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作業標準化の担い手に

◆株式会社渋谷文泉閣 工務部 部長 山岸隆美

 
1. 製本会社がDTPエキスパートを?
製本業の看板を背負った会社の方で、この認証試験を受けておられる方は少ないようです。弊社がDTPエキスパートの受験に積極的であることに対し、驚かれることがありますので。

●製本専門業者から頁物専門業者へ
入社してしばらくが過ぎ少し仕事にも慣れてきたころ、上司の営業部長より助言がありました。
「これからの製本会社の営業は、印刷の仕事を理解できることが重要になる。御用聞き営業から脱皮するには、それが最短距離だ」と。
営業部長は「当社の営業スタイルなら、印刷会社からの印刷の下請けが一つのビジネスになる」とも考えていたようです。自ら受注実績を積むことで、いくつかの製版・印刷会社からの協力を取り付けていきました。
私自身も、少しずつ製版・印刷についてなじむにつれ、得意先から「多少でも印刷の知識をもっているなら、製本の仕事も安心して発注できる」と言っていただけるようになりました。さらには「印刷から一括で受けてほしい」と声を掛けていただける機会も出てきました。
今から5年ほど前には、長野県内の有力印刷会社を定年退職した方に入社を要請、社内に知識的なよりどころを得たことと、協力を了承していただいた5社(と当社を合わせて6社)をネットワーク化したことで、印刷関係の売り上げが年商の2割程度を占めるまでになりました。
一時は'製本'と名の付くものは何でも受注しようと、むりやり取り扱い品目の間口を広げようとした時期もありました。しかし'頁物専門業'として奥行き(工程)の長い仕事の受け方をしよう、と方針転換したのはこのころでした。

●必要だから受験
社外から専門知識をもった方を迎えたことで印刷関連の売り上げは飛躍的に伸びたのですが、まだ社内には経験の蓄積は乏しく、各営業担当者の能力にも大きなバラツキがありました。またCTPでの受注率が急激に伸びてきたことと、それに対する対応の遅れに不安も感じ始めていました。
体系的な知識を学ぶ機会・手段としてDTPエキスパートの受験を意識し始めましたが、最初の一歩を踏み出すには少しの時間が必要でした。
そんなある日、会社としてDTPエキスパートの受験を支援する、ついては地元の専門学校に講座設置を依頼する、と決まりました。
受講は12名でスタートし、合格者は3年間で4名と、全体の合格率と比べると決して多くはありません。しかし合格者のうちで、私以外の3名はこの業界の経験が5年未満であったことを考えれば、なかなか健闘したのではないかと思います。

●「真剣に取り組んでいます」と伝えたかった
かつては製版・印刷からの受注を望んでも、得意先からは「貴社の専門はあくまで製本、任せられる印刷の仕事は限定的だ」と考えられていた節もありました。
DTPエキスパートが複数名になったことは、得意先に安心感をもっていただくことに寄与したと思います。「片手間で印刷の仕事を追い掛けているのではありません。現主力事業の製本と同列の取扱品目として、着実に環境整備をしています」という思いが伝わるようになったと感じています。

2. DTPエキスパートに期待する役割
弊社は社内に制作・製版・印刷の生産現場をもたないこともあり、私以外の3名のDTPエキスパートはすべて営業部員です。
この3名の優れた点は…
・知識が独り歩きすることはなく、直面した状況下でどんな知識が必要か、冷静に選択します。
・この認証試験と比べ、実務ではもっと緩やかな、幅の広い考えも必要と理解していますので、未認証者のアドバイスにも耳を傾けます。
・3人中2人は、それまでPhotoshopやIllustratorを開いたこともない、ズブの素人でした。しかし、3名とも受験時の課題制作では、部分的に経験者の助けも借りましたが、肝心な個所は自力で制作しました。

●「当たり前のこと」が優先課題
外敵は水際で食い止めるのが常道です。
入稿の場合では、情報の不足や疑問点(=外敵)は、できる限り営業担当者(=水際)、遅くても工務の段階で解決しておかなければなりません。
この場面では受験で得た知識や経験が大きく生きるはずです。そのため、私は今の弊社にとっては、この認証試験の中で「制作ガイド」が最も重要と考えています。
入稿処理が正しければ、仕事はOne wayで流れます。後になってドキっとするのか、早めに心配の芽を摘み取ってしまうのか、どちらが労力的に軽いのかは明らかです。

●簡単なことだけでOK、でも徹底して
作業に着手した後に、短時間では判断のつかない事柄が見つかれば、ロスした時間を補おうと無理なスケジューリングが必要になります。得意先に迷惑を掛けるまでには至らない場合でも、生産性には大きな影響を及ぼします。
DTPデータ入稿での作業の進め方は、業界全体では標準化されてきても、細かな手順は当然のことながら会社によりまちまちです。そのため営業担当者は自分の中で、得意先ごとの作業手順を組み立てておく必要があります。さらに、それを製版側に流す時は、自社の一定のルールにのっとった情報形態にしておかなければなりません。

●作業標準化の担い手に
生産性への配慮をあまり営業に求めることはかえってマイナスになりかねない、と心配する向きもあります。
しかし営業といえども、ある程度のことは常に念頭に置いていないと、優れた管理手法やコンピュータシステム、あるいはJDFなどを導入しても飾りで終わってしまうことでしょう。
営業がコンバータの役割を確実に果たさないと、得意先と現場を混乱に陥れることになります。
DTPエキスパートに認証されるということは、業界標準を身に着けたと見なされる、ということでもあります。認証者の正しい行動は、自然に社内の作業標準に昇華していくはずです。

3. あとがき
DTPの進展が目覚しいのに対し、製本は中間生成物もデジタル化されることはありませんので、'黒船到来'的な混乱は起きていません。弊社を含め新技術の開発も進んでいますが、あくまで伝統的技術や設備を基礎として成り立っています。

●まだ主役は紙製品
このように製本は技術的には成熟し切っているのですが、製本様式などの情報交換には、まだ不自由な思いをする場面が多いと思います。
例えば「平綴じ」は、綴じ方(針金綴じ)の種類を示す用語ですが、地方によっては「あじろ(または無線)綴じの並製本」を指す場合もあります。
近ごろは、データが最終製品となることも増えてきました。しかし今でも主役は紙(アナログ)製品であり、データ(デジタル)はそれを作るための手段です。
デジタルの目新しい情報に目を奪われがちですが、製本に限らずアナログの技術や知識の習得もおろそかにはできません。

 

 

 
JAGAT info 2007年3月号

 
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2007/11/24 00:00:00


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