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日本文化の豊かさを、再確認しつつ紹介する

型染版画家 伊藤 紘

『型染版画 伊藤紘』
叢文社刊
A4判 160ページ 日・英併記
5250円(税込み)
TEL 03-3815-4001 / FAX 03-3815-4002


最近の日本は、あらゆる面で何かが軋(きし)み始めていると感じている人は少なくないだろう。そしてその傾向への速度が、ますます早まってきているように思える。
いつの時代も過去に学び、あるいはその歴史や体験を踏まえつつ、築き上げてきたものが蓄積され、栄養となって今日がある。同時にまた技術革新の名の下に、多くの「旧」が押しやられ、廃されてきた。それらは合理化効率化という、いわば経済性優先の結果でもある。
時代に合わないというのは、要するにこれらを言い換えた言葉でもあると言ってもいいだろう。
近年もコンピュータの出現が、大きく人間の生き方に影響を及ぼし始め、それは今までになかった急激さと質的に違う根源的な問題を多く含んでいるようだ。
いわば緩やかな流れが、一気に滝となって落下していくように、と形容したらいいだろうか。時には景色を楽しんだり、水に戯れつつの平和なカヌー旅が、轟音(ごうおん)と水圧との戦いに一変する光景を想像されるといいかもしれない。
しかしもうカヌーでは間に合わないのである。また旅という悠長な行為でもないのである。すなわち、流れが戦いという次元の違ったものに変わった、とでも言えようか。
そして目的への道程も見えにくくなったのは確かで、従来の方法が方向性に迷い、あるいは失ったというのがこの時代の現実だろう。そこで象徴的な現象の一つとして、手仕事が再注目され出したようにも見える。
しかしそれがファッションや色の流行のようなものだとしたら、論外である。販売戦略上のものと、これらを同一に論じられないのは当然で、人間の尊厳やあり方、生活に関わる大きな問題が内包されているからだ。
IT革命と言われ、乗り遅れた者は負け組で、あたかも人生の敗者であるかのような風潮を生み出す社会は、やはりおかしいと思う。
製品完成のスピードが向上し、質量の安定化は望ましいことであっても、それがすべてではあるまい。メカに精神性を求めるのは無理であっても、それを生み出し関わる人間たちの意識によって、その環境や関係を変えることはできる。
メカに従属されるのではなく、させることが肝要で、電子脳と人間の脳の調和が何より大切だろう。その間にあるのが、手仕事のようなものと言えるのではないか。
精密機器などの最終仕上げに、職人の微妙な手技が決め手になるとか、メカの計算上では解決できない面を、人間の触感がカバーする、といった世界がそれを証明している。
そんな広大な手仕事社会の一端にこの型染めもある。前述したような現代の最先端科学とは無縁の、また応用範囲や需給の狭い世界に、版画という手段で表現した日本の文化は、静謐(せいひつ)であり饒舌(じょうぜつ)でもある。
日本の自然や日本人が積み上げてきたかたちが、ここにある。色が、形が、文字が謳歌(おうか)する世界は、豊穣(ほうじょう)な日本文化の一部に過ぎない。西欧化へ傾斜する反動としてでなく、日本と日本人であることの再確認の書として、ご覧いただければありがたい。

壽の寿いろは


『プリンターズサークル』2008年2月号より

2008/02/20 00:00:00


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