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印刷工程のためのデータベース構造モデル

第27回JAGATトピック技術セミナー 特別講演予稿 その1)

室蘭工業大学 機械システム工学科教授
ISO/TC130 エキスパート  三品 博達 氏

1.はじめに

 情報通信ネットワークの設備面での環境整備に伴い,ネットワークを活用した効率的,かつ迅速な作業環境を整えることが印刷関連産業にも必要となってきいます。
 ネットワーク活用にあたっては,情報の交換に伴う手続きの標準化と,交換される情報の中身の共通認識を形成する標準が必要となります。現在多く進められているネットワーク利用技術に関する標準は,前者の手続き上のものです。このため,定められた範囲内で完成された知識内容を伝送するには適していますが,自由な知的発想を伴う内容の伝達や,創造的作業をネットワークを通じて共同作業として行う用途には向いていません。また,生産現場での機器の完全自動化や,オペレータの支援,メンテナンス等を円滑に進めるための情報伝達機構としても不向きです。

 database AMPAC は多用な製品形態と,多用な工程を含む,印刷関連産業での情報蓄積と伝達の基盤として,上に述べたような,現存の標準規格の苦手な内容をカバーする有効な役割が期待できる標準です。

 AMPACの思想背景や意義を述べる前に,AMPACがどんな構成と形態なのかを理解頂いた上で,そのような形態がなぜ必要なのかを説明します。
 内容は,(1)AMPACの仕組み,(2)将来産業ビジョンと知恵活用,(3)創造的作業とは,(4)創造的作業に必要な情報伝達構造,(5)AMPACの創造作業への適用,(6)AMPAC database の共同利用構造,の順でします。

2.AMPACの仕組み―1(約束)

2.1 情報要素(パラメータ)の約束
 AMPAC で標準として定める内容は,印刷関連工程内で使われるあらゆる技術情報の元になる要素(パラメータと呼んでいる)の表現法(書き方)と,この要素を集めて一つの目的とする内容を表現する方法だけです。AMPACの特徴の第1は,この要素の書き方の約束がどんな要素に対しても同じであり,統一された唯一の表し方しかない点です。このため,どんな要素についても,必要なものを同じ方法で取り出すことができますし,格納することも出来ます。この書き方は,「図1 AMPACでのデータ表現の約束」に示したような形となっています。要素の表現に含まれる内容は,要素を特定するパラメータ名,その要素に代入する状態や値,値の単位,その要素の値や状態の決め方や,決める時に関係する多の要素名等が含まれます。

 一つ一つのパラメータは対象に拠らず,状態を決める指標の入れ物に過ぎず,何に対しても,同じ形態です。すなわち,技術情報を取り扱うときの知識の表現はこの形に凝縮されることになります。どのような対象を取り扱うかは,パラメータの名前で指定されます。

2.2 パラメータによる対象の状態表現
 知識のあるものは単独のパラメータだけで示せる場合もありますし,パラメータが幾つか集まることによって意味を持つ場合もあります。これば取り扱う知識の性質に拠ります。
 例えば,紙の巾を210mmと指定したいときには,パラメータ名として「紙巾」を命名し,その値に「210」を単位に「mm」を代入すれば対象の表現は出来ます。

 一方紙の性質を表現するには,紙巾,紙長さ,厚さ,白色度,表面粗さ,坪量といった個々の特性を組みあわせて表現する必要があります。このそれぞれの特性の一つ一つが上に述べたパラメータになります。すなわち,あるもの(例えば紙)の特性を表現するには,パラメータの組み合わせ(一つ以上幾つかの)が必要になります。AMPACでは,任意の対象の特性や状態を表すのに,一組のパラメータのそれぞれに値を入れたデータの形で表現します。この一組の組み合わせのをデータベースのサブセット(部分集合)と呼びます。なぜ,「部分」なのかは後で説明します。

 サブセットの表現法は「図2 AMPAC サブセット表現(対象物)」の様に約束されます。サブセットに含まれるそれぞれのパラメータの順序は任意に決めますが,最初の行と最後だけは,一組のデータのセットであることを示すためと,パラメータを記述するのに使用した符号体系(別の参照可能な国際標準規格なら何でもかまいませんが,なるべく変更のない永続性のあるものが良いでしょう。例えばASCII符号のようなものがこれにあたります)が指定されます。

 AMPACの標準規格としての規定は上に述べた2つしかありません。

2.3 みんなで同じ単語を使おう
   (共通基盤としてコア空間を作る)

 パラメータは技術情報の要素であるわけですから,みんながそれぞれの思いで同じ内容を持つ要素(パラメータ)に別の命名をして,対象を表現する(サブセットを作る)と,意志疎通を図るために要素名の翻訳が必要になります。この翻訳を2者対話のみを拠り所ろにすると「図3 2者対話の翻訳」に示すように膨大な対話のための翻訳機構が必要になります。

 この翻訳は,共通の意味を持つ辞書が,個々の表現と独立したコア空間(共通意味空間)として存在すると,「図4 コア空間を用いた多者間対話」に示すように大幅に減らせられることが分かります。
 このようなコア空間を作るためには,それぞれの対象の表現が異なるような表現法では達成できません。AMPACのパラメータ表現に対象依存性がないことは,このようなコア空間を作るための必要条件を満たすためでもあるのです。

 AMPACでは,印刷工程で使われる総ての要素を抜き出したパラメータ名のリストを,業界全体で協力して作成することを提案しています。但し一挙に完成したパラメータリストを作ることは出来ませんから,基本的なものを暫定的に作り上げ,順次追加することでより完成したリストにしていこうとしているのです。この完成された理想のリストがAMPACのパラメータリストの「完備セット」です。完備セットは,技術の進歩により新たに必要となるものが順次加えられますので,永久に完成しないと言う意見が出るかも知れませんが,AMPACの構造は,その時点ごとに順次加えられた範囲で十分利用できる形となっています。

 現時点で一定の水準での用途を満たすパラメータリストはAMPAC Part2 として準備されつつあります。このパラメータリストが,技術情報要素の辞典であり,AMPAC利用の出発点のコア空間です。

2.4 AMPACはみんなの協力で良くなる
   (コア空間の拡張に参加しよう)

 このPart2 のリストに整理されたパラメータは,誰でも自由に組みあわせて自分の表現したい対象を表現するのに使えます。また,必要に応じて自分で追加して宣言することもできます。この個人個人が必要と感じるものを公表することで,皆が一般性を感じるものを順次コア空間に登録して共通辞書の領域を広げることが出来ます。登録のための認証手続きは,今後業界団体で検討する必要があります。

3.AMPACの仕組み―2(利用)

3.1 AMPACは知識と知恵の結合表現
 AMPACデータベースは技術情報の含む総ての知識と知恵を表現できます。従って,その利用範囲は製造工程は元より,生産活動のあらゆる分野の情報を系統的にデータベース化する手段を提供します。
 具体的な適用範囲例を述べる前に,まずAMPACが述べる「知識」や「知恵」のイメージについて説明します。

 例えば印刷物を作成する生産工程を考えると,使用する生産機械や,資材についてのいろんな性能や品質が必要になります。このような機械や資材についての技術情報は,すべて知識として収集することが出来ます。
 例えば,印刷速度は ***枚/時 で紙幅 ###mm ,紙厚さは +++μm まで対応できる等です。このときの,印刷速度,紙巾,紙厚はパラメータであり,与えられた機械の特性として,それぞれの数値を当てはめられたものが知識となります。

 この知識は2段階で構成されています。第1段階の知識は機械特性を表すパラメータとして,印刷速度,対応紙巾,対応紙厚さ等があるということを知ることです。さらに第2段階として,ある特定の機械を指定したときに,ある定められた特定の値や状態があり,この値がなんであるかを知ることです。

 このような知識はデータとして蓄えることことができ,この集積がデータベースなのです。AMPACの第1の目的は,この第1段階の知識を業界全体の共有データとして蓄積し,第2段階の知識の蓄積や交換を容易にする基盤を築くことです。
 このようにして集積された知識は知恵によって活用されます。AMPACが定義する知恵とは,集積された知識から必要なものを選び出す選択と,選び出した知識を関連付けて利用する利用形態です。

まず,知識の選択について述べます。知識と知恵の関係を用紙特性の表現を例にとって説明します。「図5 知識と知恵の関係」を参照。例えば「A4の用紙は紙の縦横の寸法が21cmと29.7cmであるというのは知識であり,さらにあるメーカのType##の紙は厚さが**μmである」というのは知識です。

 しかし,実際に生産現場でこのパラメータの組み合わせで十分かどうかは分かりません。すなわち,この現場で「この工程を進めるには紙巾だけで十分である」あるいは「紙の白色度と光沢と表面粗さが必要である」といった判断を下して,必要なパラメータを選択するのは現場の知恵となります。

3.2 知恵は知識の選択と関連付け
 第1段階の知恵は,たくさんデータとして用意されている知識から取捨選択して必要なものを拾い出すことです。知恵はそれぞれの判断で決まりますから,自由に知恵を働かせるには知識に狭い限界があってはいけません。
 AMPACが広い知識範囲を設定して,選択が楽なように同一の形式で知識を用意するのは,この自由さを保障するためです。

 第2段階の知恵は,選択したものを組みあわせて決断を下す道筋を示すことです。このためには,データベース内に選択する知識の関連性が同時に蓄えられていると便利です。知恵は後で述べるように,売り物ですから,公開する訳にはいかないかも知れませんが,共同して作業を進めようとする互いの間では自由に交換したり,組みあわせたり,出来ることが必要となります。このためには,知識に付随する知恵は交換できる形になっていることが必要です。

3.3 知恵発動は関連知識の逆引き動作
 AMPACの表現は,知恵の発動が便利に出来る構造になっています。知恵発動のモデルを「図6 知恵の発動モデルと関連事項の検索」に示しておきます。工程内で何かの項目が変更されると,AMPACデータベースに保持されている工程を表すサブセットのリストの関連パラメータの項を検索し,設定変更が必要な項目を探し出すことが出来ます。探し出された設定項目の設定値は,第二段階の知恵として蓄積された手続きによって決定出来ます。AMPACにはこの一連の知恵利用の手順と,必要とするデータをデータベースとして記述する方法が用意されているわけです。

4.AMPACデータはネットワーク構造

 AMPACの約束に従って作られたデータベースはどこで誰が作ったものでも,種々のネットワーク設備を使って自由に結合できます。このデータを用いて実際に知恵を蓄積したり,使ったりする応用プログラムが今後開発されて行くべきです。これらは機械に組み込んだり,プログラムパッケージとして販売できます。AMPACの共通辞書は順次拡張したものがネットワークを通じて公開されるでしょうが,記述形式に変更の必要はありません,これらのプログラムはいつでも適したAMPACのVersionにアクセス出来ます。

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2000/11/21 00:00:00


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