■ページ組版SAPCOL-HSの開発
全自動写植機SAPTON-Spits 7790の性能を活用しページ組版を実現するために開発した組版編集ソフトウェアが、日立製作所製のミニコンピュータHITAC-10で動くSAPCOL-HSである。
写研では、写真植字機で制作される組版の品質向上のために、1969年に「写植ルール委員会」を設置した。
当時の活版組版は、大手出版社が自社内で使用する組版ルールを取り決めていた程度で、業界で統一された組版ルールや日本語正書法などは存在していなかった。
そこでこの委員会では、社内のソフトウェアや写植機の設計担当者、文字デザイナー、活版組版ルールの専門家などを集め、活版組版で行われていた各種の組版ルールと、自由な字間をとることができるという写植ならではの組処理について、実際に印字物や試作文字盤を作るなどして徹底的な検討を行った。
この委員会の検討結果を、1971年から写研の広報誌に「写植組版ルール講座」として掲載するとともに、1975年には写植ルールブック「組みNOW」として刊行した。
SAPCOL-HSの開発にあたっては、従来のSAPCOL-D1の機能の全面的な見直しを行うとともに、この写植ルール委員会の検討結果を取り入れ、編集組版ソフトウェアの仕様が決められた。
SAPCOL-HSには、行頭行末禁則、分離禁止、字上げ字下げ、欧文(自動ハイフネーション処理)、縦中横、割注、振り分け、アンダーライン、圏点、ルビ、連数字、文字揃え・行揃え、異サイズ混植、和欧文混植、変形サイズ、詰め組、同行見出し・別行見出し、字取り・行取り、表組、赤字訂正などの本文組版処理と、版面指定、多段組(段組の自動折り返しや見出し禁則処理)、段抜き見出し、段間指定・段間罫出力、固定ブロック・フローティングブロック、毎ページ出力、罫引き・罫巻き、柱位置指定・柱文出力、ノンブル位置指定・ノンブル出力、トンボ出力などのページ組版処理が組み込まれ、書籍のページ組版を実現することができた。
書籍の1行を組版するには、欧文、割注、振り分けなど各種の処理が混在し、さらにその中の処理(例えば割注)の中にさらに欧文、連数字、アンダーラインなどが含まれている。1行が複数のコラムで構成される表組の場合には、その1つのコラムの中には複数の行があり、その中には例えば振り分け処理があり、その振り分け処理の中には欧文、ルビなどが含まれている。
このように、1つの行の組版処理を行うには、何重にもわたって本文処理機能を重ねて処理する必要がある。そこで、SAPCOL-HSでは、本文組版処理の中で、さらに本文組版処理を呼び出すということを何重にもできる構造とした。
また、ページ組版では、段抜き見出しやフローティングブロックを自動的に適切な位置に配置するために、シミュレーション機能を持たせた。
図5にSAPCOL-HSのページ組版処理機能の1例を示す。
このSAPCOL-HSとSK'72コードが、その後の写研の一般印刷向け電算写植システムの基盤になった。
このSAPCOLの組版処理機能は、業界関係者のみならず、日本語組版に携わる人々の注目を集めた。その結果、SAPCOLの用語や処理機能が、その後制定された日本国内の組版規格や国際的な組版規格にも組み込まれている。
例えば、電子文書処理システムの標準化を目指して1993年に制定されたJIS X 4051「日本語文書の組版方法」の第1次規格では、SAPCOLに組み込んだ行頭・行末禁則処理、分離禁止、分割禁止、縦中横(たてちゅうよこ)処理、連数字処理、和欧文混植処理、欧文ベースラインシフト、揃え処理などの用語や処理機能が取り込まれた。
さらに1995年に改正された第2次規格では、第1次規格に加えてモノルビ・グループルビ処理、割注処理、タブ処理などのSAPCOLの本文処理関係が組み込まれた。
また、ページ組版の機能を組み込んで2004年に改正された第3次規格では、同行・別行・段抜き見出しと見出し禁則処理、ブロックの配置とブロックの追出し・追込み処理、柱処理、ノンブル処理などSAPCOLのページ組版処理関係が取り込まれた。
このJIS規格が契機となり、W3Cで検討されているCSSやXSLなどの国際規格にも、モノルビ・グループルビ処理、縦中横処理、割注処理、段抜き見出し処理などの用語や処理機能が取り上げられている。
■キーボードSABEBEの開発
SAPTONシステムの入力用漢字さん孔機は、右手で1キーに12文字が割り当てられた文字キーの1つを選択し、左手で12個のシフトキーの1つを選択して所望の1文字を入力する方式で、1971年頃までは他社製の機械式漢字さん孔機を利用していた。しかし、SAPTONの収容文字数の増加や機能の拡張にともない、他社製の機械式漢字さん孔機では対応できなくなった。
そこで、IC化漢字さん孔機を自社開発することにし、1972年にルビ、欧文などの収容文字やファンクションキーを増加し、左手シフトキーを15個にしたSAPTON-Aシステム用のSABEBE-A1501と、12シフトの新聞社向けSABEBE-N1201を発表した。
その後、SAPTON-Spitsシステムの収容文字数が大幅に増加したことから、左手シフトキーが15個では右手で選択する文字キーの数が多くなり、右手の選択範囲が広くなりすぎて実用的でなくなった。
そこで、左手シフトキーを30個にし、シフトキーに「一寸ノ巾」式見出しを割り当てた「一寸ノ巾式左手見出しキー」(図7)を採用し、右手で選択する個々の文字キーには一寸の巾式見出しに対応した30字を収容したSABEBE-S3001(図8)を開発し、1972年に発表した。
■サプトン時刻表組版システム(STC)の開発
日本交通公社から時刻表組版の電算写植化の研究を依頼されていた写研は、SAPTON-Spitsシステムの開発で実現のめどが立ったことから、1972年に「サプトン時刻表組版システム(SAPTON Time-table Composition:略称STC)」の開発プロジェクトを、日立製作所と共同で立ち上げた。
全国の路線・駅名情報、掲載ページごとの線区情報、列車情報(列車番号・愛称名・列車設備・運転期日・始発終着駅・各駅の時刻)、接続列車情報など、時刻表を編集するための情報のデータベース化と掲載ページごとに必要な情報を抽出するシステムの制作を日立製作所が担当した。抽出された情報を入力し、掲載ページごとに柱、注記、ノンブルなどを付加してページ組版し、完全にページアップされた印字物を制作するシステムを写研が担当した。
私鉄・バス・航空などを含めた膨大な情報のデータベース化、掲載ページごとに必要な列車情報や接続列車情報の適切な抽出、適切な箇所に列車設備・運転期日・接続列車情報などを配置するとともに適切な柱、注記、ノンブルなどを配置したページ組版など、山積する課題を1つずつ克服し、1976年4月に最初の電算写植方式の時刻表が発行された。
■SAILACの開発と組版ソフトウェアの内臓
SAPTONの性能向上や機能拡張にともない、制御部の処理内容が急激に増加した。また、SAPTONの納入数が増加するとともに、ユーザからの要望も多様化した。さらに、開発時間や製造・調整時間の短縮要求も強くなった。そのような多くの要望や要求に柔軟に対応する機能を、ハードウェアで組み込むことには限界があった。
そこで、ハードウェアを標準化し、各種の要望や要求にはプログラムで柔軟に対応することにし、制御用の16bitミニコンピュータSAILAC(主記憶16KB)、簡易プログラム言語、SAPTONの各種機能調整用ツール類などを開発し、1972年発表のSAPTON-Spits7790や新聞社向けSAPTON-N7765、SAPTON-N12110に搭載した。
SAPTON-N7765、SAPTON-N12110のSAILACには、共同通信社配信記事体裁の自動判定、問答処理、ダブルパンチ削除、新聞組版用の行頭行末禁則処理、株式・相場欄組版などの編集組版ソフトウェアも内蔵した。これが、スタンドアロン型全自動写植機の最初である。
その後、ソフトウェアの編集組版機能拡張にともない、制御用コンピュータのメモリ容量の増加、磁気ディスクなどの補助メモリの増設などが必要になった。さらに、組版ソフトウェアとSAPCOLとの互換性保持要求、制御用コンピュータの小型化要求などに対応するため、1975年に発表したSAPTON-NS11からは搭載するミニコンピュータを日立製作所製のHITAC-10Uにした。
出典:使用した図版は、株式会社写研の各製品カタログ、及び「文字に生きる」から引用
2007/06/29 00:00:00