DTPがそれ以前の写植のデジタル化と異なるのは、オブジェクト指向の落とし子である点だ。1970年代以降の写植のコーディングというのがプログラムとはいってもエンティティと制御命令を延々と連ねるような手続き型であったので、改善は手続きの簡素化しかなく、ソフトウェア工学的な意味での発展は止まってしまっていた。
1980年代に始まったDTPは、その実行環境であったMacの起源が、Xeroxパロアルト研究所のオブジェクト指向の技術に依拠していたために、見た目やユーザインタフェースのところのWYSIWYGというオブジェクト指向だけではなく、開発言語やPDL(PostScript)なども含めてオブジェクト指向という点や、オブジェクト指向からくるデータの持ち方の構造化という考えが、アプリケーションや周辺機器の世界でも一致するものであったので、オープンシステムの台頭にもつながった。
オブジェクト指向はDTPに限らず、その後のあらゆるコンピューティングの基礎となり、SGML、インターネット・Web、XMLなどもそういった背景で生まれたもので、Apple、Adobe、Microsoft、Sun、Oracleなどなどコンピュータ業界でお互いに争っている会社でも共通に取り組んでいるので、こういった技術は相互に関連がとりやすく、さらにオープン化が進むことにつながっている。
写植には専門分野のノウハウの蓄積があったものの、それをデジタル化した技術が継承されなかったのは、初期のDTPがアウトラインフォントのフォーマットから、図形や画像フォーマット、RIPまでオブジェクト指向の先行例のようになっていた時代に仲間入りしなかったからである。これはコンピューティングのあらゆる世界に当てはまるもので、オブジェクト指向に合わないものは滅んでいくことをあらわしている。
その意味では今日のDTPはもはやオブジェクト指向の先行ではなくなって、手続き型に戻ろうとする動きさえある。例えば折角PDLによって部品というオブジェクトの独立性を保ってRIPの段階までいけるようになったのに、過去の製版のような「中間ファイル」を生成したり、ユーザもそんな小手先のツールに目が行くので長いワークフローでの問題解決に取り組みにくいことがある。しかしハイブリッドワークフロー、Web2Print、自動組版・サーバ組版などに関心が移っているので、DTPもオブジェクト指向との親和性という点で再点検する時かもしれない。
DTPがまだ未踏なのはバッチ処理の分野であり、WYSIWYGとの併用はまだ課題がある。一時は日本語TeX、その後XMLの時代になったがXSL-FOでは日本語組版機能が足りず、DTPソフトのXTentionやPlugInでも開発コストはかかるなどどちらつかずである。しかし将来のDTPが徹底してオブジェクト指向を進めれば、レイトバインドの考え方になるので、WebのCSS・CMSやバリアブルプリントのための技術とDTPは合流することになるだろう。ということはこれからクロスメディア指向のDTPが最終的には近道だともいえる。
テキスト&グラフィックス研究会 会報 Text&Graphics 2007年9月号より
2007/12/10 00:00:00