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変えるリスクと変えないリスク

同じ事柄や事象でも、どのポジション、どの経験・知識の元で、眺めるかによって評価の仕方、括り方は変わってくる。印刷会社も個々それぞれの手法をもち、あるいは事情や悩みを抱えている。取引先も千差万別であり、経営陣もスタッフも、機器も立地も歴史も千差万別である。しかし、これを印刷会社という枠ではなく、産業全体として見通せば、印刷会社として大同小異、類似の物事が多くあることに気づく。なぜなら印刷業の基幹となるビジネスの手法は大掴みに同一なのであるから。
そして、もし業界通しての共通項となっている部分で収益上の弱みが見つかれば、そこを強化・カバーすることがいち早く競争優位に立つ取り組みということになる。「印刷の受け身体質」「提案力の弱さ」などは業界通して自覚している問題だろうが、それだけとは思えない。また一方で、印刷業界の内側にいるとあまりにも当たり前で考えることもなかったようなことで、異なる業界、異なるポジションから眺めると有用な価値であったり、価値をもたらす源泉に見えることもある。

ところが同じポジション、同じ経験知、同じ文化風土の人たちで議論をしていると、アイデアを具体化させようとする際、往々にして同じところをぐるぐる回りだし、議論が何回転もしてしまうことがある。ブレイクスルーとまで言わないまでも、最初の一歩を踏み出せずに終わってしまうことがある。ボトルネックや躓きの石や「言っても駄目」「やっても駄目」感がまず見えてしまい、自信をもって「やろう」というだけの根拠が持てず、結局「実現できない」という結論に至ってしまうことが多い。
急激な売り上げ、収益の下降があるということではなしに、長期的な下落傾向、あるいは長期的に向上の目処が立たないということであれば、逆に短期的な収支は回っているわけである。そこに新しいチャレンジや改革のメスを入れることが、今現在の収益バランスを壊してしまうことになるのではないかと、手をくだせなくなることも当然多いはずである。
だが「業態変革」のスローガンを見るまでもなく、印刷を取り巻く経営環境の変化は、なにがしかの戦略判断、改革なしには中長期的な地盤沈下を食い止めることはできない状況にある。変えないリスクと変えるリスクを比べると、印刷産業を取り巻く環境は、明らかに変えないリスクの方が、変えるリスクよりも大きいと判断せざるを得ない。

しかしこれまで長い年月積み重ねてきたビジネスの手法なり、企業風土なり、業務の手法なり、組織の形態なり、人事管理の手法や達成目標なりを変革させていくことは並大抵のことではない。トップ一人が旗を振っても、新制度を導入してその仕組みという「鋳型」に無理やり押し込んでも、スタッフのある程度の人数がその真意を自分のものとして考え、自律的・自立的に動くようにならなければ、いずれ改革は疲弊して、なし崩しに機能しなくなってしまう。

改革を推進する際に、最優先、あるいはセットで常に考えなくてはならないのは人材の問題であるということだ。それも「人材マネジメント」全体を最優先で考える必要があるのではないだろうか。
ここで言う人材マネジメントとは「採用」「育成」「評価」「処遇(インセンティブ)」「組織」「雇用形態」などの一連のマネジメントを指すが、旧来言われてきた「人事」と「労務」という二種類の雇用管理を総称した「人事労務管理」とは立場を異にする。人事労務管理は、安定的な事業基盤の元、的確で安全な管理を行うために成熟してきた。また、近年定着してきたアメリカ輸入のHRM(HumanResourceManagement)の考え方は、人材を経営資源として捉え、企業目標達成のための資源として活用するという考え方と言ってよい。だがその手法としての目標管理、成果主義、コンピテンシーが必ずしも、日本の経営の中で上手く生きてきたかと言えば、そうとは言い切れない。

人材を経営に従属するものとして、短期的な成果のみで測るのではなく、変動の激しい環境の中で、会社の変化・成長と合わせて変化・成長していく自律型の人材を求めていく、というのがここで言う「人材マネジメント」の眼目である。一つの成功した変革も、どんなにいい取り組みも年月を経ることで精度疲労を起こし、場合によっては陳腐化していく。継続的に集中と拡散を繰り返していくことこそが必要で、それを生み出す経営と人材の共同作業が必要なのである。
人材マネジメントに関するコンサルティングで世界有数の会社・ワトソンワイアットではこの点に関して、「状況、方向、実行の意思決定のスピードが競争力の源泉」とした上で、「正しいタイミングで正しい判断ができる自律的な人材を発掘、育て、活躍できる場を提供」するマネジメントが必要と述べている。
印刷会社は取引先との継続的な関係構築を重視してきた。生産、営業の手法の改善に日々取り組んできた。決して目先の数字、足元の利益だけで冷徹に舵取りをしてきた訳ではない。そういう日本的経営の蓄積してきた強みを活かし、一方で日本的経営特有のリスク要因を解消することが、印刷会社の求める答えを出すための最短の道なのかもしれない。ちなみにワトソンワイアットでは、そのリスク要因を「意思決定の遅さ」「相互依存や甘えを生み出す環境」とし、人材マネジメントを通した解消すべきテーマとしている。


経営層向情報サービス『TechnoFocus』No.#1466-2006/11/13より転載

2006/11/14 00:00:00


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