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私はIDPFのEPUBワーキンググループでエンハンス・グローバルランゲッジ・サポート・サブグループのコーディネータを務めている。これは国際化のためのサブグループである。今はもうEPUB3.0が一応できているので、特に活動はしていないが、サブグループとしては生きている。
EPUB3.0に、まだ問題点は残っているが、一応日本語組版が入った。そのためにはいくつか重要なマイルストーンがあった。やはり最初はJEPAから出た日本語組版についての要求仕様案である。先ほど高瀬さんが言ったが、チャーターからあれがリファーされたというのは大変なことである。
EPUB3.0に関して「こういうことをやってほしい、ああいうことをやってほしい」という要求はいろいろな人から出たが、チャーターからどれもリファーされなかった。これだけがされた。それは「そこまでは絶対やる」と言ったに等しい。これは非常に大きかったと思っている。
その1つの理由として、ミニマムリクワイアメントの文書が完全に要求仕様に徹していて、メガネズムを含んでいなかったこと、そして短くて読める。本気で読もうと思ったら、たくさん参照しているから、JLREQがある。
その次に、国際化サブグループを作って、そのコーディネータのポジションを私が取る。これが非常に重要なマイルストーンであった。これができなかったら、おそらく全然話は変わっていたと思う。どうなったかはわからないが、少なくとも、今回の道筋と全く違った道筋を通ったことだけは間違いない。しかし、この2番目の話は今日の主題であるJLREQに関係しないので飛ばす。
3番目、国際化サブグループが要求仕様をまとめた。
この時点では、まだどういうことをやるかだけであって、どういう機構を作るかではない。しかし、仕様請求においてどこまでやるか、何をやるかということのリストをきちんと作るというのは、非常に大事なことである。
こんなことはやらなくていいとか、方向が違うとか、そういう議論は、最初に要求仕様を作った時点で、ある程度決まっている。ここに入っていないものは、もうおそらく入らない。ここに入っているものは、できれば入る。できなかったら入らないが、要求仕様がちゃんとできるというのは極めて大事である。そして、その中に必要なものが入っていることが大事である。
4番目は、要求仕様を満たすように機構を実際に入れること。これはCSSをW3Cのほうで制定することだったり、IDPFのほうでEPUBの仕様の中にその機能を取り入れることだったりする。W3Cのほうは石井さんが話してくれると思うので、これも飛ばす。
今日の主題は3番である。要求仕様をどこでまとめたかというと、IDPFの国際化サブグループで札幌会議を開いた。私がコーディネータなので、どこでミーティングをやるか、いつやるかを決められる。2010年8月3日と4日に札幌で開催した。参加したのは日本だけでなく、台湾、韓国、一部アメリカである。ここは機構をまとめるのではなくて、ただひたすら要求仕様である。
私はこのときコーディネータとして、日時設定、場所設定ももちろんのこととして、議題の設定とか発表者の手配とか、会場の準備、宴会手配、ホテル案内、旅行ガイド、大体やった。
この会議の前の恐怖とか不安とか緊張というのは大変なものであった。皆さん、こういう会議を主催する立場になったことがないと思うからわからないだろうが、こういうミーティングで各国の人を呼んできて、それで一応の結論をちゃんと出すというのは、やるほうとすれば大変なプレッシャーがかかる。
この札幌会議でだめだったら、おそらくもうだめである。お金もかかるし、そんな何回もフェース・トゥー・フェースを開くわけにいかない。もしそこで要求仕様案を日本と台湾と韓国とアメリカくらいでまとめられなかったら、それで終わりである。
EPUB3に間に合わなかったとか、もしくはほんのちょっとだけ何かできた、縦書きはできなかったとか、そういうことになってしまう。
参加者は、まず台湾の人。私は一生懸命苦労して台湾のいろいろな人にコンタクトして依頼したが、誰ひとり、顔を合わせたことはない。スカイプで話をしたことがある人はいたが、顔を見たことがある人は誰もいない。
韓国も何人か来てくれたが、やはり誰も知らない。IDPFから来た人たちも、後には親しくなったが、この時点では誰も知らない。この会議の前ではIDPFの人は、1人だけ、マーカス・ギリングという議長だけ知っていたが、その人は来なかったので、みんなストレンジャーである。
運営の支援はJEPAとマイクロソフトだけである。会場と宴会費用に関してはJEPAが、マイクロソフトは会場のコーヒー代とか会場費を支援していただいたが、他の支援はなかった。
やはり、この札幌会議が一番重要なマイルストーンだったと私は思っている。おそらく、あのミーティングの始まる前の夜とか、始まる日の朝とか、そういうプレッシャーというのは、やらないとわからないと思う。今回のEPUB3で縦書きが入らなかったら、もうWebの縦書きもだめだろうと私は思っていた。仕様請求というのはタイミングなので、タイミングを逃すと、もうだめである。
会議の実際の議論では、いろいろな方が参加してくれて、日本人も台湾人も韓国人も、IDPFの人も、非常に協力してくれて助かった。それ以外に非常に重要だったのは、やはりJLREQである。それはいろいろな人が出してきた要求項目をマージするときの基準であったりする。
大体用語は合っているが、中身は本当に同じだろうか。それをちゃんと詰めようとすると、やはり徹底的に書いた文書がないとどうしようもない。1段落や2段落くらいで書いてきているものではどうしようもない。
JEPAのものは数ページしかないもので、単に抜書きだが、詳細に関しては全部JLREQを見てくれということになっているので、詳細は全部入っている。
そういう意味で、他の人が確認しようと思ったら必ずわかる。だから、マージが簡単にできる。
そして、このとき台湾が出してきた要求仕様は、縦書きとか、ものの見事に何もなかった。
なぜかというと、彼らはJEPAのミニマムリクワイアメントももちろん見ているし、JLREQも見ているからである。
彼らは、これを見て、「もうこれで台湾の組版にも全く問題ない。そのまま使える」と言った。「もちろん、句読点の位置とか、多少のことはあるが、基本的にこのまま使える。台湾にはこんなすごいガイドラインはない」と言った。
台湾が出してきたのは、明らかに日本との差分である注印符号である。これは彼ら独自のルビだが、そこのことだけに絞ってきた。やはり彼らも賢い。調べつくして、どうしても自分の必要な部分だけ、きちんと整理して出してきた。
2日間で全部決着がついたからEPUB3は一応日本語組版に対応できたが、もしJLREQがなかったらどうなっていたか。もう考えるだけで恐ろしい。「縦書きってなんのことか」とか、「90度回転ってなんのことか」とか、そんなことを言葉の整理をやっていたら、いつまでたっても終わらない。
そういう意味で、JLREQの果たした役割は極めて大きかった。
参加者の人たちも、もちろんきわめて有益なインプットをいただいたが、失礼ながら、参加者のどの人よりもJLREQのほうが大事だったと思っている。
一番大事だったのは、会議に来る前に台湾がJLREQを精査して差分だけに集中してきたことである。彼らも賢いし、それだけの材料を提供したこちらもよかったと思う。
JLREQの恩恵にあずかる人たちは、いろいろな人たちがいる。EPUBやCSSはもちろんのこととして、XSL-FOもそうだし、マイクロソフトのOfficeで使っている文書フォーマットOffice Open XML(OOXML)も実は既にJLREQを参照している。ヘッダーとかフッターの並び方で、JLREQにあるのが1パターンだけできない。それ以外はできる。それが今のOOXMLの仕様書に書いてある。
あとはODF1.2で本当は基本版面とか、それに対応することになっているが、私は最近見ていないがぼろぼろだと思う。ODF1.2の関係者はここにいないと思うが、もしあれをちゃんとした日本語組版にしようと思うと、JLREQの最新版を見て頑張るしかない。もうJLREQだけ見ればわかるのだろう。前のように4051を見なければわからないとか、そういうことはないのだろう。
受益者は決して日本だけでなく、先ほど言ったように台湾もそうだし、香港もそうである。中国もそうである。内モンゴルもそうだろう。彼らは行の進行方向が日本語の縦書きと反対だが、それでも参考になる点は多いと思う。
韓国は、今これを見て「韓国語組版の要件」というものを作っている。まだなかなか追いつけないと言っているが、彼らは始めて1年半である。こちらは9年かかっている。9年かかったものに1年半で追いつくはずはない。韓国語組版のほうは日本語組版ほど大変ではないと思うが、それでも何年かはかかるだろう。
私個人は、ここ数年に日本であった電子書籍関係のどの国内プロジェクトよりも、このJLREQは日本語話者にとって重要ではないかと思っている。他は商売との関係で、ぱたっとつぶれたらなくなるものだが、これは日本語がある限り大丈夫だろう。そういう意味で、不滅の業績だと思う。
JLREQの本質的な意義を、私なりの捉え方をすると、日本語組版という自分を客観視して相対化したこと、それはすなわち国際化したことである。そして、他者はそれを見て、どこが同じでどこが違うかをちゃんと認識した。特に台湾である。韓国もそうである。そういうことができたのが、JLREQの本質的な意義ではないかと思っている。
2012年4月23日TG研究会「電子書籍と日本語組版」より(文責編集)