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いつも門前の小僧であれ

印刷という仕事は定義し難いほど多様性をもっている。その制作に関する技術も、当然ながら多岐にわたる。そのために業界は複雑な分業をしていた。一つの印刷物ができるまでに、あちらこちらの業者を原稿が廻っていたのである。それがDTPのような統合処理できる方法が普及することで、ひとつのところでかなりまとまって作業ができるようになった。

とはいっても、それはDTPのレイアウトソフトはじめパッケージソフトの機能が拡張しただけの話しで、それを扱う人間の能力が簡単に「統合処理」するようにはならない。DTPエキスパートの試験が始まった7年ほど前は、DTPといえば文字組・版下制作のことであった。それが製版の平網伏せくらいして、CMYK分版出力するようになり、さらに高精細カラー画像もDTPで扱うようになった。これには3年間ほどかかったが、写植の人が色分解を覚えるとか、その逆も追いついていない。

さらに、この間のDTP書を見ると、写植も製版も知らない若い人に教えるような内容が中心なので、写植や製版のツボのようなところの情報が少なく、DTPから始めたデザイナなどがとんでもないデザインをしてしまうことも起きている。例えば本文文字に色をつけるようなことは、画面では容易にできても、実際の印刷になると、文字が分版されて平網がかかってしまうようなこともある。これはかつての印刷工程を知っている人なら行わないことである。

自分の目の前にあるパソコンで「できるからしてしまう」ことが、決してよい結果を生まないことはよくある。DTPで分業が減った分だけ、従来他人や外注先のノウハウであったことも自分のノウハウとして吸収し直さないと、同じ品質には至らなくなるのだ。そしてこのことは際限なく広がっている。CTP時代を迎えて、面付け、刷版、印刷、製本・加工についてもDTP作業側におよその知識が必要になる。

またDTP側の付加価値を高める意味では、前工程である編集・原稿の管理なども知っておかないと、データのWEBへの展開ができない。これはどんどん広がっていて、もうデータベースとかXMLへの取組みが始まっている。かつてDTPの生産性を高めるために、QuarkXTentionなどを使ってデータベースパブリッシングというパソコンDBを使った簡易な方法がいろいろ出たことがあった。しかしこれが一般に普及するのではなく、MSのSQLサーバやオラクルといった、本物のデータベースと直接やり取りをするシステムの方が進み出している。

これらから言えることは、従来のDTPの範囲に留まっているわけにはいかないことである。いわゆるDTPのオペレータとしてはDTPの一部分だけを担当している人が殆どであろうが、DTPの現場にはDTPの組織を改善したり、新たな方向に引っ張っていくリーダが必要である。その人にとっては、広い印刷知識と、現代ビジネスマンの基礎教養としてのIT知識が求められる。特に印刷知識とIT知識のANDをとったような、作業の効率化のためにデジタルを使う知識というところは大きな競争力になる。

しかし印刷知識もIT知識も深く追求していくときりがない。だから、あらかじめすべての知識を習得しておくのではなく、必要になった段階ですぐに勉強して即実行ができる準備体制を整えておくことが重要である。当然個々人は何らかの分野についての専門家であることが条件だが、そこに閉じこもるのではなく、DTPを取り巻く流れを常におさえておいて、役に立ちそうなものは何にでもチャンレンジする精神が求められる。

例えば、ファイルの構造などは、直接知らなくても仕事はできるとしても、中がどうなっているのかくらいは覗いてみる習慣があった方がいいだろう。ファイルはテキストとバイナリがあるが、テキストエディタだけでなく、バイナリでも開いて見るツールはもっていた方がよい。今日はWEBでもそうだが、テキストファイルになっているものが多く、この場合は何らかの記述形式に沿って構成されているので、その形式も気に留めておくと、なんかの時に役立つ。

コンピュータのデータでなくても同様で、製本前の印刷本紙には紙面の外側に品質管理用のチャートがついていたりするが、これの見方も機会があれば専門家に聞いておくと、印刷物の品質チェックがどのようなものか分かる。単行本の要らないものもバラすと製本という作業が見えてくる。「門前の小僧、習わぬ経を読む」の例えどおり、日常的に自分自身の仕事の周辺のことも目を配っておくと、感覚的にぼんやりと理解ができてしまう。ただこれで理解したと勘違いしてはいけない。これを下地にすると、いざ必要性が出てきたときの理解が非常に速くなるということである。

普段WEBを見るときにソースも見ておくとXMLの理解も早くなる。パソコンで内容をよく知っている事務をする時に、そのスクリプトを見ることができると、起っていることと記述の対応もぼんやりとわかる。AccessならSQLのクエリーも見ることができる。またちょっと頑張れば、awk、sed、perlの簡単なスクリプトは1日で使えるようになり、これでも便利な道具にすることはできる。DTPの特徴は開かれた技術体系であることであり、人の能力次第で、如何様にも展開できる凄さである。

せっかくDTPに足を踏み入れたなら、DTPの柔軟性にあやかって、自分も柔軟になろうではないか。

2000/08/02 00:00:00


公益社団法人日本印刷技術協会