本記事は、アーカイブに保存されている過去の記事です。最新の情報は、公益社団法人日本印刷技術協会(JAGAT)サイトをご確認ください。
EPUB3とは、電子書籍のフォーマットの1つで、HTMLなどと同じオープンな規格である。オープンな規格という点が大事で、XMDFや.bookのような規格と違い、誰でも使え、誰でも自由に参入できる。国際標準規格なので個々の企業の都合でフォーマットが使えなくなることはない。
英語圏では早い時期からEPUB2がスタンダードであり、今でも実質的にはEPUB2が主流である。日本ではEPUB3で縦書きとルビが使えるようになったことで一気に普及に向かった。アマゾンのKindleのMobi形式もEPUB3から変換できるので、実質的には仲間といえる。まだ課題はあるが、今後、EPUB3がほぼ標準になることは間違いだろう。
次に、2012年度までのEPUB3関連トピックスを緊デジ中心に簡単に振り返りたい。
2011年10月10日にIDPFからEPUB3.0 Final Specification、最終勧告が出た。これをひとまずのスタートラインと考えたい。
これを受けて、2011年10月14日に、EPUB3日本語ベーシック基準Draft1.0が、ボイジャーとインフォシティが中心になって作った日本語書籍向けのEPUBガイドラインが出ている。11月24日にJBasic08という、イーストの高瀬氏が中心に作った日本語書籍向けのEPUBガイドラインが出た。
2012年3月末にコンテンツ緊急電子化事業(以下緊デジ)の説明会が行われ、パブリッシングリンクが中核企業になることが発表された。この時点ではまだ出版デジタル機構は正式には発足していない。
このときに、まだ決定ではなかったが、「出版デジタル機構は100万タイトルの制作を目指す」ことが発表された。
次に、「中間交換フォーマットと.book/XMDFの配布用ファイルの双方を納品する」ということ。
中間交換フォーマットとは、三省懇で出している独自仕様のXMLである。しかし、この時点でまだ仕様が発表されていなかった。
「緊デジフォーマットは出版デジタル機構でも採用する」。つまり、1年で終わるわけではないということである。また、「PDFは採用しない」ということが発表された。これはこの時点で受け入れストア側がまだ対応できていないのが理由のようだ。
4月2日には、出版デジタル機構が正式に発足した。
4月10日には、電子化仮申請の総タイトル数が緊デジのホームページで発表された。これは各出版社に「電子化を望む本の冊数」を尋ねて集計したものであり、この時点では仮申請という形だった。
5月10日に、電子書籍制作仕様書、緊デジの仕様書の確定版が公開された。
内容として、「配信用電子書籍ファイル(XMDFもしくは.book)」と、「アーカイブ用中間作業ファイル」の双方の納品とある。3月の説明会の時点では独自仕様のXMLデータの納品を求めていたが、XMDFと.bookの中間作業データ、ビルドする前のデータを納品すればよいということに変わった。
この時点ではリフロー型のEPUB3はまだ採用されていない。
さらに、「現状ではEPUB3の基準になる日本語用ビューアーが揃わないため、当初は制作・配信ともに実績のあるXMDFもしくは.book形式を出版社は電子書店の意向を受けて作成する」とある。
これは、この時点では現実的判断だったと思う。
また「同時にビルド(電子書籍パッケージ化)直前の状態のXMDF記述フォーマットやTTXなどの作業ファイルを納品してもらい、アーカイブ」する。「中間作業ファイルを保存しておくことによって、市場がEPUB3や次世代の電子書籍フォーマットを必要とした時点ですぐに再ビルドが可能な状況を目指す」ということであった。
6月上旬、制作会社向けの公募説明会が行われた。この段階では制作会社の一次審査を通った会社に対して、試作用コンテンツが支給され、XMDFもしくは.bookで1冊試作して提出するという流れであった。しかし、XMDF用の資料がなかなか出てこないなど、最後の最後に「.bookの資料を見て作れ」という注意書きが来て、大変な状態だった。
2012年7月2日には、楽天Koboの日本市場参入が発表された。
EPUB3を受け入れ可能なストアは、既にソニーなどがあり、Koboはもともと外資ということもあり、.bookやXMDFを受け入れないストアとして参入してきた。これはEPUB3的に大きな意味があり、初めてEPUB3のみを採用したストアが出てきた。
同時に、Kobo Touchが発表されて、待ち望まれていた「基準になる日本語用EPUBビューアー」が出てきた。
これを受けて、7月25日に緊デジの申請条件の緩和が行われた。出版社からの電子化の申請上限として、年間発行点数の2倍までという規制があったが、これが撤廃された。また、図書の寄贈を義務化が、可能な範囲での寄贈に変わった。
ここでEPUB3リフロー型の採用、さらに電子書籍の制作会社を出版社から指定することが可能になった。さらに、PDFフォーマットの指定も可能になった。これは学術系などでかなり採用実績があったことで採用になったようだ。
8月10日に電子書籍制作の正規受注会社の発表が行われた。
9月5日に、緊デジがさらなる条件緩和を行った。内容としては、「EPUB3へのコンバート対応」である。既に電子書籍化されているXMDFや.bookのデータをEPUB3に変換することを1タイトルとして数えるということである。
さらに、「第二次出版社申請受付」が行われた。
9月11日には「電書協EPUB3制作ガイドver.1.0」が発表された。これを受けて緊デジのEPUB3テンプレートが公開された。緊デジのEPUB3は「電書協EPUB3制作ガイド」に準拠することを発表している。ここでようやく、EPUB3のビューアー、マークアップ基準が揃ったということであるが、この時点で制作期間が半年を切っていた。
10月25日にはアマゾンKindleが日本市場に参入することが発表された。
12月14日、緊デジの公式のEPUB3校正システムが、ボイジャーの「B in B」を使う形で稼働が開始した。当初いろいろと不具合があり、実際にはKoboやリディアム、他のビューアーに設定された会社も多かったようだが、とにかく公式にスタートしたわけである。
12月31日は、緊デジのリフロー型の底本、データを出版社から発送する最終締め切りであった。ここに大部分が殺到した。公式に、この時点での最終納品納期は1月31日となっていた。
2013年1月23日には、制作会社向けの制作納期の最終デッドラインが通知された。
2013年2月に、でんでんコンバーターが発表された。それで「EPUB3::かんたん電子書籍作成」「livedoorブログ」「MyBooks.jp」「電書ちょこっとツールズ」など、テキストやブログの記事からEPUBを作成するサービスが花盛りになってきた。
2月27日、緊デジの制作仕様書のv1.8が出た。ここでは、「納品するファイルを明確にするため、ファイル/フォルダ保存・命名ルールを詳しく規定し直した」とあり、実際にはこのあたりにデータ納品が集中したようだ。
3月1日には、緊デジサイトに「制作納期の期日につきまして」というお知らせが出ている。
6月3日、緊デジはタイトル申請数と達成状況の最終確定値ならびにタイトルリストの公開・発表されている。ここで一応緊デジ事業は終了した。
三陽社は1947年に創業した活版印刷系の印刷会社で、主なお客さんとして岩波書店や東大出版会などがある。その関係で、社内に大量の印刷データが保管されており、この電子書籍化をどうにかしなければいけないというのが、三陽社としての電子書籍取り組みのスタートラインである。
また、クライアントからも2000年代前半くらいに「ソニーのリブリエ用データを作ってほしい」というような話もあり、それを踏まえて2012年にメディア開発室という部署を立ち上げて電子書籍制作の研究を本格的に始めた。
2011年ごろに危惧していた点として、三陽社のメインの組版ソフトがInDesignではなくモリサワのMC-B2で、それを起点としてのEPUB3制作が進みそうもないので、自社での独自の取り組みの必要性であった。
そこで、最初にMC-B2のデータをInDesignに変換して読み込むことができるようにした。ここまですれば一般にも売れるだろうと思ったが、いろいろやっていくうちに、InDesignからの電子化もそう簡単ではないことがわかり、結局、自前でかなりのものを作ることになった。
電子書籍のフォーマットの形式としては、モリサワのMCBook形式の制作の研究から始めた。当時はAppleのアプリ型のものだったので、外資相手の契約が必要なことがネックになって、結局、これは仕事にならなかった。
MCBookは、組版自体は非常によくできたもので、注とか外字・異体字関係の記号もかなり充実していた。完成度は一歩もニ歩も飛び抜けていたと思うが、結局クローズドなシステムだからこそできたという部分が結構大きい。メインストリームがオープンなEPUB3に向かったのは必然的だと思っている。
MCBookの制作のときに開発した変換スクリプトを元にして、JBasic08準拠のEPUB3用にXHTMLを生成するワークフローを発表し、徐々にEPUB制作のノウハウも蓄積していった。
緊デジについては、金額的には割に合わないのがわかっていたが、ノウハウの蓄積などを考えると貴重な機会と捉え、三陽社の業務の延長線上にあるリフロー型の制作のみに絞って受注を目指すことにした。
当初はEPUB3のみをフォーマットとして想定したが、XMDFもしくは.bookでの納品要望があったので、XMDFにも変換できるようにした。
それから、個人的なことになるが、2012年の6月に電子書籍の外字問題に関するエントリーをブログに書いたのをきっかけにして、当時出版デジタル機構の技術アドバイザーだった深沢英次氏に声をかけていただき、InDesignから電子書籍を制作したときに文字化けを起こす文字のレポートを書いた。このレポートは、出版デジタル機構のホームページの技術部概論に上がっている。
楽天Koboが参入して、会社としても検証用としてKobo Touchを導入した。これでEPUB3を作って検証することが可能になった。
三陽社は緊デジの制作会社として選ばれなかったが、三陽社で紙書籍の制作をしていた出版社からの制作会社指定という形で参加することになった。そのため、三陽社の緊デジがらみのコンテンツの元データは、もともと自社に保存されており、MC-B2やモリサワの電算写植機のデータもあった。
EPUB3の形式としては、すべてリフロー型のものを作った。ただ、学術系メインの仕事なので、組版的にはけっこう複雑なものが多く、割注が含まれているものも少なくなかった。割注は1行を2分割して注を入れるものだが、そういう専門書的な細かい組みのものが多かった。
また、付き合いのある出版社なので、字形にかなりうるさいこともわかっており、正字の対応や、底本と引き合わせての校正も行った。
制作上で大変なこととして、社内のものであっても元データの作り方が制作者によって異なり、制作時にどのような作り方をしているか、適宜判断しなければならなかった点が挙げられる。これはおそらく緊デジに関わった全ての制作会社にとって同じだったのではないかと思う。
InDesignに限らず、DTPソフトは紙の本を効率よく印刷するために機能拡張を繰り返してきている。見かけ上同じ組み方であっても、どの機能を使ってそれを実現しているのかは、データを開けてみないとわからないところがある。
紙の書籍は、書籍として完成した状態は見た目が全てである。そこに至る経路はどんな道を通ってもいいわけである。そういうものである以上、制作会社ごとにノウハウが違うし、人によっても違ってくる。100人オペレーターがいたら100通りやり方があるくらいである。
しかし、これを電子書籍にするときには元データがどのように作られているかを分析し、不適切なものがあれば修正していかなければならない。それをしないと、例えば意図しないところで改行が入ったり、記号の一部が飛んでしまったりすることが起きる。この部分の自動化は難しいのではないかと思っている。
それから、緊デジでは出版社独自ルールに従う場合には追加でお金を払ってくれるというルールがあった。三陽社の場合、注や索引のリンクを全て付けてくれという依頼があって、専門書なので相当な量があり、この部分で時間がかかった。
そのほか、紙の本の組版をそのまま再現したいという要望がけっこうあった。しかし、リフロー型の電子書籍にはページの概念そのものがないので、紙の本とはそもそも違ってくる。当然、できないことや、やらないほうがいいことはたくさんある。そのあたりを出版社に説明して納得してもらうことにかなり神経を使った。
具体的に、なぜこれをやらないほうがいいのかについて理由を説明して、「その代り、これならできます」ということをリスト化した。出版社とは、できるだけわかりやすくキャッチボールを心掛けた。
また、EPUB3に限った話だが、最後まであてにできるビューアーがなく、ストアのビューアーを利用するしかない。そのため出版社はデバイスを購入する必要があり、その辺を負担に感じたところもあるようだ。
ビューアーは、ビューアーごとの表示が緊デジ時点では異なっており、あるビューアーで最適化するために表現を追い込んでも、別のビューアーでは型崩れするなどの問題があった。
電書協ガイドは、このようなビューアー間の方言をなくすために作られたという側面がある。日本電子書籍出版社協会で各ビューアー開発会社にガイド通達という形でビューアーの改訂を依頼して、制作者としてはガイドに従った形でコンテンツを作ることで、近い将来、高精度のビューアーで同じ表示が得られる。それが緊デジでの電書協ガイド採用の意図だろう。
ワークフロー的に想定外だったのは、InDesignからデータを書き出してEPUB3化した後に修正個所が見つかると、InDesignに一度戻って再書き出しするというのを最初は考えていたが、修正個所が相当多く、かなりの部分がテキストエディターでの手修正になったことである。
制作ツールとしては、当初、FUSEネットワークのFUSEeの仕様を検討したが、でき上がるEPUBが細かい部分で緊デジの仕様で規定されているものと異なる部分が多く、結局かなりの部分を自前でツール制作して対応した。
三陽社の大まかな作業の流れとしては、MC-B2のタグ付きテキストをPerlとInDesignのタグ付きテキストに変換して、これをInDesignで読み込む。InDesignでタグ付けを行った後、XMLで書き出して、そのXMLをまたPerlで変換してXHTML5にし、それをパッケージツールでEPUB3にするという流れで作業している。
緊デジの後、いくつかEPUB3制作の仕事を受けており、本格的な受注を目指そうと取り組んでいる。
今後は印刷物の制作との連携をとったワークフローを備え、会社全体で効率よく、ある程度の量でもこなせるような制作体制を整えたい。
2013年6月17日TG研究会 「EPUB制作現場の実態と今後の課題」より(文責編集)