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DTPエキスパート認証試験実技課題のポイント1 :書体の使い方

DTPエキスパート認証試験は筆記試験と実技課題の2つの試験にともに合格しなければなりません。筆記試験は正解がありますが,実技試験はいったいどういうところを見て合否を判定するのでしょうか?
『実技課題制作の手引き』にはABC3種の課題についていろいろな制作条件や提出条件が記されています。これらの条件を確実にクリアすれば問題はないわけですが,『手引き』の記述は,その性質上抽象的な表現が多く,わかりにくいかもしれません。そこで,課題の制作と提出のポイントを解説していきます。

●書体を使う

今回は書体の使い方について考えます。
配色や組版でも同じですが,書体の使い方についてどこかに明文化された決まりがあるわけではありません。どんな書体をどう使おうと自由といえば自由には違いありません。ただ,考えていただきたいのは,DTPエキスパート認証試験の課題制作は,あくまでも普通の印刷物として通用するものという前提です。ですから,意図的にしろ意図的でないにしろ,あまり奇抜なデザインや非常識な書体の使い方はおすすめできません。
それでは常識的な書体の使い方とはいったいどういうことなのでしょうか?
書体はもともとDTPのためにあるわけではありません。和欧各書体ともいろいろな人がさまざまな意図のもとに書体をつくり,しかもそれらは互いに複雑な影響を与えあいながら歴史の波に洗われて今日あるような姿になったものです。DTPも含めた何百年にもおよぶ印刷技術の変遷とも密接に関わって今の書体の姿があるわけです。
日本では,本文は明朝系,見出しはゴシック系という伝統があります。これはそういう決まりがあるわけではなく,長年の間にいちばん読みやすい書体の選択として定着したものです。いわば'伝統'ですが,伝統が伝統となるにはそれなりの理由があるわけで,たとえ伝統を破るにしても歴史や背景をしっかり把握しておく必要があります。
提出課題でときどき見受けますが,たとえば,自分のパソコンやプリンタに適当なゴシック体がないから全部明朝体にするとか,たまたまそこに江戸文字の書体があったからそれを取扱説明書の見出しに使うとか,そういう使い方は非常識といわざるを得ません。

●13期の提出課題から

細明朝と中ゴシックしか使っていない旅行パンフレットがありました。パンフレットは「タイトル」「キャッチコピー」「説明文(タイトルと文章)」「みどころ(見出しと文章)」「ツアーとレストランの表」「みどころ,ツアー,レストランの見出し」「写真のキャプション」など多くの文字要素からできています。しかも欧文も含まれます。そもそもこれを2書体でカバーしようというのは無理があります。少なくともタイトルとキャッチコピーはインパクトを与える必要がありますから,中ゴシックではいくらサイズを大きくしても難しい。書体数に制限があるならプリンタマニュアルを選ぶほうが賢明です。
※もちろん1〜2書体でも工夫次第でよい作品ができないことはないでしょうが,それにはかなり高度なテクニックが必要です。しかし,それほど高度なテクニックの持ち主であれば,そもそも1〜2書体しか使えない環境で仕事はしていないと思われます。

観光ツアーとおすすめレストランの表は書体やサイズがまちまちなものが目立ちます。とくにレストランの表は欧文が多いので,和文書体とのバランスを考えて欧文書体を選ぶ必要があります。ツアーの「内容」やレストランの「特徴」の文は長いですが,だからといってサイズを小さくしすぎると可読性が落ちます。ここはまず最小の文字サイズを決めてそれが無理なく収まるように表を設計すべきでしょう。
地図中の文字が小さすぎる作品も少なくありません。地図を縮小するのは構いませんが,忘れずに文字サイズを変更しておかないと読めなくなってしまいます。
それから文字の着色ですが,文字が読めない場合を除いては配色そのものはあまり問題にはしていません。むしろ気になるのはパーツが重なるときの処理です。舳先や平網に文字を重ねる場合は,文字ではなく背景に手を加えるべきです。つまり文字の色を変えるより,舳先や平網を薄い色にしたほうがよい。また,舳先の上に「みどころ」を置いて,重なる部分の文字に白フチをつけた作品がありますが,長くてサイズの小さい文章の白フチは可読性の面からも,また印刷処理の面からもよい手法とは言えません。

・・・おわかりのように,以上はきわめて常識的なことで,特にノウハウというわけではありません。しかし,「設計」という意味のデザインとは,まさにこのようなこと,つまり可読性や読者へのインパクト,作業効率などを考慮してなるべく無理のない選択を行うことだといえます。芸術性はまた別の問題です。

●どう学ぶか

ところで,こうした常識や伝統を知るにはどうすればよいのでしょうか? これはじつは簡単です。あらゆる分野のあらゆる印刷物をいつも意識して見るようにすればよい。大変でしょうか?でも,DTPを仕事にするということは印刷物に関するプロだということです。野球が嫌いな野球選手や水が嫌いな水泳選手がいないように,印刷物が嫌いなDTPのプロなどは本来いるはずがありません。
たとえば朝刊にはあらゆる業種,あらゆる品目のチラシが入っていますがこれは格好の教材でしょう。通勤通学で通る駅には旅行パンフレットがたくさん置いてあります。これはそのまま課題Bの参考になります。電車の中吊り広告では,芸能週刊誌,ビジネス誌,女性誌などの内容と書体の使い方を比べてみるのもおもしろい。会社でパソコンを使っていれば,パソコンやプリンタの取扱説明書を手にするでしょう。これは課題Aの参考です。
・・・というように,金をかけなくても書体や組版に対する目を養うのは難しくはありませんが,できればもう1歩進んで過去や外国に目を向けましょう。今日本で使われている書体は,中国の漢字の書体や欧文書体,かな書体などが交じり合っています。書道や外国の雑誌に目を向けたり,博物館などの展示会に足を運んでもよいでしょう。
こうしていろいろなものに目を向けるようになればしめたもので,自分になにが必要なのか,どういうことを勉強すればよいかおのずとわかるようになります。

ところで,JAGATでは5月26日(金)に「書体の世界」というtechセミナーを開催します。欧文のタイポグラフィを専門に研究なさっている方,長いこと書体メーカーで書体の開発に携わっていた方,もともと書道が専門で書体の開発もなさっている方に,それぞれ,欧文,和文,漢字の書体とその使い方などについてお話ししていただく予定です。もちろん,このセミナーに参加しただけで書体の使い方がマスターできるなどということはありません。ただ書体がじつはどれほど長い歴史を背負っているのか,どんな複雑な背景を持っているのか,その片鱗でもわかっていただければ,みなさんの書体についての認識も変わり,その奥深い世界への道も開けると思います。ぜひご参加ください。

2000/05/12 00:00:00


公益社団法人日本印刷技術協会