Print Ecology(印刷業の生態学)
5章までの掲載分のindex
6章第1回
印刷経営のシステムは複雑系
6章第2回
複雑系のシステムとは !
6章第3回
予測不能な印刷経営
6章第4回
経営管理もできない
6章第5回
経営のパラダイムシフト
6章第6回
利益志向の経営へ
6章第7回
労務思想のパラダイムシフト
印刷技術のパラダイムがどう変るかということは、社会のパラダイムやマーケットのパラダイムがどう変るかということに依存している。どんなに立派な印刷技術が誕生しても、社会のニーズやウォンツに結びつかなければ先細って次第に消えてしまう。そんな技術はこの10年の間に沢山見てきた。第二世代の写真植字機も第三世代の写真植字機も寿命が短かかった。Eプリントもザイコンも長い間苦戦をしているけれど印刷界でマーケットを作ることができるだろうか。水なし刷版も水性グラビアも立派な技術だと思うけれどマーケットをつかめるだろうか。
これからの社会とマーケットは情報化とグローバル化が先導するだろうという方向は見えているが、中身の方は全く予測がつかないでいる。従って技術のパラダイムも見えないので困っている。情報化とグローバル化の方向とは技術のデジタル化の方向だということは間違いない。デスクトップ・スタンドアローン型のコンピュータがLAN、イントラネット型のコンピュータになり、それが外部のネットにつながり、エキストラネット型、インターネットと接続した。最近は携帯電話、自動車電話、カーナビゲーションなど移動体通信も盛んになり、iモードとして普及し、インターネットにも接続し、モニター画面も大きくなり、Eメールをはじめ多用途に使われようとしている。その反面、モニター画面の高精細化、大容量、高速化を意図してBSデジタルTV放送がはじまったし、2003〜2006年には地上波デジタルも実現するし、併行して光ファイバーの通信網も家庭の入口まで普及するだろう。そして広帯域通信(ブローバンド)技術もソフトと関連して発展するだろう。2010年には私達の会社の業務のスタイルも家庭生活のスタイルも今とは違ったものになるだろう。しかし、それがどんな姿になり、どんなマーケットを作ろうとしているのかは全く分らない。
こうした技術変化は当然印刷技術にも大きなインパクトを与え続ける。CTP、DI、CIP3、PJTF、JDFなどの技術については印刷産業内の技術だから先が読める。しかし、POD(Print On Demamd)と通信技術が合流し、現在の「印刷その後に配布」(Print then distribute)から「通信その後に印刷」(Distribute then Print)になるといわれたり、Quick Printはチェーン展開するといわれると、それが果して印刷産業のどんなマーケットになるのか先が読めない。
最近はEコマースが新しいマーケットを創るといわれている。その一方でアメリカではネットバブルがはじけたといっている。アマゾンは創業以来一度も営業利益が出ていないというし、eToyもとうとう70%も人員削減し、大幅な規模縮小を行っているという。印刷界でもEコマースを口にする人が多いが、どんなマーケットを期待しているのだろう。印刷界のネット技術を単に顧客やサプライヤーに利用してもらったり、その中間に入るネットブローカーに儲けさせるだけではマーケットにならない。ワンストップ・サービスショップ(One stop service shop)とかフルフィルメント(fulfilment)という中にネット技術を取り入れるのは当然だが、それは単なる営業戦術であって、印刷の新しいマーケットというものではないだろう。
「印刷産業はフルデジタル化すべきである」これは大命題であって疑う人はいないだろう。しかし生産技術や管理技術のデジタル化ばかりが呼ばれている。確かに印刷経営はこれからはこの分野に資金投下をすることはmustである。それではこの資金投下に見合う資金還流を何か新しいマーケットから期待できるのだろうか。インターネット、iモード、ブロードバンド技術からどんなマーケットが発生し、印刷界がそれにどのように関与し、どの位の売上高シェアーを期待できるのだろうか。自民党はIT革命を推進するというが、子供たちのゲーム感覚のEメールをiモードで普及させたり、ブロードバンド技術によるテレビの多機能化を実現したりするだけだろうか。ハードウェアの販売マーケットは大いに期待できるだろう。そして新しいビジネルモデルやライフスタイルも出てくるだろう。しかし、それらがどんな姿になるのか全く見えない。デジタル社会が本格的にはじまるのは実はこれからだろう。印刷界は技術的にはデジタルに他産業より近い位置にいるのだから、デジタル技術、ネットワーク技術、データ処理技術などについては今のうちに確り勉強しておこう。
b)テクニカルミニマム
印刷技術の新しいパラダイムについては drupa2000で展開された技術について語ってきたから、それで殆ど語りつくしたと思う。勿論それらの技術は完成したものではなく、方向を示しただけだから、今後どのように展開されるのかはまだ不透明というべきだ。ただ私がここで語りたいのは、不透明、予測不能な環境の中でも、予測可能な最小、最低限の細胞核は見えているということだ。その核の分裂、発展の仕方は分らないが、核だけは見えているのだから、それだけは印刷会社として掌中に入れておきたい。私はそれをテクニカルミニマム(技術の最低条件)と言っている。
ミニマムだから二つも三つもあるわけではない。新しい印刷会社の最低資格は「データ処理」が自由にできることで、これだけは完全にマスターしていなくてはならない。顧客も情報化社会に突入し、いろいろな角度から、いろいろなアプリケイションソフトを使って情報処理をしている。顧客が印刷会社に提供する印刷用素材は、ついこの間まで版下入稿だったが、最近では殆どがデータ入稿になった。CD-ROM、MO、インターネット、専用回線など入稿形態は多様だが、データ入稿には変りがない。データ処理が完全にできなくては顧客との接点が無くなってしまうので避けることができない。このテクニカルミニマムさえ出来るようになったら印刷会社としては合格である。その上でどのように経営を成長させるかは各社ごとに考えたら良い。その考え方のサンプルは全印工連が2005計画を作っているから参考にしたら良いだろう。
●「豊かさと生産性」
ここでもう一度印刷界に注意を促しておきたいことがある。これも何度も書いてきたが印刷界では少しも考慮をしてくれないので敢えて忠告をしよう。私は八年前、最後の第四次構造改善計画を作成した。そのタイトルは「電子化と高付加価値化で創る、豊かさと生産性のハーモニー」であった。私は長い間、「活字よ、さようなら、コールドタイプ今日は!」「カメラレンズさようなら、メモリー今日は!」「ライトテーブルさようなら、ワークステーション今日は!」など、いつも簡潔なキャッチフレーズを作って指導してきたが、私の最後のフレーズだけは長くなったので評判は悪かったようだ。しかし私はこのフレーズに印刷界に対する現役役員としての最後の期待と願いを込めたのだった。
電子化をすれば顧客との新しい関係も生まれてくる。データベースの話も、名簿や書籍のコンピュータ編集の話も、カラー画像のデフォルメやDTP編集の話も、技術として誕生してくる。それがグラフィックデザインと結びつけば顧客へのコンサルタント機能もふえてくる。印刷会社の仕事は一気に高付加価値になっていく。少なくも8年前の印刷界は顧客の興味を引きだし、信用もついたし、社会一般からも印刷界という所はコンピュータを駆使した知識集約型の産業だと思われるようになった。その限りでは、この電子化計画は私が15年位前から暖めていたもので、大成功だったと思っていた。
しかし一方では私の長い間の業界指導の経験から、いづれ失敗すると読んでいた。事実、最近の印刷界を見れば失敗のプロセスがよく分る。ひどい印刷界にしてしまったものだ。技術向上による物的生産性は充分に上ったのに、それ以上に価格破壊を行い、印刷界を目茶苦茶に混乱させ、不況業種の代表にしてしまった。
印刷界に技術革新や新技術の導入があれば生産性が上昇するから数年は付加価値の上昇を楽しめるが、それはほんの1,2年のことだ。新技術や技術革新といっても印刷会社が自分で作り出したものではないから、お金を出せばいくらでも買える。従ってたちまち普及してしまうから、物的生産性の上がった分だけ受注量が不足し、その分だけ価格を競争の中で下げてしまう。私が常に口にする合理化貧乏のことだ。
しかし、電子化の場合は単に印刷機の大型化、高速化、多色化とは一味違う合理化だ。顧客にクリエイティビティ(創造性)を楽しんでもらうという高付加価値化を含んでいる。従って電子化、コンピュータ化、DTP化によってプリプレス部門が合理化し、生産性を上げ、豊かになったら、それを維持して顧客にも喜んでもらって欲しいと願っていた。従来のように生産性上昇すなわち価値の流失では情けない。今度こそ「豊かさと生産性のハーモニー」をとって欲しい。そうした願をこめたキャッチフレーズだった。
たしかに印刷界は大変な勉強をし、電子化を掌中にした。そしてプリプレスと印刷営業とを社内で合体させたので、顧客にも喜んでもらい、付加価値も上り経営に寄与した。しかし、それも3〜4年のことだった。印刷設備の場合は同業者間の競争によって価値流失をしたが、電子化の場合は一般デザイン事務所がDTP技術を導入する中で技術が社会化し、普及することにより稀少性という価値を流失していった。
印刷界が努力した電子化も結局は「豊かさと生産性」が結びつかなかった。しかし、その電子化努力は今日のCTP、DIという技術に進化したのだから、もって瞑すべきなのだろう。それにしても最近ではプリフライトチェック作業も、データの面付け作業も、すべて請求せず、自ら無価値だとする印刷業者が多くなった。物的生産性のことも、価値的生産性のことも全く分っていない印刷経営者には全くがっかりする。自由、透明、公正を重んずる若い世代の登場を心から期待して止まない。
2001/01/15 00:00:00