本記事は、アーカイブに保存されている過去の記事です。最新の情報は、公益社団法人日本印刷技術協会(JAGAT)サイトをご確認ください。
インプレスという会社は1992年にできたが、私は新卒ではないが第一期入社である。1994年にパソコン入門書の「できるシリーズ」を立ち上げ、今まで4,000万部も売っているということで、ありがたいことである。
2000年には、事業的にはうまくいかなかったが、パソコンアプリのeラーニングを開発した。
2003年からは企業向けIT関連ユースサイト「Enterprise Watch」を立ち上げ、これは今「クラウドWatch」という名前に変わっているが、ここでIT関連のニュース関係をやった。
そして、2010年に今日紹介する「OnDeck」を立ち上げた。
インプレスR&Dで「OnDeck」をやっているが、この4月から、インプレスグループ全体の電子出版関連の仕事も担当している。
最初にインプレスグループについて説明しておきたい。これを説明すると、なぜ「OnDeck」が生まれたかということもわかると思う。
インプレスグループは、今年20周年を迎えた。創業当時はインプレスという単独の会社だったが、リットーミュージックとかエムディエヌとか、山と渓谷社とか、そういう会社もグループに入っている。
基本的にはIT系が中心の企業グループで、持ち株会社は東証一部に上場している。ICE、インプレスコミックエンジンというモバイル系のものや、デジタルディレクターズというのは既存の出版社のコンテンツをXMDFにするような作業をしており、電子に関しては一通りやっている。
20年前、もともとはアスキーにいた塚本慶一郎がインプレスを立ち上げた。簡単に言うと塚本はアスキーの創業メンバーだったが、西和彦氏とけんかして、分かれて独立したのがインプレスである。そのニュースを知って、私が最初の募集に手を挙げたということなので、私はアスキー出身ではない。
インプレスの企業理念は、「面白いことを創造し、知恵と感動を共有する」という、わかりづらい企業理念になっている。
インプレスはいろいろなものを生み出してきた。私が担当した「できるシリーズ」は、日本で初めての画面中心の入門書で、Windows3.1の出始めた頃だが、「GUI時代の新しい入門書」というキャッチコピーだった。GUIという言葉を恥ずかしげもなく使える時代の本である。この結果、今となっては当たり前だが画面中心の入門書、解説書が一般化した。
話のポイントとしては、このときに私は編集担当でありながら、これを編集するにあたってDTPソフトを使わざるを得なかった。当時QuarkXPressを編集担当が自ら使い、Windowsパソコンを隣に置き、目の前にMacを置いて、ネットワーク経由でWindowsのキャプチャしたものをMacに取り込んでPhotoshopで加工してQuarkXPressに貼り付けてという作業を延々とやっていた。その頃のプリンターの出力能力は遅いので、校正刷りをやろうとすると徹夜になったという時代で、非常に懐かしい思い出だが、これが今の「OnDeck」にもつながっていると思っている。
もう1つ、「インターネットマガジン」を出した。今はもう休刊しているが、1994年というのはWindows95が出る前で、インターネットの商用利用が始まったばかりという頃に立ち上げた。インターネットは今後来るということで、情報誌を出していこうと考えた。
これは「OnDeck」にもつながることだが、メディアとしては、いち早く情報を集めると自ら一番情報源になっていくというところで始めた。余談だが、この「インターネットマガジン」を読んだ人がプロバイダを立ち上げて大成功するというような逸話があったり、いろいろな出来事があった。
「年賀状CD-ROM」もインプレスが初めて作った。今は年末に本屋さんの店頭に行くと50~60冊くらい出ているが、それの元祖である。
創業者の塚本が、当時の言葉でマルチメディアが大好きで、その頃マルチメディアというとCD-ROMを付けることだった。そこでCD-ROMを付けた本を過去いろいろ作っていた。これの前にも「ゴジラCD-ROM」とか、アイルトン・セナが事故を起こしたときの「アイルトン・セナCD-ROM」とか、いろいろ作っていたが、その流れの中で、まだWindows95は出ていないものの、パソコンが一般化し始め、年賀状ソフトも出てき始めた。そこで、その素材を売ってしまおうということと、書店流通でCD-ROMが一般化し始めた頃なので、そこを最大限に使ってしまおうというような取り組みである。
メール新聞「INTERNET Watch」もあった。今は「PC Watch」とか、Webのニュースサイトという印象が強いが、創刊当初はメールで配信するメディアであった。メールというのは単なるコミュニケーションツールだったが、それをメディア展開してしまおうというのが面白いところである。
この頃は、まだインターネットの検索サイトもない頃である。どうやって新しいWebができたかというのもわからない時代だったので、新しいWeb等を「INTERNET Watch」がメールで配信していた。これがなぜできたかというと、その担当者が新しい情報を集めて読みたかっただけである。それをメールで届ければ非常に楽だということであった。
5行広告とか1行何文字というのは、「INTERNET Watch」で決めたフォーマットがその後定着したものである。ただ、せっかくメール新聞を作ったが、残念ながらメール配信のインフラを商売にしなかったので、まぐまぐがメールマガジンの元祖のように思われているが、実はインプレスである。
こういうことをやってきていたので、実はさっきの「面白いことを創造し」というような企業理念を後付けで付けたということになる。
今回「OnDeck」を作ったインプレスR&Dはどういう会社かというと、2007年に調査・分析を中心にやる会社として作った子会社である。
主力商品としては調査報告書とかいろいろな白書を作ったりしている。ただ、せっかくR&Dとついているので、最大のテーマとして、印刷物は作らない。実は印刷物を作っているが、ここで言う印刷物は書店流通の印刷物は作らず、デジタルで作るというミッションであった。
2010年に、実際にそれを形にしたのが「libra PRO」というサービスで、PDFの販売と、POD(プリントオンデマンド)を販売する流通サービスとしてスタートした。
2011年には「オープン本棚プロジェクト」を進めている。これは、複数の電子書籍ストアを利用したときに、どこで買ったかわからなくなることがあるので、そこを束ねるようなオープンな本棚を、公開のAPIを通じてやりとりできるような仕掛けにしようと業界提案しているものである。今、アプリケーションとしては、Android用のものとWindows用のものを公開しているので、興味のある方は検索していただければと思う。
こういう流れの中で生まれたのが「OnDeck」である。「OnDeck」創刊時のメンバーには「インターネットマガジン」を作った編集長が参加しており、「できるシリーズ」を作った私も参加し、「年賀状CD-ROM」を作った者も参加し、「INTERNET Watch」の初代編集長も参加していて、悪い言い方をすると15年前に活躍したメンバーが立ち上げたのが「OnDeck」、いい言い方をすると、この10年間何の革新もなかったインプレスにそろそろ革新を入れたいというので立ち上げたのが「OnDeck」である。
革新という言い方は格好いいが、要は、やりたいことがあって、やってみたらいろいろわかるというところで、電子出版関係の調査もやっていた。そういう雑誌を作ろうと思ったが、「紙で出すよりは電子で出してみよう、だったらEPUBは面白そうだからやってみよう」と考えた。
EPUBが面白そうというのは、半分正しくて半分嘘である。主流なのはXMDFとかドットブックだが、残念ながらオープンではない。触ろうと思うと、「NDAを結んでください」とか、「販売契約を結んでください」と言われてしまうので、それは面倒である。
EPUBは、2010年の段階で、そろそろ日本語がちゃんと表示されるようになってきた。それなら、ちょっと遅いくらいの参加かもしれないが、EPUBで作ってみようということで始めた。
やってわかったことは、EPUBが遅かったかと思ったら相当早かったようで、いろいろと苦労した。何が困難だったかというと、EPUBには台割が存在しなかった。なぜかというと、台がないからという当たり前の話だが、これは結構衝撃的であった。
16ページ刻みとか8ページ刻みという考え方が存在しないときに、どういうふうにページを割り付ければいいのか、いろいろ話し合いをしたが、結論としては、EPUBは幸いなことに中がXHTMLのファイルの集合体である。それならファイル単位で管理しようということで、内部的にF割、ファイル割という呼び方をしてやっている。これは結構いい考えではないかと思っている。
笑い話だが、電子出版に関してさんざん講演されている方に原稿発注したら、「1行何文字なのか」と聞かれて、「EPUBというのはリフローというフォーマットで、1行の文字数は特に決まりはない」と言ったら怒鳴られた。
「そんな目安のないもので原稿が書けるか。じゃあ写真はどの位置に入るのか」というふうな話を延々とされて、まだまだ電子というのはそんな世界なのかと思った。最先端の講演をやっている人が、まだ原稿が書けなかったという、笑えない話である。その人は、今は書けている。
あとは、目次というものが、雑誌の経験をすると、単純に並んだ目次よりは視覚的な目次を作りたくなる。EPUBの中にも入れようと思ったが、EPUBは目次を機能として持っているのに、そうではない目次のページを用意するというのはいかがなものかという議論を延々と、創刊の3日前までしていた。
結論としては、せっかくEPUBで作るのだから、過去のしがらみは捨てようということで、目次ページは完全になくした。それは結果的にはよかったと思う。
あとは、広告の枠を考えたが、成立しなかった。なぜなら、バナーで入れようと思ったが、ページの最後に入れても、リフローなので、それが次ページにあふれて、広告だけのページができてしまう。
それなら縦のスカイスクレーパーのようなバナーはどうかというと、ページに依存して下が欠けてしまう。広告をどう入れればいいのか、いまだに答えは出ていない。リフロー型の広告のいいアイデアがあれば、募集しているので、提案していただければと思う。それゆえ、広告はまだない。
また、紙から来た中で衝撃的で乗り越えなければいけなかったところは、レイアウトである。EPUB3になってだいぶ改善しているが、2010年12月の段階でレイアウトしようとすると、対象となるビューワはiBooksであった。iBooksでは書体指定が原則できない。ゴシック系のものしか使えない。明朝が使えない。
デザイナーに「レイアウトしてください」と言うと、「書体が1書体でどうやってレイアウトするのか」と言われる。「それならこういう表現はできるの」と言われるものを悉く断っていくと、「俺は何をすればいいんだ」という話になって、「何もしない中できれいなフォーマットにしてください」という依頼をし続けていた。
最終的にはその人は悟って、悟りすぎて、今となってはEPUB3版のレイアウトを依頼しても「このシンプルなものがいい」と言って元に戻らない。今、EPUB3版が出ない裏事情としては、そういうものがある。
あとは、段組みとか、そういうところが紙の表現の中ではメリハリをつけるのに欲しい。ただ、iPadならぎりぎりいけるかもしれないが、EPUBはいろいろなデバイスで読めるので、iPhoneで見たとき、段組みするのはほとんどメリットがない。結構このあたりが悩ましいところで、そういうふうな苦労をして創刊した。
幸いなことに、昨年末、JEPA電子出版アワード2011の大賞をいただくことができた。やってみるものだという感じである。現時点ではEPUBのほか、Kindle、PDF、プリントオンデマンドの各方式で発行している。
発行形態は2つあり、1つは「OnDeck Weekly」ということで、ほぼ週刊である。第1、第2、第3木曜日に発行している。なんで第4は発行しないかというと、マンスリーを作るために4週目を空けている。
ただ、ちょっと今破たんしていて、第1、第2、第3とやると、先月の場合、第4、第5の木曜日があって、先週号を発行するとき3週間空いてしまった。3週間空くと、もうウィークリーではないのではないかという状態になっていて、まじめにもう1回ウィークリーに戻そうかと検討しているところである。
発行形態は、これはEPUBで、あとはモビポケットというKindleのデバイスで読める形式で発行している。モビの形式にしたのは、EPUBから変換できたからである。EPUBというのは、そういうふうにいろいろな形式に変換できるということで、Kindleで読めるように作ってしまおうというふうに作った。
勝手に作ってリリースして、Kindleユーザーからは喜ばれたが、アマゾンから怒られるかと思っていたら、後日電話がかかってきて、「モビの普及にご協力いただきありがとうございます」という感謝の言葉をいただいて、「アマゾンというのはいい会社だ、前向きに付き合っていこう」という話をしている。ただ、今いろいろと日経で取り上げているような話には、あまり前向きには関わっていない。
配布方法としては、コントロールドサーキュレーションという言い方をしている。これは、個人情報をいただく代わりに無料で配布するというものである。ただ、個人情報は管理するのが面倒なので、平たく言うとメールアドレスだけいただいている。
メールアドレスをいただいて、アンケートに答えてもらう形にしている。アンケートに答えてくれた人には続けてまた送るが、3ヵ月くらい何も反応がなかったら、もうそこのアドレスには送らないというふうにしている。
意外とアンケートに答えてくれる人が多くて、アンケート依頼メールを出すと、1時間で100件くらいアンケートの結果が集まるので、結構情報収集に役に立っている。主に「OnDeck」というと、「OnDeck weekly」だと思っていただければいい。
もう1つの「OnDeck monthly」は、月刊で、PDFおよびPOD形式で発行する。PODはアマゾンで買える。「プロデュースド・バイ・アマゾン、プリンテッド・イン・ジャパン」ということで、アマゾンの市川倉庫の隣にあるプリントオンデマンドの機械で印刷して、そのまま出荷される。「取材させてくれ」と言ったが断られた。
中はアメリカンクオリティではあるが、これなら十分だろうということでやっている。PDFは、マガストアとかZinioといったところで販売している。こちらのほうは、ウィークリーのものを3週間分まとめて、有料版として販売している。電子に関しては700円、プリントオンデマンドは1,470円で売っている。
なぜ「OnDeck」が注目されているのかというと、非常に簡単で、日本語で作られた数少ないEPUBのコンテンツだからである。おそらく「OnDeck」イコールEPUBコンテンツのサンプルとしてしか見られていないのではないかと思うくらいの使われ方をしている。
これは左がiBooks、右がキノッピーで表示している。キノッピーを実際に作っているインフォシティに話を聞くと、見出しの横に罫線を出しているのがキノッピーでは表示できない。会うたびに、「あれはまだなんです」と言われる。ある種のスタイルの表現チェックになっているというところである。
ただ、本音を言うと、こちらのほうを見ている人も結構いる。EPUBから出版品質のPDFを自動生成とあるが、EPUBはXHTMLの塊なので、XMLの構造を生かしてLaTeXを経由して印刷クオリティのPDFを作ってしまおうというふうな取り組みをやった。
しかし、これはぴんと来なかったようで、これにどういう意味があるのか、誰もわからなかった。わかったのはJAGATである。このリリース直後に、千葉さんはじめ、うちのほうに「これはいったいどういう仕組みなのか」とリサーチに来られた。「さすがJAGATだ」と、このとき思った。
なんでぴんと来なかったかというと、簡単で、EPUBを体験した人からすると、PDFというのはもう過去のフォーマットである。EPUBを体験していない人は、スマートフォン等で、自炊とか、いろいろなコンテンツをPDFで見ていると、毎回ピンチアウトしたりして、拡大して見なければいけなかったが、リフローのEPUBを体験すると、自分の読みたいサイズで読める。
「「OnDeck」というのはそういうリフローを推進するメディアなのに、なんでPDFを作るのか」と、読者から非難の声が来たりしていた。「これはそうじゃないんだ」という話をしたいところだが、読者にはわからない。
ただ、これのおかげで電子雑誌ストアで販売することができるようになった。不思議なことに、創刊前に「EPUBで売りたい」と各ストアに相談に行くと、「EPUBは扱っていないのでPDFで納めてください」と追い返されていたので、「悔しいのでPDFを作りました」と言ったら、各社出していただいたという話である。
そして、これはもっと注目されなかったが、記事単位で販売した。我々はマイクロコンテンツという言い方をしているが、EPUBというのはXHTMLのファイルの塊である。それなら、そのファイル単位で売れるように最初から設計しておけば、商品になるのではないかと、創刊当初から考えていた。それを切り取って売ってしまえばいいのではないかということで始めた。ただ、残念ながら、EPUBを切り取って売っているのではなく、PDFを切り取って売っているので、パッと見はよくわからないと思う。
ただ、今はまだできていないが、これを先ほどの話と組み合わせると、EPUBの中身を再編集してEPUBにすると1冊のPDFができるということで、いろいろなバリエーションができるということである。結構ここは注目してほしいところだが、あまり注目されなかったというところである。
次が一番注目された。アマゾンでPOD販売を開始ということで、もっと刺激的なリリースをしようと思って、「アマゾンで「OnDeck」販売開始」というふうにうたおうと思ったが、アマゾンから「それは勘弁してくれ」と言われた。ちょっとその辺は触れられたくない時期だったからである。
それでもこのリリースは出してもいいと言われて、日経に取り上げられたおかげで、このリリースの発表日にインプレスの株価が40%も上がったそうだ。その後すぐに下がって、元通りになってしまった。
これは今までのもので、点のリリースしか出していないが、EPUBで作っておけばどんな形にも変換できる。どんな形にも変換できるということは、このような形にもできるというところが結構ミソなのではないか。
ただ、アマゾンといろいろ話をしていたら、こういうふうな相談を持ちかけられたのは初めてで、向こうが期待していたのは絶版本対策だったので、「既刊本をスキャンしたものを取り扱う」という提案は出てきたが、「うちはデジタルからPDFが作れる」と言ったら、「まだそういう経験はない」ということで結構驚いていた。結果的に、国内でも国外でも、こういう形はなかった。特に雑誌という形では、もともと書籍の絶版本対策の仕組みなので、雑誌で販売するというのは初めてだった。
これは絶版本対策の仕組みなので、未来の本が扱えない。「未来の日付で製品登録はできない」と言われた。もう1つ現場で悩んでいるのは、検本という考え方がない。「検本したい」と言ったら、「そういう仕組みがないので来年度まで待ってほしい」と言われて、今はなぜか自社買いして配っている。この辺が少し不思議なところである。
もう1つ、問題点がある。「プロデュース・バイ・アマゾン」となっているように、これを実際にプロデュースするのはアマゾンなので、出版社はこのクオリティがわからない。クオリティコントロールできない商品を配るというところが、結構刺激的である。
ただ、クオリティコントロールできないのはアマゾンだけではない。マガストアとかZinioも、納めたPDFがそのまま販売されることはない。これは電子出版の宿命なのか、クオリティコントロールを考えている出版社にとっては気持ちの悪いところである。
こんなふうにやっているが、これは一部である。今はある程度つなげるような話をしたのでなんとなく「OnDeck」が何をやっているのかわかっていただいたかもしれないが、改めて言うと、実はデジタルファーストを実践しているというところが、「OnDeck」の最大の革新というふうに考えている。
これはすごく当たり前のことだが、今の出版社はほとんどできていない。インプレスグループの中でも、できている部署はない。よって今回私がグループのほうで電子関係の担当になったという背景がある。
デジタルファーストというのは、電子フォーマットを前提に作られているということである。DTPソフトで作れば電子フォーマットかというと、それは違う。DTPソフトで作っているものは、あくまで最終的に紙を作るためのデジタルなので、そういう意味ではデジタルファーストとは呼べないと考えている。なぜなら、再利用が事実上できないからである。印刷出版物のデータを再利用していないというところがミソになると考えている。
何よりも、デジタルファーストで作ると、マルチデバイスを意識した構成になるというところが一番おいしいところになるのではないか。各種デバイスで表示できるように作り、再利用できるというところがポイントになると思う。
ただ、デジタルファーストは完全に電子だけの話かというと、そうではない。先ほど見てもらったように、デジタルファーストで作っても紙は作れる。これは、実は発売日が電子版と同じ日である。電子入稿してしまうと、電子の発売日も紙の発売日も一緒で、タイムラグがないという状態が起こる。
これをDTPソフトで組むと、そこから電子データを書き出して、再フォーマットしてやるのにどれぐらいの時間がかかるかというところを考えると、先に電子を作ったほうが早いのではないか。
それを「OnDeck」は実践している。XHTMLの集合体であるEPUBで発行しているとあるが、それは結果的にこうなっただけである。EPUBがXHTMLを採用していたので、こういうふうな仕掛けになった。もし、例えばドットブックでやっていたら、「OnDeck」は今、目も当てられない状態になっていたのではないかと思う。
それから、EPUBからKindleやPDFに変換できるというのは、頭でわかっていても実際にやってみないとなかなかわからないことである。これがわかった瞬間に、アマゾンが上陸するときEPUBを作っておけば大丈夫なのだという話になる。しかし、日本の出版社のほとんどはいまだにEPUBを作っていないので、アマゾンが来ても対応ができないという状態になっている。
EPUBからPDFというのは我々のオリジナルだが、これはちょっと工夫すれば、PDFとか、PDFでなくてもEPUBのソースをInDesignに流し込んだ、手で再編集した印刷物は作れると思う。
そして、XHTML単位で記事の再利用が可能になるはずなので、連載企画を束ねて別のファイルにしたり、それだけを売ってみたり、特集だけを売ったりというようなことが自由にできるのではないか。
最後のEPUBから印刷用データへ自動変換できるというのは、PDFを印刷データにしてしまえばいいという発想である。このあたりが、本当の意味で「OnDeck」のやってきた特徴だと思っている。
デジタルファーストを成功させるにはどうすればいいのかということで、驚くほど普通のことを言うが、「構造とレイアウトの分離」である。WebサイトとかWebのページを作った経験があれば、これは当たり前の話である。
これは「OnDeck」の1つの記事を抜き出したものだが、左側は文章が入っているXHTML、右側はスタイルシートである。本文のほうでは、本文を表すタグにクラス指定で、これはこういう意味だというふうに付けている。これに相当する表現方法を、スタイルシートで割り当てている。
こういうふうにやっているので、pタグが付いてクラスがcatchとなっているものは、あるEPUBではこのレイアウトにするが、違うEPUBでは違う表現にするということが簡単にできる。
先ほどTeX変換でやっていたのは、p class=”catch”というところを判断して、これを違うLaTeXが判断できるようなスタイルに割り当てている。それだけの仕組みで、非常にやっていることはシンプルである。シンプルなので、これをきちんとやればいいという話である。
印刷でもやっていると言いたいところだが、私も経験者なのでよくわかっている。こんな感じになりがちである。最初はきれいで、テンプレートを設計した段階では構造的になっているが、入稿日の前日、前々日、当日になると、AとかBとか、クラスが付いたりして、どんどん崩れる。これは経験していると思う。
そうなってしまうと、もうなんだかさっぱりわからなくなってしまう。そのDTPデータはもう二度と開きたくない、開かないというのが印刷の世界で、あとは刷版を訂正すればいいということで済ませてしまうような世界になっている。
このDTPデータをデジタルに持っていくのは非常にばかげているというのは、制作現場にいれば誰でもわかるのではないか。その難しいことを今、皆さん頑張っている。なぜなら、デジタルファーストの考え方でやっていないからである。やればいいのにと言いつつも、そういう環境が整っていないのでなかなかできないというところである。
今はDTPだけの話をしたが、XMDF、ドットブックも同じような問題を抱えている。XMDFやドットブックを一生懸命作っている人たちは、EPUBにはなぜかただで誰かがしてくれると思っているという話をよく聞くが、残念ながら、なぜか誰かがただでやってくれる保証はない。問題点としては、XMDF等はデジタルではあるが互換性が低いデータになってしまっている。
XMDFが多く使われているが、構造を表していない。構造というのは、「見出しである」とか、「これは何だ」という考え方がなく、本文中で「この文字サイズを120%にする」とか、「色を青にする」とか、そういうふうなかけ方になっている。
「それなら120%になっているものを全部見出しと判断すればいいのではないか」と言うと、残念ながら、XMDFを作るときに「底本となる本をそのまま再現しろ」というのが出版社の意向で、見出しの文字の級数は本文と同じだったりする。そうすると、同じ級数でXMDFも作られている。
したがって、見出しが何かがわからないので、何かの方法を使って構造を表さなければいけない。巷に交換フォーマットというものがあって、それが解決するらしいと聞いているが、私には理解できないというところである。
ドットブックは、実は構造を持っているが、問題点があって、ボイジャーが出版社の意向に沿って頑張りすぎて、出版社ごとのドットブックが出てきてしまったという、何とも悲しい状態になってしまっている。
その結果、何通りものドットブックができてしまい、せっかく構造的になっているのに作ったところでないとわからないというふうになっている。
もちろんXMDF、ドットブックを作るときに中間ファイルを作っていれば、中間ファイルからEPUBとか違う方式に変えることはできるが、いったん作ったら、出版の常識で言うともう見たくないというのがよくあると思う。そういう見たくないフォーマットがたくさんあるのではないかということで、そうであれば最初から意識して構造的なものを作ったほうがよかったのにというところはある。
そういうところが最大の問題点になって、EPUBは増えていない。私も池田さんも、お酒を飲みながら「EPUBが増えない」という話をいつもしている。そういうところに出版社が気づいてくれない限り、なかなかEPUBは生まれないのではないかということで、日々、いまだにXMDFが作られている。
EPUBはすごくいいように思えるが、それは間違いである。EPUBというのはWebサイトとほぼ同じなので、どんな表現でもできてしまう。どんな表現でもできるというのは、構造とレイアウトを分離しなくても書けてしまう。何とでもできてしまうというのがEPUBの良さであり、悪さである。
各社、FUSEeは結構ちゃんとしたEPUBを作るが、某ワープロソフトベンダーが作っているEPUB3は、結構、「どうしたものか」というようなものができる。もうすぐ出てくるDTPソフトのEPUB3書き出しも、元のデータをちゃんと作っておかないと、謎なdivタグがたくさん付いたものができてしまうというふうになりそうである。
そうなると、互換性を保てなくなるので、せっかくEPUBで作っても、XMDFやドットブックと同じようなことになってしまう。それはまずいというので、先ほどのFUSEeβの中でも使われているJBASICとか、日本語ベーシック基準、EPUBJPと呼ばれているものが出てきた。
そこではちゃんと構造とレイアウトを分離して書く方法が記されているが、不勉強な人があれを見ると、ベーシックという言葉が付いているので、どちらも標準規格のように思って、「2つの規格ができたのか」と混乱を呼んで、「どっちでEPUBを書けばいいのかわからない」という話になってしまっている。
「OnDeck」としては、どちらでもいい。どちらで書いても、特に問題はないが、書きやすいのはEPUBJPである。IDPFの仕様をきちんと満たしているのはJBASICだが、それを一生懸命書いてもなかなか再現性がないので、JBASICはFUSEeのようなツールがサポートしてくれない限りは、手で書くのは難しいのではないか。
とにかく、今の段階ではシンプルにまとめたほうがいいのではないかと思っている。まずはその2つの基準を読んで、それに沿って、そこで用意されているテンプレートなどを使って書いてみるのが一番いいだろう。体験して、自分で拡張すればいいというところである。
2つのどちらがいいというような話は、どちらの陣営も別にそんなことは期待していない。「ベーシックという言葉が悪かったのなら変えようか」という話が出るくらいの状態である。表向きはそうだが、「それなら一緒になればいい」と言うと、お互い「相手のここが悪い」と言ったりしてまとまらない。
「電子出版に未来はあるか」という問いについては、わからないというのが答えである。明らかなのは、「紙の出版が電子出版とイコールだというのは違う」ということである。ただ、今の日本の動きというのは、どうも紙がそのまま電子に変わるというような話になっているので、混乱して、無駄な税金が使われているのではないか。ただ、無駄な税金を取りにいかないと、というところもあったりする。
したがって、電子出版に未来があるかどうかというのは、電子出版が持っている可能性というものをどれぐらい把握して、それにふさわしいコンテンツが作れるか、そこに尽きるのではないかと思っている。
紙を再現するという視点はいったん捨ててもらえると、面白いのではないか。「OnDeck」は創刊当初から「電子出版産業を支援する」という言い方をしていて、既存の出版社を支援する気は全くない。ただし、既存の出版社が電子を作るのであればウエルカムである。
悪い言い方をすると、滅びゆく紙を支援する気はない。とはいっても紙が完全に滅びるとは思っていない。こうやって我々も紙を作っているし、紙の良さというのはあるが、紙が単純に電子に置き換わると思っている時点ではどうにもならないのではないか。
電子出版に未来はあるかという中でいくと、考え方としてはWebのコンテンツがパッケージされたようなものなので、そこから何が生まれるのか。オンラインじゃなくて使えるメディアとして何ができえるのか。もう1つの観点で言うと、いろいろなデバイスでどう表示されるのかというところを見たとき、いろいろ答えはあるのではないか。
皆さんは、今まで「A4見開きで作る場合にはどういうふうにすればいいか」とか、「文庫だとどういうふうにすればいいか」みたいな考え方は既にやってきていると思う。それと同じような世界が電子でも起こると思っていただければいい。
例えばスマートフォンで雑誌が向いているかというと、いわゆるレイアウト型の雑誌は、多分向いていない。ただし、新聞的なもの、週刊誌ではないが、日々の速報性のあるものなら成立する。
タブレットだったら雑誌が成立するかというと、そうとも限らないかもしれない。あるいは、Eインクだったらどうなるのかというふうに考えていくと、電子出版の未来は可能性がたくさんあると思う。ただ、それが産業としてどう興るかはちょっとわからない。
最近ちょっと感動しているのは、これは新しいiPadである。解像度が4倍になっただけと言われるが、これでPDFを見ると、紙とほぼ同じくらいで、実はこれよりもきれいである。紙よりもきれいなデバイスが出てきてしまった。
ただ、これを聞いていくと、どうもWebから来た人たちが違う議論をする。「これだけ解像度が高いとパソコンで編集できない」と言っている。しかし、パソコンで表示できないコンテンツというのは、今までさんざんDTPソフトで作ってきている。印刷物で作っているものというのは、もう既にここで表現できるようなものが作られている。
Webから来た人たちは、まだそこをわかっていない。印刷側から行ったとき、色はコントロールできないけれども、これが校正紙代わりに使えたりするかもしれない。そう思って改めて見ると、ちょっと面白い世界が来るのではないか。こういうレティーナ系のものが、このサイズでなくてもどんどん増えてくる可能性が高いので、デバイスに関してはもっと面白い世界が生まれるはずである。
DTPとの親和性がどうなのかというのはわからないが、そちら側の今までのノウハウは生きるのではないか。ただし、今までと同じ「見開きじゃないとだめ」とか、作るときに横組みにしたいと言っていたものが勝手に縦になったりするのも心を広くして受け止められるかどうかというところはあると思う。そのあたりを意識していただければ、電子出版には結構未来があるのではないかという感じがしている。
もう1つ、できれば様子を見るのではなく、いち早く参加してもらいたい。「OnDeck」を作ってみて良かったのは、参加すると問題点がすごく見えてくる。問題点が見えたときに、それの解決策をいち早く持つというのは、新しい産業の中では優位なポジションが取れるというふうに思っている。
特にEPUBはまだ始まったばかりなので、今から参入しても追い付ける。なるべく早く参加していただいて、みんなで盛り上げていければとは思っている。そういう期待を込めて、私としては「わからない」というのが本音だが、「ある」というふうに締めくくっておきたい。
まず「OnDeck」を読んでみてもらいたい。読むといろいろとわかると思うので、参考にしてもらえればと思う。
質問:編集するとき、ワークフローとかツールとか、今までと変わったことはあるのか。
福浦氏:この1年半、同じ質問を毎回されて、みんながっかりするが、手で書いている。手で書いて、それを手でパッケージングしているということで、残念ながら、皆さんに紹介できるようなワークフローはまだない。
ただ、電子出版出力研究所というところでこれを開発していて、EPUB3に対応した開発環境を今作っていて、ほぼ見えてきているところである。それを使って「OnDeck」のEPUB3版は作ろうと思っている。
それが対外的に発表できるかどうかわからないが、それを使うと結構EPUBは簡単に作れると思う。InDesignのレイアウトも非常に楽になりそうだという予想もあるので、今はまだ語れないが、そういうものがあると思っていただければと思う。現状は人が手で書いている。
質問:「OnDeck」のようなデジタルファーストの新しいものを作るときに、インプレスはいろいろな畑出身の人が集まっていると思うが、どんな属性の人間だと向いていて、どんな属性の人間だと何かが邪魔になったりするのか。
福浦氏:それは非常に本質の難しい質問である。悪い言い方をすると、OnDeckの編集に向いているメンバーは、実は半分くらいしかいない。この1年間参加していても、まだ本質がわかっていない人がいる。既存の編集者は、やはり紙面のイメージが最大である。版面を考えたときに、その呪縛をなかなか抜けられない。それを抜けられるような柔軟な人がありがたいと思う。1つは、紙よりもWebの経験者のほうが入り口としては近いかもしれない。もう1つは、柔軟な発想を持っている人である。若さではないと思うが、できる限り縛られていない人がいい。
私はこれからインプレスグループの中でいろいろな媒体の立ち上げ支援をする予定で、そこのメンバーをどう集めるかといったところにつながってくるところで、今話しているのは、編集長は参加させないように思っている。
「OnDeck」に参加しているのはみんな編集長経験者で、やはり固まっている。自分の得意分野がどうしても残るので、その呪縛を抜けるには、相当ひねくれた人か、本当にピュアな人でなければ難しい。社内で募集するにはデスククラス、中堅どころの人たちで、できれば20代で探そうと思っている。30代でもいいが、いろいろとしがらみのない人たちをどう集めるかと、今考えているところである。
もう1つ問題点は、先ほど「できるシリーズ」を作ったと言ったが、それがちょっとグループ的には問題だと思う。編集担当者がDTPを意識してしまい、ある程度紙面イメージを先に持ってしまう。
今はもうないと思うが、原稿用紙に原稿を書いて、指定だけして、「レイアウトは自分の担当ではない」と言っている人たちのほうが、特にEPUBのこういう形式だと向いているのかもしれないので、一周回って遅れている人たちが最先端になる可能性はあると思う。
そういう意味で、インプレスグループは結構危険というところで、編集長たちは除外したいという話を内部的にはしている。とはいっても、私も編集長経験者なので、そういう基準の選び方だと私もこのメンバーに入っていなかった。それは先にやったもの勝ちだと思っている。
質問:「OnDeck」はFUSEeを使用しているのか。
福浦氏:手作りである。そういうツールは使っていない。EPUBは手で作れるので、手で作っている。ただ、FUSEeなどを使って作ったほうが、まず経験するには非常に役に立つと思うので、入り口としてはそちらを使うほうがいいと思う。
質問:今世の中に出ているEPUBのコンテンツは、大体テキストとイメージデータでできている。例えばDTPの世界だとIllustratorで作っている図表とか、そういうものが結構使われているが、そういう形でSVGのようなものが使えるようになるのは、感触として、まだ先なのか。
福浦氏:SVGは一応使えるが、Illustratorが書き出すSVGが複雑すぎて、EPUBに貼り付けると、EPUBチェッカーというチェックツールに必ずエラーとしてたくさん検出されてしまう。たくさん検出されると、エラーなのかエラーではないのかわからないという状態になっている。
基本的に、今調べている限りではSVGは大体表示できるが、まだきれいに書き出せる環境がない。先ほど池田氏のデモでSVGが作れると言っていたが、まだ公開されていないバージョンなので、出たらすぐ使おうと思っている。
SVGはEPUBでは魅力的なフォーマットなので、注目している。創刊のときも、SVGがあればグラフは簡単に作れると思ったが、貼り付けた途端にiBooksが落ちるという不幸な目にあって、今はJPEGでなぜか汚いものを作っているという状態である。
質問:最近、無線によるインターネット環境が充実して、スマートフォンとかタブレットを持っている人はどこでもネットにつながる状況である。HTML、Webを直接見る形でもいいのではないかというお客さんもいる。それとダウンロード型パッケージングされたコンテンツの違いをうまく説明するにはどうしたらいいか。
福浦氏:非常に不純な動機で言うと、私が「Enterprise Watch」をやっていたのにこちらに移ったのは簡単である。Watchは、専門誌としてはページビューが非常に多いが、基本的には広告モデル、つまりフリーペーパーである。
有料販売がWebはできない。有料にするにはパッケージングするしかないのではないかということで、私はそちらを抜けてここに入っている。そこだけである。読者に対して本当にそれが有益なのかどうかはコンテンツの作り方にもよると思うが、出版する側からすると、固めることで価値を付けて有料販売できる、そこの1点だけである。
その環境をどうやって作るかというところが新しい産業だというところで、紙と比べると、当然、全然違うので、Webの視点で見たほうが面白いのではないかと思っている。
2012年4月10日T&G研究会「EPUB書籍の制作と印刷連携」より(文責編集)