本記事は、アーカイブに保存されている過去の記事です。最新の情報は、公益社団法人日本印刷技術協会(JAGAT)サイトをご確認ください。
私は今年で50歳になる(注:講演時)。1982年の頃は少年ジャンプ読者ページのライターをやっていた。
その後ファミコンブームの頃に『ファミコン必勝本』という雑誌でライターとしてデビューした。編集であってライターであって、そしてイラストも描いた。当時いろいろやっていたときのスキルが漫画家になった後に活かされるとは、この頃は全然思っていなかった。
本当は漫画家になりたかったので、24歳の頃、それまでいろいろやっていた作品を出版社に持ち込んだ。それが『ビッグコミックスピリッツ』に掲載されて、それからずっと描き続けている。 持ち込みの時代がほぼないまま漫画家になり、そのまま特に苦労しないまま、単行本も20冊以上出している。
下品な作品も多かったが、エログロナンセンスをやるというので、いろいろな漫画も描いた。1995年に出版された『オールナイトライブ』という漫画では、10年後の未来というのを描いた。そのとき想定している未来は2005年である。その中では、コンピュータで漫画を描いている人もいる。3Dでメイキングするとすぐに作画できて、なんとフィギュア入力という、人形を動かすと同じように動くようなことができる、という漫画になっている。
すると2012年には、人形を動かすとそのまま3DCGのキャラクターのモーション作成に使える人型入力デバイス「QUMARION(クーマリオン)」という商品が実際に発売された。そういう未来予想ものを結構得意にして、将来はこんなことが出るんじゃないかというようなことを描くような漫画家だった。
私は作家としては、平均的なところよりちょっといいというくらいの、雑誌の中では中間くらい、ベテランの中継ぎくらいのスタンスだと思う。電子系やテレビゲームに強く、科学もやる、東京芸術大学入学という経歴で作画力がある、というスタンスで活動を続けていた。
ところが、出版業界の雲行きがだんだんあやしくなってきた。
『限界集落(ギリギリ)温泉』という作品を描いたのは2009年である。この紙の単行本は1冊693円で、初版3万部を出版した。そのとき印税は10%なので、紙の漫画では207万円の収入があった。
この1巻が案外売れなくて、2巻になっていきなり販売部数が半分に落ちた。思ったよりも雑誌の読者に食いつきがよくない漫画で、だんだんずるずると販売部数が落ちてしまって、もう4巻でそろそろ続けることができないという感じになった。
出版社としては、原稿料は部数に関わらず作家に払っているので、単行本が売れないと出版社はどんどん赤字になる。単行本が売れて私に入った印税は433万だが、出版社が私に支払った雑誌の原稿料は約3年間で1,500万ほどである。
出版社というのは何で儲けるのか。雑誌では当然儲かっていないので、単行本を売った収益の30%くらいを出版社の取り分として商売している。そうすると『限界集落(ギリギリ)温泉』の場合、単行本の売り上げが4巻で4,000万円程度、つまり出版社の取り分は1,000万円くらいしかない。にもかかわらず原稿料と印税で作家に2,000万払うことになり非常に大赤字となる。
5万部、10万部を売る漫画家はいい。儲かる漫画家は100万部初版で出す人もいる。そういう、非常に儲かる人と、それほど儲からない人と、まったく儲からない人と、ロングテールのような曲線になる。売れ筋の上位100人くらいが何百億と稼ぎ出してくれるが、裾野は1万人くらいいる。そういう状況が近年あった。
私の状況に戻すと、雑誌が売れないなかで単行本も売れない作家は必要ないということで、新しい仕事が1年ほど前から来なくなった。
そうすると生活するのが非常に難しくなって、そろそろ漫画家の仕事と別のことを考えなければいけないだろうかと思ったときに、アマゾンのKindleダイレクト・パブリッシング(KDP)が2012年末に上陸した。
それまで私も電子書籍は一応やってきた。ただ3年、4年と続けていても、売れるのは3冊、4冊で、印税も2円とか3円とか、明治時代の振込みたいな数字であった。しかも出版社がそれを何百円もかけて3円振り込んでくる、そういう状況が今までの電子書籍であった。
そのためアマゾンもそんなに売れやしないだろうと思っていたが、印税が7割というすごい数字である。それはチャンスだから1回やってみればいいのではないかということになった。それも今から描き下ろすのではなくて、既に本はある。
作品を電子化する権利は、もともと1990年代から作家が持っていていいことになっていた。紙の単行本を出版する権利は出版社が持っているが、電子化の権利は今のところ決まっていないという前提で、2004年頃から徐々に電子化した場合に出版社が何%利益を得るということが契約書の中に一部書かれるようになった。
私の場合は、編集部との話し合いで全部それを外してもらって、その都度話し合いをしようということになっていた。
『銭』という作品は、(紙で)売れたので出版社が電子化の権利を持ったが、『限界集落(ギリギリ)温泉』の場合は単行本が売れなかったので、話し合いの席で編集部に「これは私が権利をもらっていいかな、私が勝手に電子書籍で出しますよ」と言ったところ、「いいよ、出して。売れないけど」というかたちで話し合いがついた。
当時はまだそれほどKindle上で漫画が販売されていなかったので、今ならチャンスかもしれないと思い一生懸命やった。最初の1冊は作るのが非常に面倒だった。
まず原稿の大きさをどのくらいにしたらいいのか。漫画は普通の四角ではなく、下に全部の枠の外まで絵を描いているところがある。そしてノドのほうは描いていなかったりする。そのため自動的に電子化すると、余白が多くできてしまう。これをある程度トリミングしたものを小さくして、JPEG化する。
1枚あたりの大きさを何MBまで小さくするか。普通に作成すると2.5MB程度になり、これで200ページやると500MBになる。1冊あたり500MBあるとちょっと重たいかなとか、そういう細かな調整をしながら1冊作った。そのほかにも文字のフォントをどうするかとか、非常に苦労した。
デザイナーが作った表紙タイトルのロゴと、モリサワとフォントの契約をしている写植の部分はそのまま使うことができないと編集部から言われた。
漫画家は原稿を持っているので本来は電子書籍をどんどん作れるが、大昔の作品も、今のデータも、漫画になる段階で、上に写植を別枠で編集部が作っており、これに版面権があるのではないかというような細かな話がある。そこで写植部分は私が打ち直した。
表紙は紙のときは、私が描いたイラストをもとにデザイナーがデザインしたものであったが、タイトルが実は見にくかった。「鈴木みそ」というのが読めないし、これが本屋に並んでもわからないのではないかと思ったので、電子書籍では、非常にシンプルに作ってみた。2巻は紙版と電子版とで同じイラストを使っているが、キャッチーになるように作り直した。
次に、電子書籍の値段をいくらにするかに苦心した。Kindleでは250円以上が印税70%のラインで、それ以下の値段で販売すると印税が35%に下がるので、どうしても250円以上つけたいという思いがあった。しかし、1冊目をただでもいいから撒きたいというのを考えて、1巻を100円にしてみた。
4冊それぞれを250円にしてもよかったが、2巻以降は400円にした。400円にした理由は、以前『銭』を電子化したときの価格が420円だったため、出版社より少し安くしたいからだ。ちなみにこの場合の400円は私に70%入ってくるが、出版社が電子化した『銭』は15%しか入ってこない契約である。
そうすると1巻の税率は35%で、1冊あたり35円が私に入る。2巻目以降は税率が70%になる。重いほど通信費がかかるので容量を30MBに圧縮して、1冊あたりおよそ30円の通信費を負担する。それを販売価格の400円から引いて、そこに70%かけると、大体1冊あたり250円が入る。販売価格で100円と400円では4倍しか開きがないが、入る金額は8倍以上の開きになる。これが非常に大きい。
結果的に、1巻は1万部以上も売れた。これはちょっと売れすぎなくらいである。売上金額は数10万円弱と、大した数字ではないが、1巻目が売れたことで次の2~4巻がそれに引っ張られて売れた。それぞれ販売部数が数千部を超えたため、数百万円の売上げになった。
最初はほんの10冊くらいしか売れなかったが、当時は10冊売れるだけでアマゾンKindleのランキングの中に入った。ランキングに入ると、ランキングに入ったものを自動プログラムのボット(bot)が拾って、ツイッターの中で「アマゾンで今こんな本が売れていますよ」という情報を発信するので、Kindleに興味がある人にPRできた。
もうひとつ、私は自分のブログで「こんな本を出しました」と宣伝すると、ブログを毎回見に来てくれている私のファンが1日で2,000人くらいいるので、その中のおそらく100人くらいが買ってくれた。
この2つで販売部数が伸びて、あっという間にベスト10の4位くらいに入ってきた。
アマゾンが販売している電子書籍端末「ペーパーホワイト(KindlePaperWhite)」の下の段には、おススメ本が表示されるのと、電子書籍を探すときには、今一番売れている本が下に表示される。そうすると、Kindle上で漫画を検索すると、そこにぼんと『限界集落(ギリギリ)温泉』という名前が入ってくる。これで突然に販売部数が上がっていって、ピークになるまで一気にばーんと上がった。一番上がっているときは、1日に100冊以上が1巻において売れている。「今日もこんなに売れた」と、それを手でずっと記録していって、毎日それを記録するのが楽しみになった。
これを続けるためには次の本を用意したい。それから、ツイッターやフェイスブックでどんどん広げていくことによって、ある程度のベースはキープできるなという感じはある。それは多分アマゾンで電子書籍をまだ買ったことがない人たちが多数存在していて、そこはまだ増えているはずだから、いったん名前を売ってしまったら、なんとなく安定するのではないかと考えている。
かつて漫画家として生活するのが厳しいかなと思っていたのが、これだけの売上があると、これだけで生活できるかもしれない。電子で描き下ろしても行けるのではないかというくらいになった。
この当時、一番売れている出版社は集英社、2番がエンターブレイン、3位鈴木みそと出た。6タイトルしか出していないのに、出版社の3番目に入ったというぐらいに売れた。しかし、その後、講談社、小学館が1冊99円で1,000冊も出してきた。そうするとそれだけ一般的に知られてる本がばーんと並ぶ。
『ジョジョの奇妙な冒険』という人気コミックが一気に40冊もKindleで出してきて、全部ランクインしたことがあった。100位以内のランキング中に同じタイトルが並んでいる。今だと『進撃の巨人』が上位を埋め尽くしているので、今は、1冊出して上に上がって目立つというのはとても難しい状況になってきている。
KDPというのは、基本的には作家が中間を全部飛ばして読者に届けるというシステムである。今まであった複雑な仕組みの中で、書店は残って電子書店になったが、中間業者はどんどん飛ばしていく。中間をスキップするほどモノが安く提供できるはずである。そういうものなのかどうかは微妙だが、出版社はこれから先相当厳しいだろうなという話はしている。
それと、出版社が電子化した『銭』も同時にKindleで販売されたが、私が出した電子書籍との相乗効果で一緒に伸びて売れた。出版社から販売しているので、いろいろなところの電子書店で同時に販売している。紀伊國屋書店の電子書籍キノッピー(Kinoppy)でも楽天電子書籍のコボ(kobo)でも買うことがおそらくできたと思う。
それで、どこの電子書店で売れたかというのはすぐわかる。アマゾンは2桁違うと言われたりするほど、全然売れ行きが違う。それで『銭』が全部で100万円くらい入ったので、全部で1,000万円販売したかどうかである。電子書籍でこれだけ売れたら、なかなか大したものではないかというぐらいのところだ。これが今のところ私がやってきた、ここ半年ぐらいの流れである。
これで思うのは、なんで他の漫画家はもっと始めないのだろうということである。2013年2月のいちばん販売がピークのところで、月に300万円ぐらい入ることがわかったところで多くの人から問い合わせが来たが、漫画家に「じゃ、やろうよ」と言うと、「うーん、そのうち」みたいな感じである。
今のところ、プロの漫画家が始めたのはちょうど20人である。20人のプロ作家はなったけれども、おそらく漫画家全体で1万人はいるはずだ。なんで作品を持っているのにやらないのか。
これは精神的なブレーキのほうが大きいのではないか。1つはKDPで電子書籍を作るのが面倒であるためであろう。パソコンがよくわからないとか、どのくらい圧縮してとか、そういうのは面倒くさいし、忙しいからいいやという人が多い。しかし、それほど忙しくない人もいて、それほど面倒くさくないのにもかかわらず始めようとしないのは、KDPで電子書籍を販売することで、出版社から目を付けられたらどうだろうとか、せっかくやってもそんなに儲からないし売れないだろうといって尻込みしている人が相当数いると思う。
ここで、例えば100冊ぐらいしか売れなくても、私はやってみる価値があるのではないかと思いながら、いろいろ友達に勧めている。今はすごく素晴らしいツールがあるので、データさえあればワンボタンで電子化することができる。2時間もあれば何冊もできるぐらい、簡単に1冊作れるが、ここで私が全部、「じゃ、あなたの原稿をもらって私が出す。KDPで出すと価格の70%入るから、私が20%を取る。結果、(頼む側は)販売価格の50%が入ることになるので、十分やれるのではないか。これでやるか」と言ったら、かなり乗り気な人がいる。
他の会社でいろいろ電子書籍をやっていても、作家側にこれだけの数字を提示してくるところはないようだ。前述の『銭』では電子書籍の印税が15%だったが、別の出版社では30%を作家に払うと言ったので、私はその出版社から出した漫画を電子化したとき、出版社側に30%を戻した。
いま30%の印税を作家に戻す出版社ほとんどないが、これから出版社はそうやって15%だと言っていても無理だと思う。今後はどんどんこの率は上がって、作家を抱えているが40%~50%というところで勝負になるのではないかと思っている。そのときに私が小さな出版社になれば、コストがほとんどかからずにできる。
しかし、私はまだ漫画家として続けていきたいので、中間に入って電書籍の制作や販売をするよりも新作を発表する方向に向いている。2013年6月発売の月間コミックビームには新作を描いた。この新作は「鈴木みそ吉」という架空の漫画家が、売れないけれどもこれを電子書籍でやるという、そういう内容の漫画を描いている。
これをアメゾンにするか、とか言いながら、そこのところの内幕を、フィクションとノンフィクションを混ぜながら漫画で展開するというのをやるので、お楽しみにしてもらいたい。
2013年6月12日TG研究会「アマゾン電子書籍が出版に与えるインパクト」より(文責編集)