本記事は、アーカイブに保存されている過去の記事です。最新の情報は、公益社団法人日本印刷技術協会(JAGAT)サイトをご確認ください。

印刷産業40年の軌跡とそこから得られた次への知見

不足の充足、そしてカラー化・多品種化で伸びた出荷額

印刷産業の成長期は1960年代後半から1991年までの25年間であった。この間一度もマイナス成長を経験することなく伸び続け、印刷産業の事業所数は2.4倍、従業員数は1.6倍、そして出荷額は17.6倍にもなった。
日本経済の高度成長は1960年代で、1964年には東京オリンピック、1970年には大阪万博があった。庶民一般の豊かさは1970年以降になって実感されるようになり、カラーテレビが普及し始め、われわれが撮る写真もカラー化、当然のことながら印刷物も多色化が進んだ。印刷産業の出荷額拡大は、1970年前までは主に印刷物需要自体の増加によるものであるが、1970年代以降はカラー化と小ロット化の進展によってもたらされた。

紙の需要はGDP並みの伸び

1990年までの20年、日本の実質GDPは2.3倍になったが、紙の出荷販売量も同じだけ伸びた。つまり、印刷物需要はGDPと同じ勢いで拡大した、言い換えるとGDP弾性値は1.0であった。一方、プリプレスの付加価値は、多色化と小ロット化の進展によって紙需要の3倍以上で伸び、これが印刷産業出荷額のGDP弾性値を1.2に押し上げた。印刷産業拡大の基盤は人口と経済発展だが、国の経済を上回る勢いで拡大したのは、需要変化に伴うプリプレスの付加価値増大によるところが大きい。

供給力不足の中で事業所数が拡大

印刷産業は、上記のような需要増、カラー化の進展に対して、印刷機械の自動化、凸版印刷から平版印刷への移行、プリプレスの電子化、そして人材・設備の増強などで対応した。しかし、既存の印刷企業が生産能力を上げても需要をまかないきれず新しい企業が続々と生まれて供給力不足を補った。同時に製版業の印刷産業内に置ける位置が拡大した。 供給力不足は1980年代前半いっぱいまで続いた。しかし、1980年代後半に入ると需要の伸び率は7%程度になり既存の企業の生産力強化によって十分に満たされる水準になった。したがって、新たな事業所が生まれる余地はなくなり事業所数の増加が止まった。9名以下の小規模企業に限ってみれば、その数は1983年をピークに減り始めていた。

反転した需給ギャップによる価格低下

印刷市場における需給関係は、1990年代に入ると従来の供給力不足から供給力過剰へと逆転した。バブル崩壊と重なったのでそれが主要要因と見られがちだが、需給バランスの均衡点が年率7%であるということから考えれば、いずれ起こるべきものであったと理解できる。供給面から見ると、オフ輪の新台と旧台の能力比が1.0:1.6になるような勢いで技術進歩が続き、例えば4台のオフ輪を持つ工場がそのうちの1台を新台に入れ替えることは、工場全体の生産能力が15%アップすることを意味する。需要面、供給面のいずれから考えても供給力過剰は不可避であった。
供給力過剰は、当然のことながら過当競争を生み出し価格下落をもたらした。JAGATの推計によれば、過去15年間における価格下落率は20%強と計算されている。   

業界不振の最大原因はプリプレスの付加価値低下

また、1990年代に入るとプリプレスのDTP化が始まり1996年をピークに急速にプリプレスの付加価値を低下させた。DTP化によって、それまで売上として計上できていた入力代、組阪代、色分解代、集版代が次々と消滅していった。これによって、印刷産業の出荷額は大打撃を受け、1997年をピークに2005年まで8年連続のマイナス成長になった。JAGATの推計によれば1997年以降で失ったプリプレスの付加価値は3.4兆円である。
この打撃の大きさは、1990年までの印刷産業拡大の最大要因がプリプレスの付加価値増大であることから考えて当然予測できたものである。JAGATが、DTP化のかなり早い段階から製版業への大きな影響を予言したのは、先に紹介した1990年までの印刷産業の成長要因の認識とDTP化による変化の内容予測があったからである。
いずれにしても、印刷産業の規模は1991年以降縮小し、2005年までに出荷額で20.3%減、事業所数は24.2%減、従業員数は23%減になった。

両刃の剣の技術進歩

過去40年続いた技術の進歩は、1990年までは増大する印刷需要に対応するために大きな貢献をした。印刷物需要の爆発的な拡大が明確になった1960年代後半には、熟練活版工の不足、印刷現場の生産性向上とカラー印刷需要への対応のために、ホットメタルからコールドタイプへ、凸版印刷から平版印刷に移行した。1970年まで、印刷物生産は熟練作業者の技能に頼らざるを得ない部分が多々あったが、印刷分野では、エレクトロニクス技術を採用した技術によって品質の安定化・向上、脱技能化、省人化がはかられてきた。製版分野では、1980年以降の電子化によって脱技能化と生産性の大幅な改善がなされ、それが印刷需要拡大に大きく貢献した。
技術の進歩は、供給力不足の時代には、印刷市場、印刷産業の拡大に寄与したが、その状況は1990年代に入って一変した。先に述べたように、需要の成熟化と技術の急速な進歩があいまって需給関係を供給力過剰に逆転させるように働き始めた。

技術の進歩は利幅を減らす

また、情報処理のデジタル化は、プリプレス工程を含めて、従来、専門家しか出来なかったことを誰でもが出来るものに変えてきた。このことは、新しい技術・道具を使うことに中心をおいた商売で利益を得続けることが非常に難しいことを意味している。変化が急速なデジタル関連であればなおさらである。Webが世の中で出たてのころ、1ページ制作する価格はいくらだったのだろうか?そして、それが3年、5年と経つに従って急速に価格が低下したことはその好例である。JAGATのDTPエキスパートやクロスメディアエキスパート認証制度が現場的技能を対象としたものでないのは、上記のような認識が基盤にあるからに他ならない。

プリプレス、プレス、ポストプレスのいずれにしても、「技術の進歩は利幅を減らす」ことになるが、新技術の導入を怠るわけにはいかない。いまは、個々の企業が競争力強化のために行なう合理化努力、あるいは新しい時代への対応の対ための新技術導入が、結局は業界全体の供給力過剰をもたらすというジレンマに陥っている。

次への知見

以上、印刷産業の過去40年の推移を振り返る中で、将来を考えるのに有効ないくつかの知見を得ることができる。それは、以下の3つである。
1. 印刷産業の盛衰は、需給バランスと技術の変化によってもたらされた。
  →今後の、需給バランスはどうなるか?
2. 印刷産業の現存事業所全てが安泰なためには、年率7%程度の市場の伸びが必要。
  →これからの市場の伸び率はどの程度か?
3. 「技術の進歩は利幅を減らす」から、その技術をどのように使った商売をするかが考えどころである。
  →どのようなビジネスモデルを構築しますか?

(「JAGAT大会2007」より、2007年7月9日)

2007/07/09 00:00:00


公益社団法人日本印刷技術協会