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日本プリンティングアカデミー
学校長 濱 照彦 氏
日本プリンティングアカデミー(JPA)は、今から36年前に創設して、主には中小印刷業の子弟が、経営・マーケティング・技術、全般に学んでいる。子弟だけでなく、全国に1,000名を超える卒業生がいて、今2代目、3代目として携わっている。
JPAとして、版材によるインキのセット性、乾燥性について、継続的に取り組んできたわけではない。昨年あたりから業界の新聞や雑誌などでインキ乾燥に版材が著しく関与しているのではないかという話題が出てきた。それに対して、現場の方から「本当にそうなのか。乾燥が早くなったほうがいいが、それは版材とそんなに直接的な相関性があるのか」という質問が出た。版材と直接的な関係があるのか、ないのか。それで、1年くらい前から、いくつかテストをしてきた。
速乾印刷と表現されることもあるが、どうやったところで水とインキで速乾にはなり得ない。「即乾く」と言うとインパクトがあるが、それはちょっとありえない。UVがまさに速乾とすれば、こちらは、促進するだろうと言っても良いだろう。ただ、乾燥促進はセット性プラス、いろいろな印刷適性も一緒に改善されるという、まことにいい話である。例えば版面の給湿量を、版面を変えたら少なくて済んだ。あるいは、インキの供給量も少なくなるので、それがコストに跳ね返るだけでなく、少なくてなおかつ濃度も上がる、濃度効率が良くなる。あるいは、ドライダウン。ウェットで濡れているときと乾いた後で差があるとやりにくい。その差が、現場の方はインキのCMYK、インキによって差があるというのはわかっているが、版材を変えたらそんなに変わるのかという話。それから、インキのセット性。裏移りの度合である。セットと乾燥の違いは皆さん理解していると思うが、この辺は言葉の定義を曖昧にしてお話しすると、現実にはセットが最初に問題になる。それからパウダーの散布量が減って、最終的には刷り出しの損紙まで少なくなって、一番コストの大きな割合を占める紙の削減になる。
これは全部いい。これを全部したい。問題は、これが版材だけで変わるかどうか。そうではなくて、皆さんのもっと日常のメンテナンス。そういったもののほうがもしかすると大きいかもしれないし、小さいかもしれない。この辺をちょっと見ていきたい。感覚だけでは仕方がないし、できるだけ公平というか、ニュートラルにテストを行う。
テストの条件として、版材は日本でもA社、F社しかないのだから、2社を選定した。印刷の手順としては、版材毎にまず最少給湿量を客観的に決める。どうやって少なくするか、どこまでがいいかというのが問題である。皆さんこれを考えすぎて過剰にしてしまう。好きで多く出しているわけではない。事故が怖いからである。
それでとりあえず基準濃度で刷る。基準とは何かということになるが、同じ濃度になるように刷る。そしてその結果を4項目、できるだけ数値で評価する。使った機械は、印刷機は小森のLS426、測色器はTechkon SpectroDensを使い、インキのセット性の試験、手のべたべたは、「自分の手は着いたがお前の手は着かない」という感じで怪しいので、ちゃんとセット試験機を使う。インキと湿し水は、シェアは知らないが、そう特別なものではない。
湿し水の最少給湿量を測る。世の中には適正乳化率とか適正消費量というのがあるが、湿し水に関して、私は最少しかないと考えている。したがって適正乳化率とか適正給湿量ではなくて、最小給湿量を測る。
どうやるかというと、2/100mmの万線スリットが全体均一に塗れて、抜けと汚れがない、左右でアンバランスがないという状態を維持する。そのためには、ローラーのセットが問題になる。版とかインキは関係なく、印刷機のセッティングの問題である。
その状態を2種類の版材で比べると、全く差がない。最少給湿量においては、今のような決め方でやると、先ほどベタベタベタなので、これで汚れないということは、絵柄が大体軽いので汚れるはずがない。
具体的にどんな水の量だったかというと、水の送り量はK,M,Yが12という目盛り。シアンはちょっと2目盛り多い。通常の給湿量と同じである。両版材とも差はない。
それから、その前の水元ローラーのニップ調整だが、ここに大きなポイントがある。左右アンバランスだと、汚れるほうに多く出すので、左右のバランスをきちんとする。
これも駆動側と操作側で多少差が出る。K,C,Yは駆動側が4、操作側が5。マゼンタは5と6。この1、2程度の差はメーカーもやむを得ない、ここはそういう差が出るということを承知でやってもらいたい。
次に、濃度効率とドライダウン。濃度効率というのは同じインキ量を供給してやって同じベタ濃度が出るかということである。コストから言っても、いろいろな印刷適性から言っても、インキを小さく出して濃度が出るほうが普通はいい。それを濃度効率、供給量に対して濃度がいくつ出るか。
ドライダウンについてウォッチしてみると、結論は、有意差なしということであった。
数値はこのとおりである。シアン、マゼンタ、イエロー、ブラックで、2種類の版材に対して印刷して30秒。直後というとわからないので、公平に測れるように、計測器に持ってくるまでの時間が20秒ちょっとかかるので、ちゃんと安定して測れるように30秒とした。30秒から1分、10分まで、10分以降は通常と変わらないと考えている。
数値は見にくいのでグラフにした。2本あるが、四角のラインとひし形のラインで分けている。四角がF社、ひし形がA社だが、数値で見ると0.02くらいの差しかないので、0.02というのは計測器の誤差範囲である。そうすると、濃度効率は同じである。それから、この傾斜と、最後に差がないということは、ドライダウンも有意差なしである。多分これは他の版材でも同じだろうと思う。
ドライダウンというのは、紙の上にもうインキが乗った状態なので、その前の状態から離している。しかし問題はそこにどれだけ水があるかということで、インキの上にどのくらい水が分散しているかということが問題になるが、最小給湿量を決めたわけだから差がないということになる。
セットというのは、皆さんが現場で刷ってから、「もう大丈夫だ」と手で軽く触っていると思う。「これくらいだったら、まだべたつきがちょっとある。乾燥はしているが、そろそろひっくり返してもいいのではないか」。画面の状態をセットという。セットは手でぺたぺたやっても客観的には評価できないので、こういう試験を行う。セット専用の試験機もあるが、皆さんの会社にもし展色機があれば、それを応用して行うことができる。
これは展色機である。特色を刷ったときに、特色を展色機にかけて伸ばして、サンプルを刷って色が一定の色になっているかどうかというテストをするために主に使われるが、これを使って、ローラーとローラーの間に印刷面と白い紙を挟んで、これが印刷物とすると、白い紙を重ねてローラーの間を通してやる。それで白紙のほうにどれくらい付いているかということである。
その結果がこんなふうになった。左がF社、右がA社である。スタート時点からだんだん薄くなる状態で、消えるところまで。目視で見て、差がないというところである。
これだけだと、さっきお見せしたベタでやっているので、何となくベタのところよりも髪の毛とか網のシャドウがどうかという人もいるため、違うテストを行った。今度は網の部分でやるが、こちらはちゃんとテストチャートを使った。今度は絵柄のチャートを使う。
印刷の手順としては、先ほど決めた最小給湿量で印刷して、その最少給湿量と上げ下げを行う。下げるほうはないが、上げるほうを行う。転写済みのセット性の経時変化を取る。
これはA社の最小給湿量。下がF社の最少給湿量である。若干差はあるかもしれない。このくらいの差は上に行ったり下に行ったりしている。
今度は同じ版材で給湿量を少し多めにした場合と適正の場合で比較する。給湿量を多めにしたほうが、若干濃くてよく残っているという状況が見られる。過剰といっても、インキが水の中に浮いているようなところまではしない。通常に使っている範囲で、それでも、ここまでやらないだろうという線をもう少し超えたくらいである。そういう傾向は、F社でやっても同じであった。
したがって、給湿量の差というのは当然あるが、それは版材ではなくて、浸出量、水が多くなったからの話である。しかし最少給湿量は変わらないということである。
それと、パウダーの量は、どちらの版材も、小森の場合は1.3しか出していない。1.3はどれくらいかというと、これはJPAのマーケティングの実習で企画制作している情報誌である。手で触ってみてもらいたい。かなりつるつるしていると思う。これがパウダー1.3。パウダーを感じないと思う。そんなレベルでやったものである。
紙によって多少違うが、IPAは1.5~1.6%以上やらない。ただ、インキが均一レベルで出ているところは、それによってパウダーも減らす。パウダーが減るから事故も少ないというふうになる。
版材と印刷適性との相関性について総括すると、冒頭で定義した3つの印刷適性において、版材との相関性に直接には特に有意差はない。差がないということは、良い悪いではない。A社のサプリメントを食べてもB社のサプリメントを食べても、松坂牛を食べても山形牛を食べても、多少舌触りは違うかもしれないが、栄養価は変わらない。
2番目、乾燥促進を含めて、他の印刷適性の向上とコストダウンの基礎事項は、ポイントは以下の3つである。最少の湿し水を均一に供給できるようにする。どうしても印刷機の構造上、くわえ側とくわえ尻で差が出たり、中央部と左右で若干の差はある。特に、絞って左右に汚れが出てしまう。左右の均一性、天地の均一性、これがどのくらいの差があるか、皆さんもチェックしたほうがいい。また、適正なインキ皮膜が均一に供給されるようにする。水は最少に、インキ皮膜が均一に供給される。これもプラマイ0にはできない。それから温度・湿度、これは工場内だけでなく、用紙、インキ、そういった印刷にかかわるすべての温度・湿度はきちっと所定内にコントロールする。
この諸事項を達成するために大事なことは、印刷機の日常のメンテナンスと印刷技術の標準化である。版材の選定は、直接的な因果関係はないと考えられる。直接的な因果関係がないというのは、どうも欧米含めたグローバルなスタンダードで、私もだいぶ昔になるが、ヨーロッパに長くいた関係で今でも向こうと連絡を取り合っているが、反対されているところはまだ聞かない。
こういうテーマを投げかけられて、これが基本事項をみんなが考えるいいきっかけになったと思っている。
今日お話ししたことも1つのデータと考えて、皆さんの日頃の経験ないしは知見と突きあわせて、「もっとこんなことができないか」ということがあったら、お申し付けいただきたい。