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小林氏:
「日本語組版処理の要件 」とは、基本的にはW3Cのワーキンググループノートというステータスである。W3CのWebサイトで、誰でも無料で見ることができ、英語版と日本語版がある。書籍では定価4,800円である。
本日のセミナーはW3Cのノートの内容の話ではなくW3Cのノートがどのように影響して、どのような関係にあるか、これを発刊した人たちにいろいろ話をしていただこうと思っている。いろいろと発刊後の話がある思うが、私自信が制作過程で直接制作に関わることはなく、裏方として書き手を集めて指示を出し制作していただいた次第である。
私の指示で制作に携わっていただいた方も何人か本日いらっしゃっているので順次紹介していく。
大野邦夫さんは、この本の提案者で最大の功労者(反対の意味で犠牲者?)であり、大学の先生になられてから担当を外れた。一番の犠牲者は、ただ働きでほぼ7年間働き続けた小林敏先生である。
この本の後書きで、石野恵一郎さんと小林敏先生がいかに論戦をしたか、論議を多くしたか、というのが詳しく書いてあるので、そこだけでも読んでいただきたい。議論の話はWebに載っていない。
それから、小形克宏さんと村上真雄さん、この人たちは出来上がるまでにさんざん文句を言われた。いい加減にしてくれというくらい、文句を言ってくれた。こういう人たちのおかげで出版に至った。
W3Cの中には、このリクワイアメントのためのタスクフォースがある。タスクフォースにワーキンググループとして参加してくれたのがXSLとCSSとSVGで、藤沢淳さんはSVGのワーキンググループにアクティブに参加している数少ない日本からのメンバーである。この人が外野からいろいろ文句を言ったおかげでこれができた。
千葉弘幸さんは、今日はJAGATとして参加されているが、実はタスクフォースの広報担当ということで、利益なしで、これのセミナーを何度もやってくれた。その結果そしてこれだけたくさん集まってくれた。
以前JAGATの研究員をしていた小野澤賢三さんや、今は上海で中国語の勉強をしている元マイクロソフトの阿南康宏さんとか、石野さんの下働きで働かされた若い塩澤元さんという方もおられる。
そういう人たちが私の指示で働いてくれたおかげで、この本ができた。そして、この本を即して、この後、話をしてくれる。それでは高瀬さんからお願いする。
高瀬氏:私はEPUBという電子書籍のフォーマットの方に関わっている。今日は、EPUBというフォーマットが「日本語組版処理の要件」と非常に深いつながりを持っていて、それはどういったことがあったのかということを話したい。
2009年11月12日、イーストも参加しているJEPA(日本電子出版協会である)が、EPUB研究会の発足を発表した。当時のプレスリリースを下記に引用する。
「JEPAが11月12日、欧米読書端末の電子書籍の標準フォーマットEPUBの調査研究、普及啓蒙、日本語処理の推進を目的としたEPUB研究会を発足したと発表した。このほど発足した研究会では、EPUBでの縦書き、ルビ、禁則など、日本語処理を今後推進していく」というプレスリリースのニュースが流れていた。
この時点ではまだ日本でもEPUBというものがあまり認知されていなかったが、これが重要ではないかということを考えていた人たちがいて、そのフォーマットは日本語の出版物を扱うために十分な作りになっているのかということを調べなければいけなかった。そういう目的でEPUB研究会というものが発足した。
EPUBはIDPFという国際的な非営利団体で作っているもので、JEPAが加盟したのは1月22日である。そこで日本語処理の状況について調査を進めた。1月20日くらいに、私もこのEPUB研究会に個人で参加した。私はEPUBの仕様書を翻訳していた関係で声がかかったが、EPUB研究会というのは5~6人程度のグループであった。
私は当時、金融分野のSEをやっていて、出版とかWebとは全然関係ないところで仕事をしていたので、「こんな私で大丈夫だろうか」という感じだったが、EPUBで縦書きとかルビとか、十分に表現できるのかということを調査し始め、だんだん、縦書きなどがうまくいかないということがわかってきた。
そういう調査の途中で、EPUBが日本で認知されるきっかけとなる出来事があった。1月27日にAppleがiPadを発表したことである。その時にiBooksというブックアプリとiBookストアという書店のサービスが併せて発表されたので、日本でも特にそういったものに関心を持っている層の人たちにはEPUBが大きく認知されるようになった。
これによって、目に見えてEPUBに対しての関心が増えたと実感した。私はブログにEPUBの仕様書を載せていたが、それまでに1日に8件とかのアクセスが、この日は3,000件くらいアクセスが集まったのである。
EPUB研究会にはあまり技術的なエキスパートの人がいなかった。EPUBに仕様、要求を入れるといっても、どうしていいかわからない。
国際的に動ける、技術に明るい人がおらず、非常に困っていたが、2月に入ってマイクロソフトの方を介して村田真さんが参加していただけることになった。
村田さんからIDPFに確認したところ、EPUBは間もなく新しい次のバージョン、改版を予定しているということが明らかになり、とにかくEPUBに日本語処理を導入してもらうための文書を作ろうという話になった。
担当することになったのが、村田さんとJTBパブリッシングの井野口正之さんと私である。今、要求仕様という形で出ているが、最初は技術仕様を作る予定であった。「こういうプロパティを指定したら縦書きにしなさい」とか、CSSを模倣したような独自のスタイルシートを書いたりしていたが、EPUB3の改版にあたっては、はじめにEPUBワーキンググループはチャーターという形で決められるとのことであった。
その結果、として要求仕様を出すのが一番いいだろうということで、技術的なディテールには踏み込まず、「こういうことをしてほしい」ということをピックアップすることが大事だということがわかった。そこで、とにかくどういうことが必要だということを明らかにする必要が出てきた。
そういう集まりの中で、「こういう大事な文書があるから目を通しておけ」と私が言われたのが、「日本語組版処理の要件」である。
そこを見ると、本当に日本語の出版物を作成するのに必要なものがたくさん列挙されているので、その中からリフローする環境でも必要なものをピックアップして要求仕様にまとめるということができた。
縦中横とか、ルビは英語でルビー何だとか、日本語の組版を英語で根本から説明するのは非常に大変だったと思うが、ここで既に説明されているので、短期間で要件だけピックアップすることができるようになった。
それを発表したのが4月1日、エイプリルフールの日である。周りから「冗談じゃないか」と言われたが、EPUB日本語要求仕様、Minimum requirements of EPUB for Japanese Text Layoutをきちっと提出した。縦書き、和欧混植処理、禁則、ルビ、圏点等、14項目の中からピックアップした英語の文書である。
私も一部執筆したが、大体は村田真さんが手直しして、私の書いた部分はもう原形をとどめていない。中を見てもらうと、「日本語組版処理の要件」の本文とか図版へのハイパーリンクがたくさん入っている。
村田さんに「小林さんに挨拶しておいた方がいいのではないか」と言われて、メールで「使わせていただきました」と挨拶させていただいたところ、小林さんから「頑張って」とエールのような返事が来たのを覚えている。
4月6日時点で、IDPFは改版のバージョン番号をEPUB3.0にするかEPUB2.1にするか揺れていて、このときは2.1という名称だったが、「次のEPUBでのやることリスト」のようなチャーターに、この要求仕様について言及されていた。これを参照してもらうことによって、策定項目の1つとして掲げられることが明らかになった。
4月7日に、JEPAでこの仕様に対する説明を私がさせていただいたが、300名以上が参加して、非常に熱気のあふれる会になった。この後は、6月からいよいよEPUBの策定に入っていくが、そこについては村田さんに解説していただくことになると思う。
短期間に、素人のような私も含め、EPUBの要求仕様をまとめることができたのは「日本語組版処理の要件」があったためである。策定の間も、関係者の議論の土台として、絶えず重要な文書であり続けた。この辺は村田さんと石井さんからもっと詳しく語っていただけると思う。
個人的にも、Webでも出版の世界にも縁のなかった人間が、早い時期に組版についての優れた入門書に出会うことができたのは非常に幸福なことだったと思う。最良の入門書であった。関係者の皆さんにお礼を申し上げたい。
2012年4月23日T&G研究会「電子書籍と日本語組版」より(文責編集)