2006年の印刷業界を振り返る
JAGATの推計によれば、2006年の印刷産業の実質成長率は0.2%増、名目成長率は1%前後のマイナス成長であった。
見え始め新たな成長への懸念
実質成長率の内容を製版印刷資材の出荷販売量から見ると、まず、印刷情報用紙の前年比は1.1%増であった。情報用紙、非塗工印刷紙はわずかに前年を下回ったが、微塗工印刷紙、塗工印刷紙が伸びた。印刷インキは、一般インキの出荷販売量前年比が0.5%増とほぼ前年並みであったが、中小印刷業にとって問題なのは平版インキの伸びが急速に鈍ってきていることである。平版インキ出荷販売量は、2003年、2004年には5%以上で増加していたが2005年は1.7%増、2006年は1.1%増に止まった。フィルムの出荷販売量前年比はほぼ前年並みとなった。2005年年初までのCTP導入第3波以降もう一段のフィルムレス化が進み、2005年のフィルム出荷販売量前年比は▲9.5%となったが、2006年は落ち着いて出荷販売量が横ばいで推移したと思われる。
以上が、2006年の実質成長率がほぼ前年並みになった背景である。過去8年間大きく足を引っ張っていたプリプレスの付加価値減少の影響が軽減する一方、数年前までの牽引役であった平版インキの伸びが、景気との連動ではなく鈍化していることが懸念材料になりつつある。
9年連続マイナスの印刷産業出荷額
印刷産業出荷額の約35%を占める上場印刷企業26社の2006年度上期売上高前年比は▲1.3%、営業利益前年比は▲6.8%であった。大手2社が減収減益となる一方、中堅企業11社が増益増益となった。ただし、その11社には、昨年同期が減収減益だった企業4社が含まれているので割引してみなければならない。
中小印刷業の売上前年比は1%前後のマイナスと見られる。2006年に入ると前年夏以降の好調さが失われ、2月〜10月までの9ヵ月中8ヶ月が前年を割り込んだ。特に6月〜9月が悪かった。
以上の状況から、2006年の印刷産業出荷額前年比(名目成長率)は▲1%程度と推計され、印刷産業は9年連続のマイナス成長になった可能性が高い。
低落に歯止めが掛かった書籍市場
出版市場の状況を見ると、書籍・雑誌販売金額前年比は▲2.1%であった。書籍は1.4%増、雑誌が▲4.7%である。書籍は2002年以降の推移から見て長期低落傾向に歯止めが掛かったといえそうだ。
一方雑誌は2006年もマイナス成長は間違いない。それは、インターネット普及とコンテンツの充実によるものだから更なる減少を覚悟しなければならないだろう。
新旧交代が感じられる広告媒体
2006年の広告市場は、景気回復が言われながら安定成長できずにいる。1月〜10月までで前年比プラスの月は4ヶ月に過ぎず、1月〜10月までの前年同期比は0.7%増に留まっている。注目すべき傾向は、マス4媒体がマイナス成長にあることである。2005年から続く状況である。電通の「日本の広告費」が指摘するように、それは「ネットへのシフト」によるもので「インターネットを含めたメディアミックスが広告媒体計画で確立しつつある」ことを示している。
日本の印刷市場の中で大きな比重を占める折込チラシは、0.5%増とわずかに前年を上回るレベルで推移した。注目点は、いままで折込チラシ市場を牽引してきた遊戯・娯楽分野が▲2.3%と落ち込んでいることである(2005年は10.0%増)。業種自体の成熟化と業者団体による広告自主規制の動きの両者の影響と思われ、予想されたとおりの動きになっている。これがオフ輪市場での更なる競争激化に繋がることが懸念される。
今後伸びを期待したいDMは、7%程度の伸びになりそうである。ただし、伸び率は過去の半分以下になっている。
交通広告が10.7%増と絶好調である。首都圏のJRではすっかりおなじみになった車体広告の伸びが大きく寄与している。また、車内映像媒体拡張の動きも見られる。
2006年の屋外広告費前年比は5%程度のマイナス成長になり、ピーク時(1991年)の33%の水準にまで落ち込んだ。近年の屋外広告の売上傾向を見ると、看板では切り替え需要が主体であり、LED(発光ダーオードー)や照明看板への移行によるネオンの長期低落が全体の足を引っ張っている。一方、短期プロモーションの手段となる大型懸垂幕はその効果に対する認知度が上がって好調という。交通広告、屋外広告いずれにおいても、従来の典型的な媒体に変わって新しい媒体が伸びている。
広告市場では、インターネット広告を筆頭に技術の進歩やマーケティングの変化による新旧媒体の入れ替わりが起こっているようだ。
下げ幅は縮小するも止まらない価格下落
価格低下は相変わらず続いている。日本銀行の「国内企業物価指数・企業向けサービス価格指数」における平版印刷価格の推移を見ると、2006年に入ってジリジリ下がり、結局、前年水準に対して0.4%下落した。ただし、この数字に限ってみれば平版印刷価格の下落幅は、2004年(▲1.8%)、2005年(▲1.7%)に比べて縮小している。それは、上記の印刷産業の実質成長率と名目成長率の差が縮まってきている状況と符合する。
印刷価格下落の問題は、基本的には供給力過剰に起因するものである。その観点から見ると、一次控えられていた設備投資がこの2年で再び拡大し、JAGATの推計によれば印刷能力は2年間で10%も増加している。このことが、再び印刷価格下落幅を拡大することにならなければと願うばかりである。各企業においては、売上だけではなく利益の観点から商品、得意先を見直す管理システムの構築・運用が不可欠である。
頻繁に変動する資材価格
2006年は原油価格の高騰が世界的に大きな波紋を起こしたが、印刷業界も例外ではない。
昨今の資材価格動向で注目すべき点は、従来に比べてかなり頻繁に価格問題が起きていることではないだろうか。ひとつはグローバル化の影響で、めまぐるしく変化する海外事情がさまざまな連関を通じて日本の製版印刷資材市場に影響を及ぼす状況が出てきていることであろう。また、売る側、買う側双方ともに収益性が低下し、それぞれがいろいろな変化を吸収できる余地が少なくなってきたことも一つの理由ではないだろうか。もしそうならば、同じ状況はこれからも続くと考えざるを得ない。
過去を振り返ってみると、1984年から1993年までの10年間、印刷売上に占める印刷用紙代の比率は21.5%から14.2%まで7ポイント強も低下した。しかし、印刷企業全体の営業利益率が上がったわけではないし、ましてや製紙業の収益性が改善したわけでもないだろう。資材価格については、一度下がった価格を元に戻すことが非常に難しいという経験を山ほどしてきている。
いずれも、その場での一時的な対応を続けていく限り、長期的にはどちらのメリットにもならないことを示している。
増加するM&A
統計データはないが印刷業界のM&Aは確実に増加している。M&Aを経営戦略と明言する印刷企業も出始めた。M&Aを専門に扱うコンサルティング会社が、出版・印刷業の身売り相談が急増しているとJAGATを訪問したのは昨年秋である。買い手が見つからないような状況になって相談に来た企業が多いという。
JAGATは、6〜8年前に、印刷業界の将来見通しから印刷産業も企業再編を真剣に考えなければならないとして、機関紙や経営者対象セミナーでそのことを訴えた。しかし、業界の反応は鈍かった。
米国の印刷業界では、トップ10に入る企業同士での合併や企業買収が珍しくない。それは、個々の企業の経営体質強化であるとともに、業界内の供給力調整の役割も果たしているはずである。経営は多くの場合元の企業の経営者が当たる形で中堅企業50社程度を傘下におく企業もあるし、資本と経営を分離した形の展開もある。
オーナー社長でも自分の会社をビジネスライクに捉える米国と日本の企業風土は違うが、
企業がなくなってしまっては元も子もない。これからの経営環境を考えるとき、現時点の業績云々にはかかわらず企業再編は常に念頭においておくべきテーマになってきたのではないだろうか。
実践が課題となる「業態変革」
全日本印刷工業組合連合会の「業態変革」運動は3年目に入り、少なくともその主旨については浸透したのではないだろうか。内容は妥当なものであり、それ自体明確に理解できるものである。課題は各企業におけるその実践である。
JAGATの「印刷白書1997→1998:経営の正論」では、「印刷企業に求められていることは、営業、技術の個別戦略を考える前に、『今まで印刷をやってきた』という、その経験、体質自体を、『経営を永続的に発展させる』という視点から基本的に見直すこと、つまり経営の正論に立ち返ることではないだろうか。それは、オーソドックスな経営手法(「環境認識」、「自社の方向性の明確化」、「マーケティングの実践」、「組織・管理方式の最適化」)を実践することに他ならない」と指摘した。「今までのやり方で何とかならないか?」という問いへの答えはないということである。だからといって、何もかも変えなければならないということでもない。
「業態変革」に対して、「もっと具体的なこと」を示して欲しいという声が多いと聞くが、それは「今までのやり方で何とかできる具体的なこと」ということではないのか?そのような気持ちである限りジリ貧は免れない。
業界団体の活躍
印刷産業が印刷産業の中にだけ目を向けていれば良い時代はとっくに終わっている。国際化、地球温暖化問題、情報ネットワーク化など、世界全体の動き、課題に対して、具体的な形で印刷業界の対応が迫られる時代になった。その対応は個々の企業単位では不可能である。例えば、環境問題や個人情報保護に関連する業界としてのガイドライン作りなどである。2006年は、行政による安値発注の問題に対する業界団体の努力が実って行政側の具体的対応を引き出つつある。資材値上げに対する対応も従来にない結束と行動が目立った。
統一ビジョンを掲げて護送船団方式で業界の底上げを図る従来の役割は機能しにくくなっているが、業界として外の世界と関わる部分における業界団体の役割はますます重要になる。業界団体の意義に疑念を持つ経営者が多いように聞くが、「もしそれがなかったら」と問うた時、その回答がどのようなものかが改めて意識された2006年であった。
2006/12/31 00:00:00