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デンショクは、お客様からデータベースを預かり、自動組版の仕組みを作って、PDFとか印刷物の形で納品するという業務をメインにおこなっている。フォントや印刷機材販売のモトヤは関連会社で、モトヤのフォントを出版社などに普及させるためにデンショクが設立された。
日本では約20,000点の医薬品が販売されている。これは、病院等で扱われる医療用医薬品の数であり、一般薬のバファリンとか、そういうものは含まれていない。一般薬に比べると効能も強いが、場合によっては副作用もある。
医薬品の市場は日本で8兆円産業と呼ばれている。そのうち、一般薬は4%であり、残りの96%は、医療用医薬品である。
医療用医薬品には、添付文書というものが必ず付いている。その中には、この薬はどれくらい飲めばいいのか、どんな効果があるのかとか、こういう副作用があるとか、そういった情報が1つの薬品に対してA4で2枚から4枚くらい添付されている。また、例えばどういう薬は危険だとか、どういう薬と一緒に飲むと変化が起こるといった情報も掲載されている。
患者さんから薬について問い合わせが来るたびに、医師や看護師が添付文書を見て回答していると時間がかかるため、大きな病院では薬剤部や医薬品情報室という部署で、その添付文書のエッセンスをまとめて、冊子を発行して利用している。この辞書のような冊子のことを、医薬品ハンドブックと呼んでいる。
個々の病院で使用する医療用医薬品は、医師や薬剤師が管理している。個々の病院で扱う医薬品は、結構異なっている。例えば精神科の病院だと向精神薬をたくさん使っていたり、小児科のある病院は小児科の薬がある。大きい病院だと1,500から2,000、普通規模の病院でも1,000から1,500くらいの薬は扱っているようだ。
デンショクでは、以前から、東京のある大学病院からデータを提供してもらい、自動組版して、上製本の医薬品ハンドブックを作るという仕事をやっていた。3年前に、その病院から相談があり、病院の編集ノウハウを教えるので、データの編集加工を手伝ってくれと言われ、現在は医薬品のデータベースを毎日メンテナンスしていた。
もともと、その病院だけの医薬品ハンドブックを制作していたが、せっかくデータベースの情報が集まったので、他の病院にも売り込んではどうかという話があり、いろいろな病院に声をかけて、不足する医薬品の情報も追加していった。今では4,000件程度の医薬品情報をメンテナンスしている。
医薬品データベースの大元は、PMDA(医薬品情報機構)という厚生省傘下の団体が自身のサイトで公開しているものである。更新情報も毎日発信されている。
また、個々の病院からは、この医薬品にはこういう情報や資料を追加してくれないかという指示がきており、反映させている。
日本では20,000種類ある医薬品の中から、個々の病院で扱っている医薬品のリストをいただいて、病院専用の医薬品データベースを作り、冊子、Web、iPhoneアプリ、iPadアプリを提供している。
医薬品情報というのは、毎日変わっている。新しい医薬品を採用するか、しないかというのは、1~2ヵ月に1回の頻度で開催される病院の薬事委員会で決定される。出来れば、そのたびにハンドブックの内容を変えたいという要望が以前からあった。
しかし、印刷物ならそれなりの費用がかかってしまう。これをどうにか出来ないかということを、病院側から聞いていた。また、紙媒体では、掲載する内容を充実させるとページ数が増えてしまい、取り扱いが大変になってしまうという声も出ていた。
社内的な要因としては、DTPプラス自動組版を売りにして今まで営業していたが、印刷機を持っているわけではないため、DTPや紙媒体をターゲットにした仕事が今後どうなっていくのか、という不安があった。
出版社でもInDesignを使ってDTP制作を内製化する話もあるし、中国などの海外で安くDTP制作を行う動きもある。そのため、3~4年前くらいから、Web向けの開発のための人材や環境も、少しずつ整備してきた。
実際にiPadとWebのサンプルで愛媛大学に導入したものがある。冊子では50音と1種類の薬効分類からしか検索できないが、このアプリは2つの分類があり、どういう効果に効くかという同種同効分類と、国が決めている薬の分類でも検索することができる。本に索引として掲載すると、ページ数が100ページくらい増えてしまい、それが掲載できなかった。
iPhone、iPadアプリにしてみると、分類で調べる先生が極端に減ってきた。商品名からそのまま調べたいというニーズにも対応するように、商品名、一般名というところから直接入力して検索する機能を付加して提供した。
印刷版に掲載している内容だけでなく、印刷版にない情報も掲載していたりする。
また、病院によっては、PDFというボタンを押すと、元の添付文書PDFを見ることもできる。簡易的なデータはアプリでぱっと見て、より詳しい情報を見たいときにはPDFを参照するというニーズにも合う形でアプリの開発を進めた。
併せて、商品名、一般名から、例えば「あだ」と入れると頭の2文字だけで「あだ」が付くものが絞り込まれ、その商品名が検索できる。
なぜアプリにしたのか。電車の中で、シルバーシートの周りは携帯電話を使ってはいけないのと同様で、病棟の中でも、携帯機器は使わないようにという通達が出ている。医療機器との関係で、携帯電話を使わないでくれということになっている。
患者さんのベッドの横で情報を見たいととき、Web上で見ることもできるが、そうするとどうしても通信が発生する。病棟では通信を遮断しているという病院もあるので、そういう病院向けに、こういった形でアプリを作って提供したというのも、アプリ化した要因の1つである。
普通にWeb上で見ることもできて、病院によっては、クローズドな環境、病院のイントラネットに置いて活用しているところもある。Web版でも、医薬品名や会社名を入力して検索すると、薬の名前が表示されて、参照を押すと、iPadアプリのデータと同じ内容が表示される。
印刷版よりも少し充実した内容が入っている。Web版やiPhone・iPad版だとページ数の制約がなく、より多くの情報を掲載できることがメリットで、1つのデータを本だけでなく、本にはないデータも付加した形で提供している。
iPod touchが発売されたとき、今までのデバイスと違うと感じて、個人的に購入していろいろなアプリを使ってみた。これを何か仕事で使えないかと考えていた。その後、iPhoneやiPadが出てきて、通信でも使えるということになり、今のようなアプリになったという経緯がある。
この開発は3年ほど前から手掛けていたが、社内には、それだけのスタッフも時間もないため、アプリ開発は外部の協力会社に委託した。
仕様も私が考えて、病院のいろいろな先生からの「こういうのが欲しい」とか、「こういうのは必要ですか」という話から、仕様を固めてサンプル版をいろいろ開発した。開発コストは、おおよそ200万円くらいの先行投資をした。
私は当初非常に高いと思って、会社に大損害を与えたと後悔したものの、今ではよかったと思っている。実際、既に導入している病院が3病院、見積りをいただいている病院は10~15件ある。
iPadのアプリを導入すると、それだけでなく、「イントラネットで同じ情報を見たい」とか、「やはり紙媒体も欲しい」という病院も出てきた。「冊子とは違って簡単にいろいろ検索できるのが良い」という薬剤師の声があり、iPadアプリというのがフックになって紙媒体の見積り依頼が来たということもある。
1年前にこのiPadアプリを医療業界の展示会に出展したところ、見知らぬ会社の出展にも関わらず、ブースが大人気になって、見積り依頼もそれなりに来たということもあった。
iPad版ハンドブックの課題は、まだまだ開発途上であり、病院関係者のニーズをくみ取れていないことがある。実際に薬剤部がどのように使っているのか、もう少し深く入り込んでいく必要がある。
また、今は病院の薬剤部というニッチな業種にしか対応できていない。今後はこれまでのノウハウを活かして、より多方面に活用できないか、と考えている。
医薬品ハンドブック冊子の見積り依頼に関しては、2年前に比べると1.5倍から2倍くらい増えている。受注金額も同様である。
また、今までは主に印刷関係の展示会に出展していたが、薬剤部が集まる展示会に出展する機会を増やして、デンショクという名前やこういうアプリがあるということを認知してもらえるように努めている。
この冊子に関しては、紙媒体も減ってはいないというのが現状である。病院の中でも、病院の薬剤部が入院している患者さんに薬の説明をする機会を増やすようにという厚生省の通達があり、今大きな病院を中心にそういう動きになっている。そのため、薬剤部のスタッフが減って、医薬品情報のメンテナンスが遅れていることも増えている。そのための外注先としていろいろな話が来ている。
情報の内容によって、紙がWebにかわってしまうのは仕方がない。ただ、医薬品ハンドブックに限っては、「紙でも欲しい、Webでも欲しい」ということで、紙でも有用な部分の情報もあると感じている。
ただ、自社の営業に言っているのは、やはり紙媒体だけでは厳しい。「デンショクはDTPプラス自動組版ということ営業してきたが、それだけではもう取れない時代だ」と常日頃言っている。
印刷物という情報を使っている顧客がどういうことを考えているのか、それが本当に紙媒体でいいのか、iPadなのか、インターネットでもいいのか、併用なのか、そのあたりを考えて提供していかないと、我々の業界は生き残っていけないと思っている。
逆にそういうことをやることによって、新しい仕事をもらえるということもある。医薬品という言葉を別の業界に変えてもいい。今の顧客に対して、そういう言葉に変えて考えていいのではないか。
2012年7月30日TG研究会「iPad版医薬品ハンドブックの開発」より(文責編集)