町で印刷の仕事を始めた。
地縁的な絆を大切にする土地柄で、東京から移住してきた縁の薄い三九三氏が事業を行うには難しいことも多かったが、地元で開かれる様々な寄り合いに顔を出しながら地域に住む人達とコミュニケーションを取るうち、仕事に対する真摯な人柄が理解されるようになり、順調に仕事が増えていった。
やがて、現社長の武夫氏が事業を引き継ぎ、1980 年頃からは地域で事業を営む商店や飲食店などを応援しながら、地域住民に情報を届ける目的で、広告収入を運営母体とした単色刷りの合同広告媒体「いすみライフ」を作成して新聞折込として配布するようになった。
その後、他社が発行するフルカラーの類似媒体が出現し、「もっと地域の情報を取り扱って欲しい」という読者からの声もあったため、2007年11月10日にリニューアル版「いすみライフ」を発行した。
地域に密着し人と人とをつな「いすみライフ」
2012年7月14日号で429号を数える「いすみライフ」(B4判4 ページ、3万7400部発行)は、毎月第2 土曜日にいすみ市、勝浦市、御宿町をはじめとする4 市4 町の新聞(読売、毎日、朝日、産経)に折り込まれている。編集・ライター2 名と営業2 名からなる編集部は、「30代の子育て世代から60代の孫を持つ世代の女性」という読者ターゲット層に喜ばれる地域のお役立ち情報やイベント情報、お店紹介などを盛り込んだ生活情報紙を制作し、発行している。
媒体の顔となる一面には、特集記事のほか、読者から寄せられたペットの情報と写真を掲載する人気コーナー「うちの子 わん・ニャン」や、子供たちの晴れの姿を紹介する「お祝い写真をご紹介」コーナーなど、読者に近い距離のコンテンツを配している。
また、掲載広告については読者が読みやすい記事風広告をクライアントに提案するなど、より効果のある広告を模索している。
2012年1月号(423号)からは電子ブック版の配信も開始し、配布地区以外の人にも外房の魅力や情報を届けられるようになった。
そのほかにも、外房の観光・宿泊・グルメ・海水浴の情報などを集めた地域情報サイト「外房ライフ」とパートナーシップを結び、紙とWeb を組み合わせたクロスメディアで情報を発信し
ている。
「少子高齢化や過疎化の影響で変貌していく町や、かつての活気が失われはじめた商店街を見ていたら、いても立ってもいられなくなった。初めて手掛ける仕事なので多くの不安はあったが、自分たちがやらなければ誰がやるんだ、という気持ちで地域情報版へのリニューアルを決意した」
媒体制作を通して知った地元の新たな魅力
リニューアル版の発行を決めた後、近隣の役所や商工会、観光協会などに出向き、趣意を説明しながら情報提供の協力を要請するも、なかなか思ったような反応が返ってこなかった。生活情報紙の制作・発行の経験がなかったため、他紙誌の事例研究などを続ける一方で、世間で何が流行しているのか、地域で起きている面白い事柄は何かなど様々な人に聞いて情報を収集し、試行錯誤を繰り返しながら、社長と専務2人で創刊準備号を作り上げた。
だが、苦労して作り上げた創刊準備号の完成後に感じたのは、ごく限られた地域の中で生活者に喜ばれ満足してもらえる話題を提供し続けられるのか、自治体や団体から情報を提供してもらえるのか、という不安だった。
最初こそ十分な情報は集まらなかったが、発行を重ねるうちに、自治体だけでなくクライアントや商工会議所、地元青年部などから少しずつ情報が集まるようになり、いろいろなところから取材の声がかかるようになってきた。
また、取材先から魅力的な人物やユニークな活動、トピックスなどを紹介してもらう機会も増えていき、地域のキーマンをつなぐ輪や情報網が広がっていった。
「いすみライフの活動を続ける中で、地元に住みながら新しい発見が沢山あった。人が人を呼び、情報の輪が広がっていくことが楽しい」しかし、媒体認知度も向上して軌道に乗り始め、次の段階を模索していた矢先の2011年3月に、東日本大震災が発生した。
情報共有が生んだ地域の連帯感
「観光」を主要産業としている外房エリアは、東日本大震災の影響を色濃く受けることになった。地震発生から10日後、和男氏を含めた地元商工会青年部が集まり各社の状況について情報交換をしたが、震災がもたらした影響は思った以上に深刻だった。
震災のほかにも原発の影響や生活者における過度の自粛、風評被害などから観光客の足は遠のき、週末は利用客でほぼ満館となるホテルからも明かりが消え、地元の特産品を扱う店舗や食堂施設も開店休業状態が続き、地元は暗い影で覆われていた。クライアントや地域の状況を考えた結果、「いすみライフ」4月号の発行も見送ることにした。
しかし一方では、自分たち自身が奮い立たねば地域が駄目になると危機感を持っていた。「1日でも早く震災前の『日常』を取り戻すことが地域復興の第1 歩になる、そのために『いすみライフ』の発行を再開しなければと思った」。この考えに共感してくれたクライアントから広告を募って5 月号を発行すると、編集部にはいすみライフの再開を喜ぶ声や、そのほかにも多くの反響が寄せられた。
蓄積された情報を発信して地域のコーディネーターになる
「情報を多く発信するところに情報が集まるのはごく自然なこと。地域情報を収集・発信する本拠地になり、クライアントや地域住民のために貢献できることは、印刷会社冥利に尽きる。印刷会社が情報を出し惜しむようでは、今後の発展はないかもしれない」配布効率などを考えると、フリーペーパーは住宅が集中する都市部での展開が有利だ。しかし、「いすみライフ」の配布対象エリアは外房地区全般と広く、人口減少が続く地域である。このエリアで持続的にフリーペーパー事業を展開し、印刷物を通して地域住民に情報を届けながら、地域活性化を願う人々のコーディネーター的存在として機能していることが特筆すべき点だろう。
-取材協力ー 有限会社水谷印刷所 ●設立=1965年7月21日 ●代表取締役=水谷 武夫 ●事業内容=DM、封筒、カレンダー、伝票など各 種印刷。ホームページ制作、「いすみライフ」企画発行 ●事業所=〒299-5103 千葉県夷隅郡御宿町新町8-1 ●Webサイト いすみライフ=http://www.isumilife.com/ 外房ライフ=http://www.r128.net/ |