電子ペーパーの概要とトナーディスプレイ
千葉大学工学部 情報画像工学科 北村孝司
1. はじめに
21世紀の高度情報化社会で人間がストレスを受けず,快適で豊かな社会生活を実現するために,人間と情報のスムーズなインタフェイスを行うことが可能な紙の良さと電子ディスプレイの良さを兼ね備えた新しい表示メディアがデジタルペーパーあるいは電子ペーパーである。デジタルペーパーはサーマルリライタブル媒体と電子ペーパーを含む言葉として定義され,このデジタルペーパーの具備すべき特徴は以下のようである。
デジタルペーパー:いつでもどこでも読んだり書いたりすることが可能
・情報の書き換え
文字や画像の書き換えが自由にできる。
・人間の目に優しい
表示面からの目への刺激が少ない。
・ハンドリング性
薄膜軽量で持ち運びが自由である。フレキシブルである。
・画像の保持
無電力で長時間表示を保持できる。
2. 表示原理
物理的あるいは化学的な現象を組み合わせて表示を行っている。
・物理的
分子 光学異方性――積層型コレステリック液晶
染料分子配向―2色性染料/液晶・樹脂
粒子 粒子移動―――マイクロカプセル型電気泳動,トナーディスプレイ
粒子回転―――ツイストボール
相変化――――透明白濁型リライタブル
・化学的
発消色――――ロイコ染料リライタブル
フォトクロミック
3. 電子ペーパーの形態
電子ペーパーには2つの形態が考えられる。1つ目の形態は,現在の紙のような取り扱いが可能で文字や画像を何度も書き換えることが可能なリライタブルペーパーである。現在のノンインパクトプリンタでハードコピーを作成するのと同じような使い方でこのリライタブルペーパーを使用する。プリンタ内ではリライタブルペーパーを給紙すると,始めに全体を消去し,その後情報の書き込みを行う。使用者は画像の消去を意識することなく,従来の紙と同じように使用するものである。2つ目の形態は,持ち運びが自由な薄膜ディスプレイで長い時間見続けても目が疲れないように反射型表示が好ましい。CPUや半導体メモリを内蔵しており,多くの電子文書や電子ブックをボタン一つで読むことができる。そして,ネットワークとアクセスが自由にできることが望まれる。
・表示,記録装置分離型
書き換え可能な表示層と基紙から構成されるリライタブルペーパーと記録消去用プリンタの組み合わせ。記録消去には,サーマルヘッド,イオンフロー,ピン電極,液晶パネルなど。
・表示,記録部一体型
表示層と制御薄膜を一体化した薄膜ディスプレイ
4. リライタブルマーキング
現在報告されているリライタブル技術としては,透明白濁型リライタブルマーキングとロイコ染料を用いた発消色方リライタブルマーキングがある。いずれも熱記録方式のためサーマルヘッドを用いて記録する。透明白濁型は高分子薄膜の中に脂肪酸の微粒子を分散したもので,110℃以上に加熱すると脂肪酸の溶融により樹脂が膨張する。その後,冷却すると脂肪酸は過冷却状態になり液体のまま存在し,膨張した樹脂が固化する。その後,脂肪酸が固化収縮して多結晶の微粒子となり樹脂と微粒子間に空隙が生まれる。この空隙により光が散乱されて白色に見える。次に,80℃から110℃の消去温度範囲に加熱すると脂肪酸は一部溶融し,樹脂は熱膨張して空隙を埋める。この状態で冷却すると透明状態となり画像の消去が行われる。ロイコ染料を用いたリライタブルマーキングは無色のロイコ型染料と長鎖アルキル基を有する顕消色剤との可逆的な発色および消色反応を利用している。サーマルヘッドにより加熱されるとロイコ染料と顕消色剤が反応して発色し,そのまま急冷すると発色状態が保持される。今度は加熱後,ゆっくり冷却すると顕消色剤の長鎖アルキル基の自己凝集作用により相分離が起こり,ロイコ染料と顕消色剤が物理的に分離されて消色する。
5. 電子ペーパー
a)マイクロカプセル電気泳動
この技術は,米国MITおよびE-Ink社が研究開発を行っている。透明なマイクロカプセル内にブルーの液体と白色微粒子を入れ,電圧を印加することにより白色粒子を電気泳動させて白と青からなる画像を表示するものである。白色粒子には酸化チタンの微粒子を用い,ブルーの絶縁性液体中で電荷をもち安定に分散している。このマイクロカプセルをITO電極付きのフィルム上にシリコン樹脂をバインダとして塗布する。イオンフロー方式で表面に負電荷パターンを与えると白色粒子はマイクロカプセルの下部へ移動して表面からはブルーの画像を描くことができる。そして,全面に正電荷を与えると白色粒子はマイクロカプセルの上部へ移動するので表面からは白色となり画像の消去が行われる。
図1 電気泳動ディスプレイ
b)ツイストボール
米国ゼロックス社と3M社は共同でツイストボール方式の電子ペーパーを研究開発している。半球ごとに白と黒に塗り分けられた球形微粒子の向きを電界により制御して白と黒からなる画像を表示する方式である。2色粒子をシリコン樹脂をバインダとしてフィルム状に塗布してある。粒子の周りにキャビティが形成され,特定の液体で満たされている。粒子表面の白側は負,黒側は正の2色間で異なる電荷が出現し双極子が形成される。このシートの表面に負電荷パターンを与えると粒子が回転して黒半球が上に向き,シートの表面に正電荷を与えると白半球が上に向くので画像を表示できる。
図2 回転ボールディスプレイ
c)2色性染料/液晶
メモリ性をもつスメクティックA液晶に2色性染料を混入したゲスト・ホスト型で液晶に電圧を加えて液晶分子の配列を変化させ,同時に色素の吸収を変化させる方式である。ITO透明電極に液晶,2色性染料と樹脂の混合物を厚さ6ミクロンに塗布してある。始めは色素がランダムな方向を向いているため灰色を示すが,イオンフロー記録により画像を書き込むと染料が配向して白色画像の記録が行われる。次にこの媒体を60℃以上に加熱すると元の灰色状態に戻り,画像の消去が可能である。また,このプロセスとは逆に始めにコロナ帯電により白色状態にしておき,サーマルヘッドによる熱書き込みによる画像形成も行われている。この技術は東海大学や大日本印刷で研究されている。
図3 2色性染料/液晶型ディスプレイ
d)液晶/有機感光体 複合膜
コレステリック液晶は無電界でプレーナ配向となり液晶の螺旋ピッチに応じた色光を選択反射する。弱い電界ではフォーカルコニック配向となり光を透過し,その状態を保持できる。そして,さらに強い電界を印加するとプレーナ配向に戻る。この電界による変化を利用して表示と非表示を制御することができる。媒体への書き込みには有機光導電膜を積層して液晶層への分圧を制御している。600dpiのパターンや8ポイントの文字の表示を実現し,さらにA6サイズのフレキシブル媒体を作成した。また,RGB3層を重ねることによりカラー表示が可能であることも報告している。
e)トナーディスプレイ
ITO透明電極をつけた2枚のガラス板の間に黒トナーと白色粒子を挟み込んで電圧を印加すると黒トナーが電極間を移動して黒と白を表示することができる。黒トナーには導電性トナーを用い,白色粒子には弗化炭素の滑りやすい微粒子を用いてある。ITO電極には電荷輸送層が塗布されており,電極から正電荷をトナーに注入する役目をする。下部電極に接触した黒トナーは電荷輸送層からの電荷注入により電荷をもち,上部電極の負電荷との間のクーロン引力により上部電極に向かって移動する。この時に白色粒子層中を潜り抜けて移動する。上部電極にたどり着いた黒トナーは電荷輸送層を絶縁層としてクーロン力にて付着している。このとき上部からは黒色に見える。次に,印加電圧の極性を切り替えると黒トナーは下部電極へ向かって移動し,下部電極上の電荷輸送層に付着する。このとき上部から見ると白色粒子が見えるので白色表示となる。このように印加電圧の極性を切り替えることにより黒と白の表示が可能である。この技術は千葉大学のわれわれのグループが研究している。
図4 トナーディスプレイ
図5 トナーディスプレイの表示原理
6. まとめ
21世紀のネットワーク時代には,紙と同様な柔軟性をもつリライタブルシートとファイルサイズで持ち運びが自由な電子ペーパーを束ねた電子ノートの出現が期待されている。リライタブルシートは紙とほぼ同じ質感をもち,プリンタにて何回も書き換え可能である。現在のハードコピーと同じスタイルで用いることができるので利用者も受け入れやすい。また,電子ペーパーを束ねた電子ノートはデジタルデータとのアクセスが可能であり,またメモリにより情報を蓄積しておくことが可能である。このように多くの利用が考えられ,電子ペーパーの実現が期待されている。
((社)高分子学会『2000-4印刷・情報記録・表示研究会講演要旨集』より転載)
2001/02/15 00:00:00