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ネットワーク社会に百貨店はどう変わるか〜高島屋のインターネット戦略 後編〜

株式会社高島屋 MD統括本部 統括室 ネットビジネス担当次長
菅谷 秀明

99.11.12開催セミナー「ネットワーク時代に百貨店が考えるカタログ/DMとは」
(Printers Circle2000年3月号特別企画より)




■ワンtoワン戦略を重視
 高島屋の媒体戦略としては,ワンtoワンという考え方が基本になります。これは,顧客を起点とした考え方をしていくことを意味します。従来,百貨店ビジネスはMD,つまり品ぞろえや商品政策を中心に考えてきました。このMDという百貨店の強みは生かすものの,考え方の起点を顧客に移し,新しいリテール業態を考えていこう,業態自体を変えていこうと考えています。そのためには,店舗網の有形資産に加えて,サービス開発力とMD開発力というパワーをベースにしたロイヤリティの高い顧客データベース,つまり無形資産をうまく活用していくビジネスに切り替えていく必要があります。そして,これにはインターネットが,大きな役割を果たします。
 インターネットでは99年8月に,「クリティカルマスのキャッチ」が起きました。これはインターネットの家庭への普及率が15%を超え,普及のための臨界点に達したことを意味します。普及が15%を超えると,そこから急激に普及率が高まっていきます。
 現在は,市場,家庭とも,インターネットとの関わり方が大きく変化するポイントにあるといえます。百貨店も時代に乗り遅れないようにしないといけません。
 高島屋は,96年の春にホームページを立ち上げました。その時の基本的な考え方,視点が図1に書いてある4つです。
 最も重視したのが,何をビジネスの武器にするかということです。それは,百貨店であるノウハウだと考えました。われわれは,百貨店のノウハウとは,商品を見る目をもったバイヤー集団のことであると考えます。百貨店はどこも同じだと皆さんは捉えていると思いますが,高島屋18店舗のうち共通の商品は10%未満です。まして,他の百貨店と同じ商品は1%もないでしょう。例えば,人気ブランドのPRADAなどは日本橋店に置いてありませんが,玉川店にあります。理由は,日本橋店の顧客年齢層が高いので,PRADAのような若い人向けのブランドを置いても売れないからです。有名ブランドだからといって,各店に絶対に置いてあるわけではありません。
 そういう品ぞろえが,バイヤーの力です。もうひとつのバイヤーの力に「テイスト管理」があります。顧客は,自分のライフスタイルに合った商品しか買わなくなってきています。食べるもの,着るもの,持つものも,すべて自分のライフスタイルに合っていないと見向きもしません。
 テイスト管理で,非常に成功した会社がサザビーです。この会社は,サザビーのほかに,衣料品ではアニエス・ベーというブランドで商品を売っています。
もうひとつサザビーがもっているブランドに,キハチというレストランがあります。和食をベースにアレンジして,おいしいレストランとして有名です。最近では,スターバックスコーヒーというコーヒーチェーンを急激に増やしています。スターバックスの人気の秘密は禁煙です。そこではたばこが吸えないのです。それから,自分でコップを店で購入し,それに毎日入れてもらうのです。紙コップを無駄にしなくてすみます。たばこを吸わない,コップも無駄に捨てないという省エネルギー,省資源がモットーで,非常に今の風潮に合っているわけです。これがスターバックスがはやっている理由です。
 サザビーでは,アニエス・ベーもキハチもすべて同じ感覚で,ライフスタイルをきれいに統一しています。それが心地良いわけです。つまり,消費者にとって一番大切な21世紀のキーワードは,「心地良い」だといえます。

■顧客不安を解消するための会員サイト
 高島屋のバーチャルモールを会員サイトにしたのは,セキュリティの問題からです。インターネット上にカード番号を入力したり,住所などを入れることについて,顧客は非常に不安感をもっています。そのために,オフラインで一度会員の登録をして,紙ベースで住所,生年や名前,カード番号などを入れます。顧客とのやり取りはIDとパスワードで行います。そのほうが心地良いですし,安心感があるため,会員サイトにしました。
 もちろん,一般の顧客も入れるような対処はしてあります。その場合はSSLというセキュリティを用意しています。そのほかに,高島屋独自のものとして,インターネット上にカード番号を入力しないで,カードの種類名だけを入力し,後でこちらから担当者が電話をし,カード番号を口頭で確認する方法もあります。一般顧客の4分の1がこの方法を採用しています。

■顧客を呼び戻すための,店舗と一体化した戦略
 高島屋のネットビジネスの基本戦略は,本業回帰と店舗ビジネスを巻き込んだ業務改革です。ネットビジネスで顧客の心をつかみ,新しい高島屋ファンを作り,もう一度店舗に呼び戻そうとするものです。
 そのために,インターネットでは新しい高島屋のファンにターゲットを絞っていこうと考えました。インターネットは若い人たちがかなり使っています。高島屋は年齢層が高い顧客がたくさんいますので,新しい顧客層,つまり20代,30代の,特に女性を中心にターゲットを絞りました。
 もうひとつ,高島屋にロイヤリティのある顧客に対して,上質で最高のサービスを提供する予定です。例えば,インターネット上にセクレタリーサービスがあります。インターネット上では画面に出せる商品量に限りがあります。しかし,顧客が期待しているのは,約250万〜300万アイテムという新宿高島屋の商品を全部買うことができるシステムです。そこで,会員には,自分の好きな商品を画面に入力してもらい,新宿高島屋にその在庫があれば,ご注文を受けたという形で処理するサービスです。
 具体的には,顧客が「私が使っている○番の口紅がなくなったので欲しい,シャネルの○番をください」と書きます。新宿店の化粧品売場にその在庫があれば,「ご注文承りました,48時間以内にお届けします」とこたえ,宅配便で送るサービスです。
 今後は,エグゼクティブクラスを計画中です。今年の春から立ち上げる予定で,今,品ぞろえをしています。また,最近は高い年齢層もインターネットを使うようになってきましたので,趣味のもので,一品物の手作りルアーを注文で受ける予定です。顧客とコミュニケーションをとりながらの販売方法は,百貨店がインターネットビジネスをやっていく上でのキーになると考えています。

■TVM会員を充実させて活性化を図る
 最終的には,ネットビジネスで高島屋の業務改革を実現して,実店舗にその改革をもち込めればと考えています。それを具体的にイメージ化したものが図2です。
 日本の人口は1億2000万〜3000万人ですが,インターネットは世界とつながっていますので,理論的には世界中から注文を受けられます。
 実際,店舗のない地域からの注文もたくさんありますが,これは日本に限ったことではありません。配送地域は日本国内に限定していますが,高島屋のお中元やお歳暮の注文は,海外からのものが5%くらいあります。海外在住の日本人が,日本の親戚や知人にお中元,お歳暮を送るケースです。
 一般顧客,つまり店頭に来店した顧客と通信販売のメンバーを含めて,1年間に2億5000万人が来店しています。次に,高島屋カード会員は約300万人ほどいます。この顧客については,高島屋での購買履歴などがすべてわかります。さらに,もう少し活性化したり,コミュニケーションを良くするために,次のポジショニングとしてインターネット会員,ある程度のコミュニケーションがとれる顧客として,TVM(高島屋バーチャルモール)会員を作ろうと考えています。
 そして外商顧客は,究極のワンtoワン=
マーケティングを行っているポジションで,今までの購買履歴,家族構成などすべてわかっています。
 このTVM会員に向けて,例えばバーゲン情報を事前に配布する予定です。これは何月何日にどこの店の何階で,どんな商品のバーゲンがあるといった内容です。顧客別に,活用度の高い情報をピックアップして発信します。インターネット上で買い上げの情報もデータベース化して,通常の店舗の顧客買い上げと同じデータベースで管理していく予定です。
 もうひとつ,TVM会員向けの情報としてアウトレットがあります。例えば,残り15個しかないので店頭では売りにくいが,10万円くらいのものを,極端にいえば4万9800円で売るなどです。そのためのDMは作れないので,インターネットでごくわずかの顧客に,情報を発信して販売していきます。

■ネットビジネスの構成図
 インターネットビジネスについて,私なりにまとめたのが図3です。ビジネスを展開するためには,インターネットは決して簡単なものではありません。インターネットは簡単に立ち上げられますが,それが簡単に売り上げに結び付くわけではありません。
 通常,インターネットビジネスでは,フロントオフィス,つまり商品の見せ方,検索エンジン,注文画面の作り方など,顧客と向き合った部分についてだけクローズアップされます。ところが,実際はインターネットビジネスを始めると,すぐにこれを支えるバックオフィスが必要になってきます。商品管理も在庫管理も必要です。また,在庫管理には検索エンジンと連動するような仕組みが必要になります。商品管理から関連商品のレコメンド機能なども必要です。
 また,取引先とのコンピュータの連動によるEDI(電子データ交換)によって,一番末端まで在庫検索のデータがとれるような仕組みを作らないと,百貨店のような在庫ではとても対応しきれません。
 最近では,物流管理業者と連携をとり,顧客の発注した商品が物流のどこにあるかという情報まで,インターネットでわかるような仕組みを作っていかないと,顧客は満足しなくなっています。高島屋では,この仕組みをインターネット,携帯電話のiモードでも行う計画です。
 つまり,フロントオフィスだけではなく,バックオフィス,取引先を含めてインターネットビジネスの仕組みとして完成していないと,顧客の満足度を充足させることができない状況になっています。

■ネットビジネスを成功させる6つの視点
 これからネットビジネスをする場合,考えなければならない視点が6つあると考えています。
 まずひとつはオペレーションです。実際に商品を供給してもらう取引先,そして消費者と,どのような関係を構築するかをきちんと考える必要があります。それに合わせたネットワークを組み,オペレーションを行っていくことが大切です。
 2つめはテクノロジーです。例えば,単に商品を売買するだけではなくて,顧客管理も考慮するということです。それにはワンtoワン=
マーケティングの管理用ソフトが必要になります。オークションを実施しようとすれば,その機能も必要です。データ分析をしていくには,データマイニング機能も必要になります。また,エンドーズのように,買った人が,いい商品だと思えば次の人を紹介するといったシステムもあります。
 インターネットならではの新しいシステムが,次から次へと開発されてきます。どれを自社の顧客に提供するのか,どのシステムを採用するのかを事前に検討するとともに,常に新たな技術も検討する必要があります。
 3つ目はマーケティングです。マーケティング戦略が,ネット事業の戦略とイコールになっていると考えることが重要です。例えば,インターネット上だけにURLを告知しても何の意味もありません。新聞や広告,名刺や店頭など,あらゆる形でURLを告知していくようなコーディネートが大事です。
 マーケティングでもうひとつ大事なのは,消費者のプライバシーの問題です。インターネットではたくさんのデータが手元に入ってきます。このデータを外部に漏らさないように管理し,高島屋内でうまく活用しなければなりません。その活用も,顧客の理解を得られるようなものにする必要があります。
 4つ目は,カスタマーサービスです。顧客との関係,ポジショニングを明確にしないと,インターネットビジネスを誤ってしまいます。顧客に提供するサービスの在り方は,従来の店頭のサービスとは違う観点になるからです。
 5つ目は内部的な問題です。インターネットビジネスは,全く新しい事業を展開するようなものなので,必ず役員が入りビジネス展開を行う必要があるでしょう。また,今までスムーズに流れていた仕組みに,インターネットの新しい流れが入ると,逆に現場が混乱してしまうケースが随分あります。解決方法としては,全く新しい別組織を作ってインターネットに対応することです。
 6つ目が文化面です。百貨店は地域に根ざした店舗作りをし,関東なら関東の文化に合わせた店舗を作っています。しかし,インターネットは,世界各国の商品,文化がそのまま入ってきますので,そこを考慮して対応する必要があります。

■利益を出すためのサイクルを作る
 インターネットで利益を出すための3つのポイントは,顧客ベースとサービス開発とMD開発です。
 MD開発では多くのメーカーに参加してもらい,商品を増やし選択の幅を広げることで,顧客がついてくると考えます。そのことでサービスの充実が可能になり,それによりメンバーが増えていくというように,循環していくのです。これが既存の百貨店や,既存の流通ビジネスの流れとは違った形で,業態改革につながります。
 21世紀のネットワーク社会には,こういった新しいビジネスの考え方が必要になるでしょう。そのなかで,媒体については,インターネットの比率がかなり高くなるので,電子媒体は間違いなく増えてきます。しかし,電子媒体が100%になることはないでしょう。紙媒体の良さはたくさんあります。例えば一覧性の面や,画質がモニタ画面に比べて高いことなどです。高級品やごく一部にはニーズがありますので,印刷媒体のシェアは残るでしょう。しかし,コスト,スピードなどを考えると,メディアミックスのなかで,紙媒体のシェアは落ちてくるでしょう。
 今後,インターネットビジネスを大きく膨らませて,より顧客に便利で快適な環境,そして満足度の高いビジネスとしていきたいと思っています。

(Printers Circle2000年3月号特別企画より)
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2000/08/25 00:00:00


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