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会社の資産は誰が管理していますか?

〜印刷版(版下・フィルム)引渡し要求に対するルールづくり〜
去る年7月9日、東京地方裁判所にて平成7年以来争われてきた製版フィルムの所有権について、印刷会社の主張を認めた勝訴判決がでたことは、JAGATホームページ、edu-comなどでご存知の方も多いであろう。この判決を受けて9月14日、被告となった(株)ヨシダコーポレーション取締役の鈴木淳一氏、担当弁護士の斎藤利幸氏、大日本印刷(株)知的財産権本部の市川和重氏、凸版印刷(株)萩原恒昭氏を講師に迎え、緊急特別企画「印刷版所有権は印刷会社にあり」と題したセミナーを開催した。多数の経営・営業幹部の方が参加され、改めて関心の高さがうかがえた。この裁判の判決をどう経営に活かしていくかをまとめた。

●権利の主張は経営ポリシーから
印刷版の権利問題は、立場の違いで主張か違うため、どうしても尖鋭的な議論になりがちだが、本来は受発注の関係にあり、相互に理解し合い、メリットのある関係を作りだすことが大切で、争うことが本義でないことは誰も同じであろう。ただ、デジタル化の進展、ビジネス構造の変化の中で、互いの認識のズレは開く一方であることから、新しい認識、知識をもって受発注活動を行う必要がある。なぜなら、前述のように異なる主張、ズレる認識、相反する利害の環境では、やはり感情論になりがちで、感情論になれば受注産業としては辛い立場にたたされる。第一線の営業マンはなおさらである。
そこで、感情論に陥いることをできるだけ避け、印刷の立場を客観的に説明し、互いの接点を見出し、新たな取引環境を構築するには印刷側にきちっとした経営ポリシーが必要である。市川、萩原両氏の話を参考にしながらJAGATで考え方をまとまてみた。各社の検討材料、ルールの確認、参考、あるいは議論のきっかけにしていただきたい。

●基本認識の共有化
 平成2年3月東京地方裁判所判決(一審)
 平成2年12月東京高等裁判所判決(ニ審)
  判決=版下の所有権は印刷会社に帰属する。
 平成13年7月東京地方裁判所判決(結審)
  判決=製版フィルムの所有権は印刷会社に帰属する。

上記の2つの裁判事例によって、ほぼ印刷における中間生成物の所有権は印刷会社にあることが確定したといってもよいであろう。この印刷版(紙型・版下・製版フィルム)の所有権は印刷会社にあることを営業活動すべてに一貫させる経営姿勢が必要である。フィルムを引き渡す、引き渡さない、の営業的議論ではなく、印刷原版所有の権利がどこにあるかの基本認識である。これは印刷業界として共有化すべき認識ではないだろうか。
では、これをどう具体的に現場で生かしていくかを考えてみる。
1. 印刷営業マン、企画担当、デザイナーなど権利関係(著作権も含め)に関わる担当者の意識を高める
 大日本印刷(株)市川氏は、「印刷原版は飯の種である」という意識を持たせることが大切であるという。製品の性格や状況によっては飯の種にならない印刷原版も多くあるが、折角の種であっても種にできない営業マンでは困る。種は「資産」であるという考えが必要で、これらすべてが手元に残らないとしたら印刷に何が残るのだろうか、という危機意識が必要である。
また凸版印刷(株)萩原氏は、これからは多くのクライアントが権利確保の契約書を提案してくるであろうという。当然印刷会社にとっても契約を結ぶことは大切であるが、「戦略的契約」でなければならないという。営業からすれば受注が最大の目標であるため、早く処理したいとの思いから安易に「二つ返事」をすることは避けなければならない。今後のことを十分に考慮して締結する必要がある。そのための交渉を重ねるのも営業の重要な役割であるのだ。これからは、請負契約だけでなく企画提案による独自の創作、あるいは共同開発、技術サポートなど著作権も視野にいれた、パートナーとしての契約・覚書が多くなるであろう。
日常業務の中で意識を高めるには、昨今の品質ISOや情報JISの中で作業標準として実践させるのがよい。また定期的な研修による訓練も必要であろう。

2. 現在の商慣習を見直す
 所有権の確保を崩すような慣習があるとすれば早い時期にあらためることである。それは商慣習は法律より優先されることがあるため注意が必要だ。今回の「フィルム引渡し要求」においては、出版側(日本書籍出版協会)と印刷側(日本印刷産業連合会)の嘱託尋問調書が出されたが、主張はまったく噛み合わなかった。その噛み合わないことが幸いだったどうかは分からないが、『・・・・・…見解に対立がある。このような状況からすると、いずれの見解も両者に共通する商慣習として確立していると認めるに足りない』(平成13年東京地裁判決文より)との判断となった。 この商慣習などは「いつものように」とか「昔からやってもらっているから」といって「口約束」で現場の担当者レベルで作られてしまうこともあるので、それぞれの企業は現状をよく把握をする必要がある。
今回の「フィルム引渡し要求」の場合も口頭で製版フィルムを保管すること等についてのやりとりがあったようであるが、それがあいまいであること、また引渡しのための保管まで含んでいないと思われること、さらには保管の合意があったとしても製版フィルムを作成し直すことを要求するまでの権利は注文者にないと裁判所が判断することによって、幸いにも損害賠償の責任を免れている。
 しかしながら、一歩間違えば、このような製版フィルム等の保管や引渡し、または所有権の移転等に関する約束は、結論を180度変えてしまうことになりかねず、クライアントだからと要請があれば安易に応じてしまいがちであるが、慎重に対応すべきである。

3. 中間生成物の廃棄処分ルールを策定する。クライアントにも周知徹底。
自社の所有物だからといっていつまでも保存することはかえってコストがかかり、飯の種が重荷になってしまう。中間生成物の廃棄処分ルールを決め、事前にクライアントにも知らせることで、保管希望があるかどうかもハッキリする。以下は、ある印刷会社の製版フィルムの保管期間例であるが、見積もりや業務封筒、納品書などに印刷をするのも一手段である。できれば実際の破棄の手順も簡単に銘記しておくのもよい(情報管理の意味で)。
 例:週刊誌=5週間、月刊誌=2か月、臨時号・季刊誌=6か月、パンフ/ポスター=6か月、単行本(書籍)最後の増刷版発行日より2年間、教科書=4年間。

4. 中間生成物の保管または引渡し社内ルールを策定する。
一方、保管または引渡しについても内規を作り、営業マンはそのルールに従って処置をする。一般的には保管がメインになると思うが、選択肢として引渡すこともあろう。ただ「積極的」か「しぶしぶ」かでは大分状況が違ってくるが、企業として最良の結論を出せばよい。大切なことは、営業マンが個人レベルで判断しないようルールを徹底することである。なぜなら中間生成物は印刷会社が所有する財産であるからだ。個人の意思で会社の財産を処分してはならないという極々常識的な規範である。ところが、企業によっては、営業幹部、経営者の知らない(または放任?)ところで、処分されている場合もあるようで、そのような風土は早く払拭しなければならない。

5. 中間生成物の引き渡しには、社内手続きがあることをクライアントに必ず説明する。
たとえば、社内手続きとして、営業会議に提案し、営業課長から部長、事業部長、社長の決裁が必要であること、一営業マンとして決定はできないことを説明することが大切である。次に、有償か無償かを検討する。当然営業マンとしては、引渡しの理由、今後の発注などクライアントとの交渉が必要である。結果は営業的結論を出せばよい。法律論に結論を出すことは意味がない。次のステップとして有償・無償の結論に関係無く、引渡しの場合は「所有権譲渡」の契約書(覚書)を交わすようにする。すべてに可能かどうかは現実問題としてはあるが、この姿勢は大変重要だと大日本印刷(株)市川氏は言う。保管契約のときも所有権を明示する。保管と所有権とは関係がないからだ。ただ保管契約を結べば印刷会社に責任が生じることは当然である。

6. 廃棄・処分後に争いになった場合は、毅然とした対応をとる。
特段の約束がなければ、自社の所有物をどう処分しようが印刷会社の自由裁量であり、問題はないので慌てることはない。クライアントがよく突き付ける論理として、「版下、あるいは製版代を支払っているではないか」だから版下、あるいは製版フィルムは発注主のものである、という展開である。営業マンにとってとても辛い理屈であり、了解することが多い場面ではある。東京地裁の判決では「作成費用は請負人が仕事を遂行するために必要な費用であるから、注文者が負担するのは当然であり、・…(略)・…原告側の写真が使用されたり、原告の創意、工夫が組み込まれているとしても、それらは完成して引き渡される請負の目的物に凝縮して反映されるものであり、これらをもって中間生成物にまで原告が所有権を取得する根拠とはならない」と言っている。見積もりの「製版代」とは印刷会社が投入する技術、ノウハウにかかる使用料、加工料であり、製版フィルムそのものの対価ではない。したがって、製版フィルムの所有権移転の対価を意味するものではないのだ。このことを営業マン自身がしっかりと認識をしておく必要がある。営業幹部、経営者ならばなおさらである。
 さて、上記は、版下、製版フィルムということを基本にしていますが、今後は印刷データがターゲットになることは必至である。

7. 印刷データについても同様の判断
 印刷データそのものの判例はまだない。しかし印刷データについては判例の版下・製版フィルム同様、「請負契約の目的物である印刷物を完成させるための材料あるいは手段という点において印刷原版とまったく差異はないため、原則として印刷データの所有権も印刷原版も同様に印刷会社に帰属する」というのが、現時点での(社)日本印刷産業連合会の見解である。
 ただ、印刷データそのものが所有権の対象になるかどうかの法的問題(対象は有体物でデータ自体は無体物である)があるようだが、情報を可視的に認識するのは、HD、MO、ディスプレイなどを介さねばならないことから、無体物でありながら実質的に管理することが可能であるとの認識で、有体物と同じ解釈ができるとしている(日印産連)。ただしこれはあくまでも印刷側の主張であり、結論(判例)は出ていない。

8. 不当な権利吸い上げには対抗手段を
今後、印刷データを含め、企画提案や開発など重要かつ複雑な業務をビジネスとしていく中で、厳しい要求がでてくることは明らかである。クライアントもデジタル化の中で厳しい環境にあるからだ。パートナーになればなるほど上手な綱引きが必要になるが、時には不当な取引を要求されることで経営的に大きな打撃を受ける場面も予想される。 たとえば、強行規定や規制法などを除けは、契約自由の原則により、二者間における契約が優先されることはご存知のとおりであるが、クライアントは取引基本契約などにおいてデータおよびいろいろな権利確保を目指して来るであろうことは予想される。請負契約だけでなく、提案企画の質が良ければ良いほど、契約交渉が厳しくならざるを得ない。印刷側も交渉を戦略的に進める能力を高めていく必要があるが、規模の違いなどを背景に、契約条件の中で、無理難題を要求され、経営的に大きな打撃を受ける恐れがある場合などは、独占禁止法19条 の不公正な取引方法のうち「優越的地位の濫用行為」のひとつとして「権利の一方的取り扱い」が禁止しているので、緊急手段としてこのような対抗処置が取れることも知っておく必要があると凸版印刷(株)の萩原氏はいう。当然下請け会社への対応としても同じであるため、自らも注意が必要である。
以上、版権所有とフィルム引渡し対応、契約についてまとめたが、受注産業だからという「あきらめ」や「ずさんな対応」を続けていても改善はない。デジタル化をきっかけにしっかりとした経営ポリシーを確立して、ルールにもとづいた対応の中で、新しい取引環境を作り出すきっかけにしたいものである。

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2001/10/12 00:00:00


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