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XAMLは画面のPostScript

イースト株式会社代表取締役社長 下川 和男 氏


画面で読む

1999年、ある出版社の社内報に「2010年には紙がほとんどなくなり、出版社のコンテンツはサーバに収容されてしまう」といった内容のコラムを書いたことがある。それから7年後、同社から再び執筆を依頼されたときにも、その考えは未だに変わっていないと書いた。

ネット上にはコンテンツが溢れている。またGoogleやYouTubeの台頭やiPodなどの新しいデバイス、仕組みも次々と登場している。特にみんなで作るWikipediaなど集合知的なもの、CGMが盛んになっている。それに伴い、紙面ではなく、画面で読む行為が推進されていく、と上記のコラムでもふれている。さらに、家庭のテレビも「画面で読むため」の表示デバイスになりつつあると書いた。実際に、Windows Vistaのメディアセンター機能(一部エディションに搭載)に対応した機種が国内メーカーから発表されている。

オランダのフィリップスが読書端末を出した。それが新聞端末として高く評価されている。中国ではそれを利用したニュース配信が始まったし、ヨーロッパでも何社かで配信が始まるようである。中国は電子ペーパーへの動きが高まってきている。

先述の原稿の最後に「出版というのは知識とか情報とか感動を提供する事業である。とすれば、たまたまグーテンベルグからの500年間紙を使っていただけなのではないか」と書いた。基本的には、上記のスタンスで説明、解説をする。

WPFとWCF

「Google as PC」といわれるように、Webにつながる、あるいはGoogleとYahoo!を見ることができればいいといったシンクライアント(機能を絞った低価格)PCが今後普及するといった話が出てきている。

一方、Microsoft社はリッチクライアント志向というか、クライアント側にいろいろなツールを入れていこうとしている。そうした動きの中でも注目したいのはWPF(Windows Presentation Foundation)である。Windows Vistaには.NET Framework 3.0が標準搭載されているが、その一部で開発時に「Avalon」というコードネームで呼ばれていた。グラフィックス表示やユーザーインタフェースなどに関する処理をまとめたソフトウェアコンポーネントだ。

WCF(Windows Communication Foundation)という、通信のファンデーション(技術基盤)もおもしろいものが出てきている。httpとhttpsとか、named-pipeとかMSMQ等を、アプリケーションを変えずにSOAPのI/Oを変更できるなどの仕組みが入っている。年内か2008年早々、Vistaに対応したサーバ製品が出てくるとみている。同時にWCFなど、他機能も強化されるだろう。

WPFを利用したアプリケーション

WPF対応のアプリケーション作成には、XAML(eXtensible Application Markup Language)という記述言語が使われている。つまり、XMLという構造自体で、アプリケーションのプログラミングができるようにしている。これがXAMLのおもしろい点である。

この中のWPFドキュメントの部分を中心に解説する。XAMLを使って、Flashの動画と同じようなことも、XMLのエディターでハンドコーディングができる。Microsoft社のExpression(グラフィック・Webデザイン用ソフト)を使ってビジュアルに編集することもできる。同社のVisual Studio(ソフトウェア開発ツール)は基本的にC#のプログラムを作るものだが、新バージョン(コード名:Orcas)を使うことによって、C#とXAMLを一緒に編集できる。それはVista上だけでなく、XPの Service Pack 2でも.NET Framework 3.0を入れると動く。

WPFを利用したおもしろいアプリケーションがある。New York Times(電子版。以下同)閲覧ソフトのTimes Readerで、「最新情報」をクリックすると、新聞を取りに行く。新しいニュースがあれば、Webサイトから情報がどんどん入ってくる。かつ、1週間分のニュースがハードディスクに蓄積されるので、オフラインでも同じ形で見ることができる。これは広告型ビジネスモデルを採用し、無料購読できる。写真拡大もできるし、未読・既読もすぐ区別できる。さらに見た目を配慮して、印刷版(新聞紙)と同じようなフォントを使用している。ちなみに、Adobe Readerは約70MBの容量を必要とするが、それに対してTimes Readerのサイズは1MB程度ですむ。

読みやすく表示

動きで特徴的なのは、パソコンのスクリーンに合わせて、段組や書式といったレイアウトを調整して読みやすく表示することだろう。ウィンドウサイズを拡大・縮小すると、可読性を考えて段組が自動的に変わる。例えば4段組で表示していたものが、これを小さくすると自動的に3段組に変わったりする。フォントサイズも変更でき、フォントを小さく指定して4段組で、逆に大きくすると2段組にもできる。この際、アプリケーションは何もしていない。すべて前述のWPFというWindowsの中のライブラリがやってくれる。

コンテンツは、基本的にはホーム、ワールド(国際面)、US(国内面)といった具合にタブがあり、ジャンルごとに構成されていている。また見出し部をクリックすると、詳細ページが出てくる。 WPFドキュメントには、スクロール概念を設定すればできるが、New York Timesでは消してしまっている。基本的には新聞と同じく、ページをめくる感覚で見ることができる。

New York Timesの試み

電子ブックのT-Timeという閲覧ソフトと同じ機能が、OSに標準で入ってしまったようなものである。ちなみにT-Timeは縦書きもあるが、残念ながら現時点(講演時)ではWPFドキュメントでは縦書き、ルビ、外字の3つとも不可である。だが、Microsoft社としては、将来的には縦書き対応を考えているようだ。なお、外字はアプリケーション側でやってしまえばできる。ルビについてはルビタグの仕様はあるが、まだ動かない。これも将来的に、ということになると思う。印刷も、用紙サイズを指定すると、画面とは別に用紙に対して写真と文字をサイズに合わせてきれいに段組し、出力してくれる。

New York Timesではサーチ機能が結構強力である。例えば「Japan」とキーワードを入れる。これをトピックエクスプローラというモードでやると、「Japan」に関係しているドキュメントがキーワードを取り囲むように並ぶ。

これらの記事はMicrosoft社がアメリカ、フランス、韓国でやっているadCenterという広告の仕組みを使っている。GoogleのAdwordsと同じような仕組みである。Adwordsは短いテキストで3、4行分しかないが、adCenterは映像配信での広告もやるという。

写真の表示もおもしろい。表面的には1つの写真しか出てこないが、「次」をクリックすると、次々に関連する写真が出てくる。それらの写真も拡大・縮小できる。 スクロールがない世界、ページめくりの感覚は心地よい。これで読み始めると、今までのブラウザの世界が欠陥品だったのではないかという気がしてくる。

アメリカには全国紙がUSA Todayしかないが、Times Readerが成功すれば新聞業界の勢力図が変わるのではないか。ただし、New York Timesは、自社独占は考えていないようで他社に対して、「SDK(Software Development Kit:ソフトウェアを開発する際に必要なツール)を提供するから一緒にやらないか」と提案してきている。

ブラウザはもう要らない

ブラウザを必要としない世界も構築できる。WPFアプリケーションとインターネットがダイレクトにつながるので、ブラウザそのものが存在せず、余計なボタンなどを付けなくてすむ。Flashアプリケーションで書かれているサイトも、実際はFlashできれいな窓が作ってあって、その中で動いているわけで、上位にはブラウザのメニューがある。それらのメニューがなくなれば、もっとアプリケーションに集中できるだろう。

ブラウザというのは、たまたまhttpでWorld Wide Web、HTMLを取ってくる仕組みの中で生まれ、使われてきた。だが、サーバ側がWebサービス、WebAPIを持っていて、クライアント側がそこから情報を取得すればいいだけの話なので、ブラウザはもう要らないのではないかという世界に入ってきている。なお、同様のことをAdobeも「アポロ」というプロジェクトで進めている。

XAMLはデザインとプログラムを分離しているので、その分ユーザーインタフェースの自由度が高まる。ある意味どう作っても勝手で、従来のようにプルダウンメニューから選んで「ファイル」とか「挿入」とかいうマナーはほとんどなくなっている。リッチなアプリケーションにはなるが、混乱も起きるのではないかと思う。

WPFの世界

XAMLのサブセットのような位置付けで、XPSという仕組みがある。XPSは極論すると、XMLベースのPDFである。AdobeもXMLベースのPDFをやっているので、ここでも両社は競合する。一方、こういう中間フォーマットにDRMをかけて配信すれば、電子書籍も簡単に作れる。

Microsoft社が2005年9月に発表した、クロスプラットフォームのWebブラウザ向け画面描画エンジンをWPF/Eと呼んでいる。WPF/EのEはEverywhereである。Macも、Windowsでも、Flashをランタイムにダウンロードするが、それと同じイメージだ。WPFもMac、Linux、Windowsモバイルなど、それぞれのバージョンが出てくる。

画面で見やすい日本語書体として、メイリオというフォントがある。メイリオとは明瞭という言葉から出てきた。細丸ゴシック系の書体だ。 このフォントについて、Microsoft社は「Vista用」と言っている。実際、メイリオはXPに.NET Framework 3.0を入れても動かない。2004年版で新JISから旧JISに、古い印刷字形に戻すということをやった。例えばシンニョウも、2004年版では2点シンニョウになった。そういうことで字形が違うと議論になっている部分がある。

青空文庫ビュアーXamler01

日本でもTimes Readerと同じようなものを作っている。その1つに青空文庫ビュアーXamler01がある。シンプルなHTMLファイルを取ってきて、XAMLに変換して戻している。いろいろなメニューがあるが、フォントは大きくも小さくもなるし、自動的に段組もする。

Times Readerにはない、スクロールモードにもできる。だが、マウスのホイールなどで改ページして読み続けると、いかに新しいビュアーが読みやすいか実感できると思う。従来はA4サイズで約5ページ分のドキュメントを画面で読む人はほとんどいなかったと思う。 青空文庫については、一生懸命ルビを入れている。だが、やらないほうがいいのかもしれない気がしている。その理由は、画面と紙面は明らかに解像度が違うからだ。メイリオのような、明瞭な画面で見やすい日本語フォントが作られたのも、両者で解像度が100倍くらい違うからである。

普通、イメージセッターに出すときは2000dpi〜3000dpiで出すが、画面はせいぜい200dpiである。200と2000では、面積比で100倍違う。その中で、どう見せるか。液晶画面は2000dpiには絶対ならない。200dpiでルビを見せても、文字が潰れて見えにくいだろう。 ルビについては考え方を変えなければいけないという話を、Microsoft社側としている。

このソフトウェアは、イーストの次世代Windows 体験サイトからダウンロードできる。Times Readerは約1MBだが、これは約100KBしかない。それでもHTMLをXAMLに変換して、同じように見せる。Xamler以外にもいろいろなソフトウェアが上記の体験サイトにある。

XAMLファイルを作るためのツールがWeb上にいろいろある。例えば、「Illustrator to XAML」、「Photoshop to XAML」など検索すると、出てくるだろう。SVG2XAMLとか、VB6 FormをXAMLに変換するとか、HTMLからXAMLに変換するものも出てくる。

画面のPostScript

私は約20年前からJAGATの講師をやっている。昔はPostScriptの話を随分したものだ。 スティーブ・ジョブズが、ジョナサン・シーボルトなどと一緒にDTPを考えていたところ、キヤノンの「Laser Writer」が発売され、Apple社が飛び付いた。このレーザープリンタは高解像度で、それまでのシリアルドットインパクトプリンタと異なり、非常に鮮明にページが見える。これは印刷にも使えるのではないかと考え、当時シアトルにあった、Aldus社の「PageMaker」というDTPソフトウェアとの組み合わせを彼らは考えた。

まずMac+Laser Writerでゲラを出して、これで校正してもらう。その後、PageMakerを使い、イメージセッターに出してフィルムを出力すればいい。イメージセッターは何千万円もする機械なので、サービスビューローに持っていけば受けてくれると彼らは考えた。この際、一番大切な役者というか、キーとなったものは何だったのか。Macか、PageMakerか、Laser Writerか。実はこれらの解像度の差を全てクリアしてワークフローを実現させたPostScriptである。これを私は好きになって、20年前に東大の先生と一緒にPostScriptインタプリタを作った。

この後、AdobeがディスプレイPostScriptという製品を出した。当時、「ウゴウゴルーガ」という子供番組が流行っていて、文字が動きながらテロップが流れていたのを覚えている方も多かろう。それはイメージセッターとかプリンターに出すのではなく、画面に出すという発想のもと作られた。画面というのは、ネクストコンピュータの画面である。ジョブズはネクスト社に移った後、ディスプレイPostScriptをやったが、残念ながら同社と共になくなってしまった。しかし、その技術は現在多くの人が使っているPDFの中に生きている。

XAMLは今後標準に

PostScriptとXAMLというのは、位置付け的には似ていると思っている。画面で動くようなものの定義に、従来、PostScriptは使えなかったが、XAMLは画面で動くものの定義言語である。ダイナミックなページを記述する言語、そういうもののインフラとして今後標準になり、その上でいろいろなソリューションが出てくるだろう。

アプリケーションはあまり気にしなくて、例えば映像コンテンツの場合は映像を貼り付けるだけでいい。ストリームを出すように指定すればいいだけで、自ずとそれはグラフィックボードのほうに行き、処理されるためCPUの負荷もあまりかからないだろう。 新しいテクノロジーがつまっていて、かつこれからの言語基盤になるだろうから、XAMLは画面のPostScriptという表現を用いた。個人的には、先に述べたディスプレイPostScript以来、十数年待ち望んだ言語が出てきたと思っている。

2007年2月27日CM研究会拡大ミーティング「Vista時代のアプリケーション表現術」より(文責編集)

会報「VEHICLE」2007年3月号 Vol.18 No.12通巻216号
(C)Japan Association of Graphic Arts Technology

2007/07/21 00:00:00


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