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生き残りをかけたオンデマンド写真集

製版会社が生き残りを賭けて新しいことを始めたり,自社の特色を打ち出す企業が増えている。デジタル化されたことにより,画像処理や出力もかつての職人芸のイメージがなくなっている。
 デジタル印刷機の出現は,今までにない市場を拡大させ,また業界外の参入を可能にした。そうなると,専業ならではの独自のきめこまやかさを武器に差別化を図る必要が出てくるだろう。画像のプロフェッショナルとしての特性と強みを生かす方向で活路を見い出すことが,成功の秘訣になると思われる。
 そこで今回は,オンデマンドによる写真集に注目し,順調に業績を上げている幹スキャナー(株)の代表取締役三木賀夫氏に同社の姿勢を伺った。

スポーツ紙製版からのスタート

 東京・中央区にある幹スキャナーは,20年ほど前に商業印刷物一般の製版を主軸に設立された。当時からスキャナを導入し,オープンスタジオとしてカラー分解工程を受注し,また,スポーツ新聞の製版を中心に業務展開をしていた。スポーツ新聞の紙面がカラー化したとき,いち早く対応したのが同社であり,他のスポーツ紙がカラー化したのは,それから2〜3年経ってからである。
 新聞の製版には,ザラ紙にスプレー状のインキ,胴圧が強い,通常のオフセットの版では対応できない,など一般の製版に比べて難条件があるため,新聞に対応するカラー製版を研究する日々が続いたそうである。スポーツ新聞はオリンピックに焦点を絞っているところがあり,通信を含め,画像の技術は4年ごとに飛躍的に進歩するといっても過言ではない。
 1996年には,デジタルプリプレスセンターの設備を拡張し,画像処理,フイルム出力までをフルデジタル化した。DTP支援からデジタル画像処理までを自社内で行っている。
 オリンピックごとの技術進歩を考えると,4年も経てば環境は随分変わってくるだろう。何か新しいことをするべきだと思った。そこで2年半くらい前にE-Printを導入した。バージョンアップしてモデルチェンジしたこともタイミングが良かったのかもしれない。1998年にはAGILE(アジル)事業部を立ち上げ,小ロット印刷物の企画からデザイン制作〜製本加工までを受注するようになった。なかでも写真集に注目し,小ロットによる高品質・低価格のものを提供できるようになった。

潜在需要の多かった個人写真集

 今までの常識では,小ロットの写真集はありえなかった。自費制作による最小部数は500部から1000部,費用は最低でも100万円くらいはかかる。アマチュアカメラマンにとっては,痛い出費だ。また個人で1000部も作るとかなり残ってしまい,自宅に積んでおくだけになってしまう。同社の場合,デジタル印刷機の導入によって50部からの小ロット・短納期・低価格化の実現に成功した。
 基本的なパッケージ版の仕様は,50部20万円からとかなり安い値段で提供している。基本サイズはヨコ200mm×タテ180mm,表紙を入れて32ページ,表紙にはPP加工を施し,無線もしくはリンク綴じで製本している。
 もちろん基本のパッケージではなく,レイアウトやデザインを自分でやりたいという人の指定にも対応している。それぞれの料金体系はしっかり設定されており,内容面でも金額面でも顧客の満足度を優先に考えている。
 評判は上々で,特に初めて写真集を出すアマチュアカメラマンには喜ばれている。毎年出版する人もいるし,口コミで出版の注文が広がるケースも多いという。複数で持ち寄れば,1人当たり数万円で出版できるため,仲間うちで1冊の写真集を出すと,お小遣いの範囲で十分である。平均して100部くらいの受注が多いそうである。
 既に200冊以上出版しており,改めて潜在顧客の需要の多さを感じている。大量消費時代は終わりを告げ,個人が生きた証としての自己主張をし始めた。オンデマンドによる写真集はその具体的な現れであろう。写真集の応用でオリジナルの画集や絵本なども出版している。顧客には年金生活者も多い。高齢化に伴い,自分だけのものを出版したいという需要も見込めるとみている。

変わった社員の意識と業務内容

 写真集をやって良かったことは,顧客の顔が見えることだという。カメラマンとの打ち合わせに始まり,デザインから写真の取捨まで相談しながらひとつの作品を仕上げていく,そのプロセスを体現できることは喜びだそうだ。
 「写真はひとつの文化だという認識がないとだめです。写真集を出せるのは,画像処理のできる製版会社しかない」と三木氏は語る。また,写真集がうまくいかないのならば,他のものをやってもうまくいくはずがない,と考えていたそうである。
 一番変わったことは,社員が何でもやるようになったことだという。今までの製版は,レタッチはレタッチ,スキャナはスキャナと専業化されていた。ひとつの仕事が分業化され,役割分担が明確であった。それが社内的には垣根がなくなり,今ではスキャナは誰でも使用する。
 高度な製版技術は必要不可欠だが,フィルムはマンネリ化する。フィルムでの出力そのものはだんだん頭打ちになってくるという危機感もある。
 製版会社は指定されたとおり100%忠実にやりさえすればよしとされる。しかし,それでは,どうしても受け身の体制になってしまう。技術力はあっても,営業力が不足していることも共通の悩みだという。最近では,一般でDTPがらみの仕事が増え,製版のみの仕事は少なくなっている。今後は会社案内などの印刷物は,自社で内製化する企業が増えていくと思われる。過去の経験則からも「製版代カットは突然やってくる」と語る。
 体質を変えないと厳しい時代になることは目に見えている。「新しいことをやる,転換していくきっかけがないと意識は変わらないので,製版会社も努力する必要がある」という。

技術力を維持すれば仕事はある

 今後はサービス面をより打ち出していきたい。デジタル印刷機での仕事が増えていくだろうし,力も入れていきたい。
 E-Printが核になって,他の仕事が追随することもある。例えば,ある企業が受注したもので,最初はE-Printで数百部刷ったものが,次の受注では全国に配るということで,桁違いの受注につながったことがある。発展性を期待できるのも魅力であろう。もちろんその場合は,設備をもっている印刷会社に依頼し,逆に小ロットのものが苦手な印刷会社から受けることもある。
 製版をやっている以上,最高品質のものを出すことが当たり前だと三木氏はいう。技術力を維持していれば仕事はある。画像処理をする以上,製版は残る。技術はデジタルに対応していくが,心はアナログで,人間的な温かみを大切にしていきたいという。
 自社の力を信じ,何ができるかを見極め,写真集を根幹にチャレンジする同社の姿勢には学ぶことが多い。(上野寿)

『JAGAT info』2000年8月号より

2000/09/13 00:00:00


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