印刷物でもWebでも最初の工程はデザインであるが、デザインという英語の意味は設計を指すので、グラフィックデザインに限定せずに、Webや印刷物で何をしたいのかという目的に適うように配慮する部分も含まれる。クリエーターが著名なアート指向の先生であったりすると、発注者も納得しがたい場合があるが、芸術品の購入ではなく注文制作の場合はどうしてそのような表現になったのかしかるべき説明(プレゼンテーション)があるべきである。それがないとビジネスとしての試行錯誤の積み重ねにならないからだ。
工業デザインには使用感を決めるところも含まれるが、印刷物やWebなど情報の設計の場合は使用感に関する設計の意識がゆるい場合もある。しかしWebは利用者が能動的にクリックして見ないといけないので使用感は重要で、ユーザビリティ・アクセシビリティについて、よく論じられるようになったし、ガイドラインも作られている。
実は印刷物にもわかりやすい印刷物のノウハウはあるのだが、それらは「常識」とされており、かえって明文化されにくい。ある自治体のユニバーサルデザインプロジェクトでは、印刷物のレイアウトデザインについてガイドを作った例もあったが、印刷のプロからするとあまりにも常識的すぎて、書かれたものを読むと「あたりまえだろう」と思われてしまうが、ユーザビリティ・アクセシビリティもそのようなレベルのものである。 つまりWebには設計基準が作られつつあるが、それ自身のレベルが今は低くとも、今後の品質レベルの底上げと、試行錯誤の積み重ねの基礎となるものである。工業製品は人間の世代を超えた蓄積で高度なものになっていくのに、紙の世界は人に依存していて、いくら優れたデザインがあっても、その人が居なくなったら似たことはできない。代わりのデザイナーが居たとしても、その人一代限りのデザインでは会社が提供するレベルは百年一日のごとくになる。
Webの世界は歴史が浅いこともあって、情報デザインという考え方や方法論が比較的すなおに受け止められている。印刷物の発注は納品で一旦キリがつくが、Webは日常的に修正・更新が発生するので、それらが行いやすいように設計することも必要である。あたかもユーザビリティ・アクセシビリティの延長上に、テクノロジーの選択も含めていろいろな設計要素を総合化する枠組みとして情報デザインを考えることもできるだろう。情報デザインは前述のように印刷にも当てはまるものであるが、Webの方が必要性の切迫感が強いようだから、Webの側で先に進みそうだ。
Webも含めて情報デザインを強く意識している会社の事例を話してもらったことがあるが、永年デザインをしていても情報デザインが呑み込めない人、まだデザインのスキルはあまりない若い人でも情報デザインの考え方でグングン伸びる人など、やはり人の向き不向きがあるようだ。ではどういう人が情報デザインに向いているのかを聞いたところ、ホスピタリティ・マインドのある人だという。つまり同じ環境にあって同じような教育研修があったとしても、顧客の問題解決のために何とかしてやろうという気持ちがないと上達しないという。
世の中はホスピタリティ・マインドのある人ばかりではないから、いやむしろそういった人の方が貴重かもしれないから、そういった人を顧客との接点の業務に据えて、なかなかそうなり難い人を後ろの工程に持ってくるような考え方ができるだろう。たとえ情報デザインの課題があろうがなかろうが、顧客にとっては「ホスピタリティが乏しい、モノわかりが悪い」人と仕事のやり取りをするのは苦痛である。クロスメディアの時代では先頭にどのような人を立てるかで勝負が決まるようになるだろう。
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印刷経営戦略情報配信サービス 『TechnoFocus』No.#1505-2007/8/6より転載
2007/10/30 00:00:00