本記事は、アーカイブに保存されている過去の記事です。最新の情報は、公益社団法人日本印刷技術協会(JAGAT)サイトをご確認ください。

製版フィルム廃棄損害賠償請求事件判決■裁判所の判断

目次■1.本事件の概要/2.裁判所の判断/3.判決から学ぶべきこと



■裁判所の判断

(1)判決主文
1.原告の請求をいずれも棄却する。
2.訴訟費用は原告の負担とする。

(2)本件製版フィルムの所有権について
製版フィルムの作成は、煩瑣な技術的作業が必要で費用も高額となる。従って、再版の場合、既存の製版フィルムを利用することにより、費用の節減と期間の短縮を図ることができる。
1.本件請負契約では、契約書が作成されておらず、製版フィルムの権利帰属についての書面も作成されていない。

2.一般に、注文者の依頼により雑誌を印刷、製本する行為は請負にあたり、その依頼を受けた者は、注文者の求めに応じて雑誌を印刷、製本の上、これを注文者に交付して請け負った仕事を完成すれば足り、これにより報酬請求権を取得する。しかし、請負人が請け負った仕事をする過程で自己の材料を使用して作成した物品は、それ自体として請負の目的物ではないから、契約当事者間でその所有権について別異の合意をするなど特段の事情がない限り、その所有権は請負人に帰属し、請負人がこれを注文者に引き渡す義務はない。
本件製版フィルムは、印刷工程において印刷物完成のために作成される中間生成物であるから、原則として印刷業者の所有に帰属し、契約当事者間でその所有権や交付について別異の合意をしない限り、印刷業者はこれを注文者に引き渡す義務を負わないというべきである。
中間生成物といっても、一時的作成され、用済み後廃棄される図案等のよなものや、書籍の版下のような再利用の可能性が高いもの、多額の費用がかかるもの、製作が困難なもの等、再利用や費用の点から様々な態様が考えられるが、どのような場合であってもこれらは中間生成物にすぎず、目的物ではない。

3.また、作成費用は請負人が仕事を遂行するために必要な費用であるから、注文者が負担するのは当然であり、さらに本件製版フィルムに、原告側の写真が使用されたり、原告の創意、工夫が組み込まれているとしても、それらは完成して引き渡される請負の目的物に凝縮して反映されるものであり、これらをもって中間生成物にまで原告が所有権を取得する根拠とはならない。さらに、製版フィルムは、その作成趣旨から、印刷業者は独自に利用することができず、それ自体として格別価値のないものであるといえるが、そのことと所有権の帰属とは別個の問題である。

4.このように、製版フィルム、版下について、注文者において、再利用の必要、高額の作成費用の負担、注文者の創意、工夫の組込みといった事情が認められるとしても、そのことがただちに注文者の所有権を認める根拠となり得るものではなく、契約当事者間で注文者の所有とすることや注文者に引き渡すこと等が合意されていない限り、その所有権は請負人である印刷業者に帰属し、注文者が印刷業者にこれら版下や製版フィルム等の引渡しを求める権利を有しているともいえない。

(3)被告の本件製版フィルムの引渡し又は保管義務について
1.雑誌を含む書籍等の場合、再版時に製版フィルムを保管している印刷会社が印刷、製本を受注する成り行きとなることから、そのような場合に備える意味もあって、印刷会社が製版フィルムを保管しているのが通例であり、そのような場合には廃棄するときは事前に注文者の承諾を得るということも行われているように認められる。

2.このように、印刷業者が製版フィルムを保管するのは、再版受注の可能性のためであり、さらに再利用という双方の利益のために印刷業者が自らの判断で保管しているということができ((社)日本印刷産業連合会等への調査結果)、印刷業者が注文者の承諾を得て、製版フィルムを廃棄することは、そうした双方の利益を反映した結果にすぎず、そのことから注文者が引き渡しの権利を有しているとか、自己の承諾なく製版フィルムを廃棄されない権利が保障されているといえるものではない。

3.(社)日本書籍出版協会の調査回答では、製版フィルムは、
 a.出版会社が費用を負担していること
 b.校正、版組に関与すること
 c.重版を予定することが通例であること
 d.印刷会社は無断で出版物を複製することができない
こと等から、特約がない限り、出版会社に所有権が帰属し、印刷会社がこれを保管することが商習慣上常識となっているとし、製版フィルムの所有権を出版社に帰属させるという商慣行が成立していると述べている。
一方、(社)日本印刷産業連合会への調査の回答では、製版フィルムの所有権は、請負の過程で作成される中間生成物に過ぎないことから、出版物、パンフレット等の種類に関わらず、印刷会社に所有権が帰属し、製版フィルムの保存、廃棄は印刷会社の裁量に任され、これが注文者と印刷会社との商慣習となっていると述べ、見解に対立がある。 このような状況からすると、いずれの見解も両者に共通する商慣習として確立していると認めるに足りない。

4.次に、原告は原告と被告の間に本件製版フィルムを引き渡す旨の明示又は黙示の合意が成立していると主張している。
原告代表者は、住宅専門誌1、住宅専門誌2の注文の際、増刷の可能性から製版フィルムを保管しておいてほしい旨の依頼をして、同意を取り付け、住宅専門誌3の際には被告から保管の申し出があったとし、被告の担当者も保管をしっかりやってほしい旨の依頼があったことを認め、さらに住宅専門誌3の印刷を担当した訴外Zの担当者もこれに沿う陳述をしているので、これらを綜合すると、原告と被告との間に原告主張のようなやりとりがあったものと認めることができる。
しかし、(社)日本印刷産業連合会の回答を考慮すると、印刷業者が注文者から製版フィルムを預かり、その返還義務を負うという取扱いが定着していたとは思われないから、上記陳述を直ちに信用することはできず、他にこのような権利を認める根拠となる事実関係を認めるに足りる証拠はない。

5.以上によると、原告代表者は、本件雑誌の印刷、製本を依頼する都度、再版に備えて、製版フィルムを保管するよう被告に依頼し、被告においてもこれを承諾しているから、被告は原告に対し、本件製版フィルムの保管を約束したものと認めることができるから、原告の承諾なく本件製版フィルムを廃棄したことにより原告が被った損害を賠償する義務がある。

(5)原告の請求について
原告は、本件製版フィルムを再度作成する費用の賠償を請求している。
しかし、本件製版フィルムは被告の所有物であるから引き渡す必要はなく、被告が原告に引渡しを約束した事実も認めることはできない。また、被告は、本件雑誌の再版に備えて、本件製版フィルムを保管することを原告に約束しているが、そのことから被告が原告に本件製版フィルム自体を引き渡す義務まで負担したということはできないから、結局のところ、被告の債務不履行により原告が被った損害は、本件製版フィルムを利用して本件雑誌を再版する等による得べかりし利益であり、被告に本件製版フィルムを作成し直すことまで求める権利はないといわなければならない。
そうすると、本件製版フィルムの作成費用の賠償を求める原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。


←前ページへ次ページへ→

2001/08/03 00:00:00


公益社団法人日本印刷技術協会