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資本と労働という対立時代は終わった

塚田益男 プロフィール

2001/8/7

Print Ecology(印刷業の生態学) 過去の掲載分のindex

5-5 新しい経営モデルと労務思想

1)対立概念は終わった

 人類の歴史の中で、支配者と被支配者との対立概念は長い間存在した。20世紀に入ると機械文明が進み、資本の形成が社会的に進行するようになった。そこで資本の所有者、管理者と雇用者という二つの概念が生まれた。この二つが対立概念となり、マルクス経済学が誕生し、階級闘争に発展した。資本を民間資本家から革命により奪い、国家が独占的に所有する形態を作ったのがレーニンのソ連型共産主義国家であり、一種の国家独占社会主義というものだ。ソ連が崩壊し、自由主義社会に移行したので、現在、共産主義を採用しているのは、中国、ベトナム、北朝鮮だけになったが、中国もベトナムも解放型の共産主義になったので、次第に自由主義型に変わるだろう。教条的共産主義として全体主義的な国家観を持ち続けているのは北朝鮮だけになった。

 自由主義社会の中でも所得の再分配について総資本と総労働という対立は続いた。昔、陸軍、今、総評といわれる程、総労働の力は強く、戦後数十年も続いた。しかし、バブルがはじけ、所得の伸びが小さくなり、資本の力も弱くなり、従って雇用の力も弱くなってくると、再分配の原資がなくなってしまう。この状態は上下に揺れることはあっても、今後長く続くだろう。そうなると資本と労働の対立の場そのものがなくなってしまう。

 そこで資本の管理者としての経営者と労働の管理者としての労働組合が、今後、社会的にどのような機能を果たしたら良いのかということが問題になる。ドイツのように参加型経営として労働組合が取締役会に監査役として参加し、経営のチェック機能をもつというのもその一案だろう。しかし労働側に経営体験がなく、単に組織の代弁者として対立概念だけを役員会に持ち込まれても、役員会は機能しなくなってしまう。また労働組合員数が、すでに働く人の組織率の上で22.4%(98年)しかなく、しかも社会全体が個人能力、個人機能の重視を社会思想とするようになった今日では、労働組合が必ずしも働く人を代表する機関ではなくなった。こうした中で、今後どのような形で労働問題に調整機能を持った経営体を作ったら良いのか、まだ答えはない。

 役員会そのものが前述したように株主を代弁する法的取締役会と、利害関係者を代弁する執行役員会と二つに分れるようになってきた。この傾向はまだ大企業の一部で採用しているだけだが、次第に社会全体の思想となり、中小企業の経営思想にも影響するようになるだろう。まだまだ時間がかかるかも知れないが、執行役員会の機能を法的に認知し、その機能の一つに労働の管理者としての機能を持たせるようになれば、それも一つの案だろう。いづれにしろ資本と労働という対立時代は終わったのだから、新しい経営機能を探らなければならなくなった。

2)資本と経営の融合、経営者と社員の融合

a)ROE(Return On Equity)重視の経営(株主資本利益率、自己資本利益率)
 経営をしていれば景気変動の中で利益率が不安定に上下するのは当然である。しかし利益がなければ拡大再生産はおろか、単純再生産も維持できない。本来、単純再生産のための設備更新は減価償却額で充当するのだから、利益は0でも良いことになるが、しかし更新の理由は最近では老朽化のためではなく、技術変化による設備の陳腐化、流行遅れが原因になっている。従って更新期間は短くなっているし、更新価格も上がっているので、減価償却額ではとても間に合わない。まして経営モデルの変更が経営の至上命題だから、そのための設備投資もあるし、技術変化はIT時代を迎えて激しくなる一方だから、利益の確保は重大な関心事である。

 設備投資資金は昔は間接金融時代だから、銀行が調達してくれた。これからは直接金融時代だから、長期資金調達は原則として増資、社債発行、利益留保の三つしか方法がない。利益留保は現在の累進税率の下では時代の動きに対応できないから、増資と社債ということになる。そうなれば増資に応ずる株主にしろ、社債に応ずる金融機関にしろ、利益率の良い会社でなければ興味を示さない。

 その利益率も銀行なら金融収支を営業利益から引いた、売上に対する経常利益率で良いのだが、株主から見たら、払込資本額に留保利益額を加えた株主総資本(自己資本)に対する税引き後の純利益率すなわちROE比率こそ問題になる。このROEの数字が良くなければ、その印刷会社は投資に価しないということだ。少くも世界の国債の利回り位は欲しいということなら、5%位のROEが必要だろう。そうした利益をだすことができてはじめて、株主も経営者も満足ができる経営ということになり、両者の融合が可能になる。競争に明けくれる現状の印刷界では頭の痛いことだ。

b)経営者と社員の融合
 ここでいう経営者とは前述した執行役員またはその組織がなくてもそれと同じ機能を持った、役員陣のことをいう。すなわち株主を除く利害関係者を代弁するものである。その利害関係者とは、得意先、従業員、同業者、仕入れ関係者、銀行、周辺地域住民などである。その中でも経営者と従業員の関係は特に大切である。経営は役員だけでできるものではなく、従業員と一体となる必要があるが、だからといって、昔のように従業員をひと塊にして、労働組合という対立概念があっては経営の一体感は出てこない。

 従業員を自律機能を持ったHolon型社員と他律機能しか持つ必要がないmanual(マニュアル)型従業員と二つに大別する必要があるだろう。holon型社員は会社の経営に積極的に参加し、それなりの報酬を受ける能力と権利を持った社員で、マニュアルの作成と管理も行える機能を持った社員である。

 一方、マニュアル型従業員とはマニュアルの忠実な実行を行える従業員である。近年は設備がロボット化する一方で、対人関係のマニュアル処理も複雑になるので、マニュアル型従業員の教育システムも整備しなくてはならない。

 会社はHolon型社員に対しては日常の経営活動において機敏な判断と行動がとれる、いわゆるHolonic機能が維持できるよう、営業、生産情報へのアプローチシステムをそれこそJobTicket(受注伝票の情報を駆使したオンライン経営管理システム)を通して、整備する必要がある。またHolonic社員の比率は多い方が会社の活力が強くなるので好ましいが、Holonic社員の資質も一様でないので、教育や管理システムを整備しなくてはならない。このholonicスタッフの勤務形態や報酬は本来は年俸契約型が良いし、勤務も自由なフレキシブル制や裁量労働が良い。しかし、現在の労働法規に合わない面が多いので調整が必要だろう。

 マニュアル型従業員の身分は正規社員である必要はないので、パート、嘱託、派遣社員など各種の身分を持つものが増えるだろう。最近は雇用者の方も勤務時間を自由に選べる週35時間未満のパートタイムの方を選ぶようになってきた。特に女子が職場に出るようになったので、その比率は急に増加してきた。一方、会社の方も仕事の閑繁がはげしくなるので、効率の良い雇用形態としてパートタイマーを求めるようになった。パートタイマーは全雇用者の21%(98年)にもふくらんでいるが、レストランおよびフーズ産業、娯楽産業、各種小売業、学習塾、派遣業などのサービス業では60%を越えている。いづれ印刷業でもどんどん増えるだろう。そうした多様な身分の従業員を管理するシステムも作る必要がある。

 また、それらの身分の人は長期雇用契約が前提になっていないので、マニュアル作業の教育システムは単純であることが望ましいが、印刷に関する作業はどれも単純ではないので、システムについてはISO基準なども考慮して作成されることが望ましい。

 さて私が経営者と社員の融合という時は、社員とはHolonic機能をもった正規社員のことをいうのである。このHolonic社員は、終身雇用や年功序列型賃金体系とは体質的に無縁な社員像である。会社における業務遂行の中で学習効果を高め、会社の次の経営モデル、すなわち会社の形質作りに参画し、自分が部分的であってもその分野では主役となり、自己形質を変態し、自分自身の成長と同時に、会社の成長にも寄与するという社員像である。私は、こうしたHolonic社員と会社の経営陣が融合する、そうした経営モデルが必要だと思うし、一方、そのモデルでは非正規社員の人たち特に婦人や高年齢者にも、マニュアルを通して効率の良い雇用機会を与えることができるよう努力すべきだと思っている。

2001/08/07 00:00:00


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