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私は1992年に入社して、「フライデー」「週刊現代」などの編集を担当し、2011年2月から広報を担当している。今回は講談社のデジタルコンテンツへの取り組みを紹介する。
世間から、講談社は電子書籍のリーダーとして先頭を走っていると思われている。今後、電子書籍が普及すると紙の書籍がなくなるのではないかと思っている方も多いだろう。実際、書店はかなり危機感を持っているし、町の書店は廃業するところも増えている。全国で17%の自治体には書店がないという危機的な状況になっている。
そのような中で講談社ではヒューレット・パッカードの小ロット対応が可能なデジタル印刷機を導入したので、この取り組みについても紹介したい。
まず、電子書籍市場をおさらいする。インプレスの調査によると、国内の電子書籍の市場は650億円である。講談社は電子書籍の売り上げが、2011年は14億円であった。2012年の予測は約27億6000万円で、約2倍の成長である。
講談社の売り上げは2011年が1219億円で、2012年も1200億円程度を予定している。従って、電子書籍の比率は1%程度である。2倍の成長といっても1%が2%になったという程度なので、まだ利益には貢献していないというのが実態である。
10月25日にAmazonが電子書籍ストアをサービスインした。スタート時は日本語書籍が5万点ということである。そのうち著作権の切れた青空文庫が約1万点ということである。講談社は、Amazonに対し書籍ものは700点、コミックが2800点で、合計で3500点しか出していない。これまで、講談社が作った電子書籍は、コミックが1万点で、書籍が2700点である。実はコミックの1万点とは、携帯コミック用に1話ごとにファイルを作っているので数えようがなく、おおよそ1万点ということである。
今後の電子書籍市場の予測であるが、インプレスの調査ではスマートフォンおよびタブレットが伸びて2016年には2000億円になると言っている。私はこの数字については疑問視している。この予測は電子書籍を予測しているのではなく、タブレットやスマートフォンの販売予測をもとにしている。タブレットを買った人がどれだけ電子書籍を読むかとなると、その辺は疑問である。
実は、日本の読書人口についての推計がある。ある女性人気作家の作品は、どの作品も最低30万部は売れる。どこの出版社から出しても30万部売れる。つまり、新刊の単行本を買う熱心な読者は、おそらく30万しかいないという推定である。これらの人はもともと熱心に本を読む人であり、紙の本だろうがタブレットを持とうが新刊の書籍を読む。もともとあまり本を読まない人が、いくらタブレットを持ったとしても、電子書籍を買うとは限らない。
今まで電子書籍がなぜ普及しないのかについては、端末が普及しないからだ、端末が割高だとか、実態がないなどいろいろなことが言われている。しかし、端末が普及すれば電子書籍は売れるのだろうか。
講談社がもっとも重要視する市場は紙の本である。「紙があっての電子。まずは紙が売れること」が講談社の基本戦略である。
講談社は、2010年に電子書籍2万点を制作すると発表した。この2万点という数字は、全国の書店に流通している講談社の在庫数と同じということである。流通在庫以外のものは絶版、もしくは品切れということである。また、2012年の夏より、紙と電子の同時発売を始めた。ここで言う同時とは、新刊の紙の書籍が出てから1カ月以内に電子書籍が出ることを指している。
Webや電子書籍によって、出版社は必要なくなるのではないかと言われることがある。確かに誰でもWebで情報発信ができるが、その情報の信頼性は誰が担保するのかということがある。また、やはり紙で出版したいときにはどうすればいいのかなど、いろいろな問題が残るだろう。
講談社は、紙でも電子でも出版を行う。さらに、キャラクターも作るし、海外の作品の翻訳もする。そのような製品の保証、校閲、内容の確かさなどに対しても担保できることが、講談社の役割だと思っている。その一環として電子書籍を作るということである。
講談社としては、大手一社の書店にだけ売り上げが集中するよりも、全国に小さな書店がたくさんあって、そこに紙の本を届け、その本を多くの読者に読んでいただきたい。そういったことを目指している。紙でなければ、電子でなければという形態にこだわるのではなく、著者とともに最大利益を目指す。従って、印刷も守りたいし、書店も守りたい。ひいてはそれが我々の身を守ることになるし、我々に寄稿いただく著者のためにもなると考えている。
講談社の社員は約1000人であるが、2011年の8月、全社員にソニーのReaderを配付した。これは、電子書籍用端末が売れたら、どうなるかということを検証するための実験でもあった。このとき、ソニーのReaderには、無料で3800ポイントが付けられていた。つまり3800円分の本を無料で買えるということである。
最近、講談社社員にこの1年間、電子書籍を何冊買ったかというアンケートを行った。結果は電子書籍を買っていない人が約60%である。ひどいのはReaderの箱さえも開けていないという人が約10人いた。電子書籍を購入した人たちは何冊ぐらい購入したかというと、10冊未満という人が半数以上である。3800円分を無料で使えるにもかかわらず、その3800ポイントさえ使い切れないで、残している。
自慢するわけでないが講談社の社員なのだから、日本有数の読書家のはずである。それでも電子書籍に関しては、このように惨憺たる状況である。端末が100%普及し、無料で手に入るという状況でも電子書籍を買わないという事実が分かってきた。
わたしは利用してみたが、なぜ電子書籍で読むのかというと、満員電車で文庫本を片手でめくるのは結構たいへんである。しかし電子書籍では、押すだけで良いのが便利なところである。また、コミックの「宇宙兄弟」18巻分を人に貸そうと思ったとき、紙の本だとカバンの中がいっぱいになってしまうが、電子書籍なら端末に丸ごと入ってしまい、かさばらない。
さらに、紙の本よりも安価である。講談社の電子書籍は、紙の本の約8割の価格になっている。9月から文庫本作品の配信を始めたが、1年間は紙の文庫本と同じ値段で、1年後に2割引にする予定である。
社員が電子書籍を読まない理由には、資料として読むのには読みにくいということがあった。ペラペラとめくっていって、「あれ何だったっけ」となったときに、どこだったかが分かりにくい。さて、どのあたりに書いてあったのだろうということになってしまう。さらに、いろいろな本を同時に広げて見ることもできない。
また、翻訳ミステリーを読むとき、登場人物表がないので、登場人物が多いとわけが分からなくなってしまう。江戸川乱歩賞を受賞した「カラマーゾフの妹」(高野史緒著)というミステリー小説があるが、これを電子書籍で読んでいただきたい。登場人物表がないと、読むのはたいへんだと思う。円城塔の「道化師の蝶」なども非常に難解だと言われている。紙の本で読んでも「あれ、分らないぞ」と、たびたび1章くらい戻ってしまう。電子書籍だと、その1章を戻るのがやりにくい。
また、最近は皆スマートフォンを持っており、スマートフォンと電子書籍リーダーと、いくつもの電子機器を持ち歩きたくないということもある。
AmazonのKindleやソニーのReaderはE Inkを使っているので、ページをめくるときに表示が一瞬、反転してしまう。それが非常に気になって、興をそがれるということである。これは読むスピードにも関係してくるのかもしれない。
それから文庫本の方が手軽である。電子書籍は買って読むまでが面倒だということもある。私は書店に行って本を買い、レジに行くまでにもう読み始めている。ところが電子書籍はパソコンにつながないとダメとか、選んでWi-Fiを設定してとか、いろいろ操作して最低2、3分待たないとならない。そういうことが嫌だという人がいる。同じようにパソコンを使って検索するなら、Amazonでワンクリックすれば次の日に届くので、それで読んだ方がいいという意見もある。
このような意見は、けっこう的を射ていると思う。これが我々の勝手な意見だと思っていると大間違いである。
2012年10月に朝日新聞の調査で電子書籍についてのものがあった。これによると、電子書籍を読んでいない人が9割であった。読んでいないと答えた人は、「紙の方がいいから」という理由である。それから「目が疲れるから」読まないという意見がある。ほかにも「端末が高いから」「よい本が電子書籍になっていないから」などの意見である。また、読んでいないと答えた人に、近い将来電子書籍を使ってみたいかという質問には、「使ってみたくない」というのである。
これらのことは何を意味するかというと、要するに日本人は紙の本が好きなのである。では、なぜアメリカではあれほど電子書籍が普及したのだろうか。
2012年12月1日に「カジュアル・ベイカンシー」というハリー・ポッター著者、J・K・ローリングの翻訳本が出る。アメリカの原書はA4サイズぐらいで約500ページのものである。家が広く、車で移動するからいいのだろうが、日本では通勤電車で読もうとしても、大きくて厚い本をカバンに入れて持ち歩けない。しかし、アメリカにも大きな本を持ち歩くことよりも電子書籍の方が便利だという人も多いのだろう。そのようなこともあって電子書籍が普及している。
講談社が国内の紙市場を重要視する理由は、先ほど言ったように、「紙があっての電子。まずは紙が売れること」ということにある。
また講談社の社是は「おもしろくてためになる」である。本を作るのは、当たり前だが日本語である。高尚なことを書く必要はないので、わざわざ高い端末で読んでいただかなくても、単行本、文庫本、雑誌に印刷して、安く提供してたくさん読んでいただきたいということが我々の考え方である。
iPad、スマートフォンを持っていらっしゃる方が、それで読みたいというなら我々はもちろん作る。それが皆さんのためにも著者のためにもなるし、ひいては我々のためにもなると考えている。
出版社は究極のアウトソーシング業界と言われている。1909年に講談社が創業したときは、博文館という出版社がシェアトップだったようだ。博文館は自社で編集、印刷、物流を行い、販売するという垂直統合システムを取っていた。ところが講談社は編集や取材だけに専念し、制作は印刷会社に分担してもらうということであった。原則的にこの方針は今も変わらない。
制作フローについては、紙のみの場合は旧来の進行スケジュールと変わらない。電子書籍を作る場合は少し変わる。
講談社の社内で電子書籍を作るのは、デジタル制作部が担当している。また、印刷会社など6社にも、電子書籍制作を委託している。講談社としては6社だけにこだわっているのではなく、作り方、料金などの条件が合えばほかの会社にも発注する。しかし、製版データ、コンテンツデータは権利を含めて講談社が持つということを了承していただくことが条件になる。
また、紙の本と電子を同時に作るので、紙の本をきちんと作ることができることも条件である。講談社の校閲基準、レベルは非常に厳しくて、例えば「掴む」という字を書くときは、手へんに「國」と書く。パソコンで「国」は今の「国」である。正字は旧字の國である。このような基準を見逃すことなく、きちんと対応できない会社とは、お付き合はできない。
写真を参照してほしい。デジタル制作部が作っている実際の現場であるが、付箋が貼ってあるところが、注意する部分である。
「タイトル部分はこの書体でやってください」「カッコ内は級数を落としてください」「5文字以上のルビが入ってきたらデータが変ってくるので気を付けてください」というような指示がされている。
実際の検証作業では印刷会社から出向している担当者が、パソコン画面上で紙の本と電子書籍データを見比べている。
電子書籍を作るとき、検証する担当者は内容をまったく読まず、紙の本で注意すべきところは機械的に抽出されるようになっている。これは間違いがあるかもしれないところを表示するソフトで、制作する印刷会社に導入してもらっている。
次にデジタル印刷機の導入について紹介する。
デジタル印刷機を設置しているのは埼玉県ふじみ野市で、隣に豊国印刷の工場がある。
印刷データはPDFである。講談社ではAdobe InDesignで本を作り、それを.bookやEPUBで電子書籍化して配信している。印刷するにはそれをまたPDFに変えないといけないわけで、そのフローや費用面などが課題として残っている。
10月17日から本格的な稼働を始めた。デジタル印刷機のオペレーションは印刷会社に依頼しており、オペレーター3人で印刷から製本までを担当する。生産スピードは、320ページの文庫なら1時間に1200部作ることができるようだ。
デジタル印刷機で作成する対象となる作品にはいくつかの基準がある。
例えばデジタル印刷のメリットで、モノクロ印刷とカラー印刷にあまり大きなコストの差がないことから、図版にカラーを使用するような小ロットの専門書が対象になるだろう。講談社の子会社に健康本や医学専門書を作っている講談社サイエンティフィクがある。ここで作っている医学専門書はカラー図版を使用しており、デジタル印刷に向いているのではないかと考えている。
また、発売前のプロモーションのためのサンプル本の作成に利用することを考えている。最近、出版界で売り上げに直結するという意味で最高の賞は、芥川賞でも直木賞でもなく本屋大賞である。本屋大賞を獲った本が売れるということは今や定説になっている。本屋大賞は新刊を扱う書店の店員さんが投票で決めるので、賞を選ぶ書店員さんにはゲラではなくて、サンプル本を送る。サンプル本なら、読みやすいのでもっと読んでくれるだろうということである。ちなみに先述した「カジュアル・ベイカンシー」のサンプル本はオンデマンド機で印刷して上下200部ずつ作り、配付するということである。
しかし、まだ課題も残っている。例えば小ロットで印刷した本は、従来のオフセット印刷してきたものと体裁的には変わらないので、印税をどのように扱うかということ。また、社内的には、写真の仕上がり具合に満足いかないので、口絵には使えないという意見もある。本文中の口絵ならばまったく問題はないし、活字のものに関しては全然遜色もないが、写真の描写力にまだ満足できないという声である。
従って初版をオフセット印刷で作って、増刷分は小ロットで作るとなると、初版本と増刷分が混じってしまう。同じ価格で同じものを売っているにもかかわらず、一方は品質に差が出ることになる。そういうことはできないだろうという意見があるので、デジタル印刷を使うのであれば、初版分から使うべきだという議論もある。
いずれにしても、本格稼働がスタートしたばかりなので、今後いろいろな展開が見えてくるものと思っている。
2012年10月25日「JAGAT トピック技術セミナー 2012」より(文責編集)