本記事は、アーカイブに保存されている過去の記事です。最新の情報は、公益社団法人日本印刷技術協会(JAGAT)サイトをご確認ください。
文字を読む側や書体(フォント)を見る側が、あまり意識しないデザインテクニックに「錯視」の問題がある。これはタイプデザイナーとして心得るべきテクニックであるが、フォントを見る側に対しても無意識にフォントデザインの良否を感じさせる要素である。
「錯視」の現象はタイプデザインだけではなく、グラフィックデザインやインテリアデザインなど広範囲に応用されている。錯視とは目の錯覚のことで、真の正方形は正方形に見えないし、同じ長さの線を縦にした場合と横にした場合では、縦線の方が長く見えるなどである(図参照)。
タイプデザインの場合もデザイン手法として、いろいろなエレメントに錯視を利用し文字設計をしている。文字の寄り引きの問題もその一例である。扁と旁のバランスにおいて利用するとか、部分的個所に錯視のテクニックを利用している。
一例を挙げれば、「門」構えや「口」などの2本の縦線は、垂直に描くと下方が尻つぼみに見え安定感がなくなる。そのために縦線の下方の外側に肉をつけ、安定感をもたせるというテクニックを用いる。これはフリーハンドで肉をつけるため、微妙な味わいをもたせることになる。 あるいは2本の縦線を外側に、やや傾斜させて描くという手法を用いることもある。また「式」や「飛」などの横線は、水平にすると右下がりに見えるため、やや右上がりに傾斜させて描く(図参照)。
ところがデジタルフォント・デザインにこの微妙な手法が使えなくなった。つまりプリンタ解像度が300dpiや400dpi程度の粗い場合、ジャギー(ギザギザ)という現象が起きるからだ。低解像度出力機の場合は、曲線部分が円滑に表現できないという問題である。
特にドットフォントの場合は、低密度であるため曲線は表現できないし、拡大するとジャギーが目立つ。しかし文字の輪郭情報を数学的にもつアウトラインフォントは、低解像度出力機で拡大しても輪郭が滑らかに表現できるという特徴がある。しかし小サイズの場合は量子化誤差により、文字の品質が劣化するという欠点があった。
したがって、アウトラインフォントでも小サイズの14ポイント以下の出力は、プリンタ解像度が1200dpi以下ではジャギー現象が見える。そのため上記のようなデザイン手法を用いず、縦線・横線を綺麗に見せるために直線処理を行っている。つまりデジタル出力向きのフォントデザインである。典型的なフォントが「平成明朝体」のデザインである。
このような経緯から市場の多くのフォントは、明朝系やゴシック系の横線の始筆部分や縦線などは、直線処理を施している場合が多い。しかし伝統的なフォントメーカーのフォントはその辺を心得ており、この錯視処理を原字制作に活かしている。フォントを拡大すると、この微妙な処理の有無が書体デザインの味わいに影響を及ぼしている。
しかし、近年出力装置の解像度は向上し、プリンタで600dpi~1200dpi、イメージセッタやプレートセッタなどでは2400dpi~5000dpiと高解像度化が進んでいる。いまではジャギー現象や量子化誤差を気にせずに、いろいろなデザインテクニックを施すことが可能になった。