わが社の「環境報告書2001」(第2回)
〜インキの研究と印刷現場の改善に取り組んで〜
清水宏和
(清水印刷紙工株式会社 代表取締役)
前回は、環境を自社の経営戦略として取り組む企業としての姿勢,取り組みの背景を中心に紹介した。今回は具体的なインキの共同開発・印刷現場を通しての取り組みについてお話する。
●だまって刷るのがはたしてプロなのだろうか
長い間、印刷産業=受注産業に従事していると、人に何か言われてから行動するという悪い習性が自然と身に付いてしまうことから、能動的に行動しなくてはいけないと常々自戒している。その自戒の気持ちを強くする契機となったのは、2年前に大豆油インキの開発経緯を観察していた頃に、印刷業界でも優秀な企業では与えられた材料をそのまま使うのではなく、インキの開発にまで関与してきている現状を目の当たりにした時であった。このままでは、自分達が胸をはって「印刷のプロ」であることを自認できなくなる状況を、自らの怠慢から引き起こしているのではないかと強く感じた。
小さな会社の自分達に何が出来るのか?
化学の専門家でもない自分達に何が出来るのか?
印刷物を構成する資材のメインとなるインキにまずは焦点を絞り、現状を前進させることが可能かどうか検証を開始した。
●油性インキの問題点を洗い出すことからスタート
当社では部分的にUVインキを使用しておりましたが、使用量はごく一部の仕事に限定されていた。UVインキは環境配慮がなされていることはぼんやりと理解していたが、その確証を得るために、まずは広く使用されている油性インキについて環境への影響という側面から調査を始めた。
油性インキの問題点としては、
1. VOC(揮発性有機化合物)の問題
2. 重金属の問題
3. 黄インキに塩素系顔料が使用されている問題
4. 環境ホルモンの問題
などの諸問題が列挙されている。UVインキは紫外線により硬化されることから、乾燥促進を目的として配合されている1・2については全く該当しない。4の問題についても異なる樹脂をベースにしていることから、同様に非該当です。油性インキに含有されている有害物質の量は極々微量のものもあるが、環境への影響に対する正しい知見データが未整備であることを考えると、含有量の多い少ないを議論することよりもインキ成分中に存在していることこそ問題視されるべきである。
1に該当する鉱物油成分については大豆油インキ100%タイプがマーケットに上市されており、一部の油性インキについては問題を回避している。しかしながら、未だ残りの問題については完全に改善された油性インキは市販されていないのが現状である。
●塩素フリーUVインキ黄を共同開発
UVインキは上記の1〜3までの問題については回避しているものの、4Cカラー印刷に欠くことのできない黄インキの顔料は油性インキに同じく塩素系顔料が使用されているのが現状である。そこで、当社ではインキメーカーに塩素系顔料を排除した新しいUV黄インキの開発を依頼し、半年間の研究開発を経て生まれたのが『塩素フリーUVインキ黄』である。開発当初は今までのインキとの色合わせ・透明度の相違・コストの問題などの様々な障害が存在していたが解決に至り、2年前に黄インキを『塩素フリーUVインキ黄』に全て切り換えると同時に、その他のプロセスカラー・特色インキも全てUVインキへの切り換えを完了させた。数年前より、印刷用紙に無塩素パルプが多く使用されていることを考へると、インキの対応は一歩遅れているのが現状だ。
付加的な要素として、塩素系顔料は耐光性に著しく劣ることが判明しており、新しいインキは光による劣化を大幅に軽減できるよう設計されている。カーボンアークフェードメーターによる耐光試験の結果、120時間後の『塩素フリーUVインキ黄』の退色度は殆ど認められていない(当社所有の色差計値で△E=2.79/一般のUVインキ黄では△E=6.27)という優れた性能を示している。環境に優しいことと、品質を向上させることは相反するとよく言われているが、当社の印刷物製造においては高いハードルを越えることが出来たと確信している。
●環境マネジメントシステムによって印刷会社としての環境責任を果たしたい
インキを環境負荷という視点からLCA(ライフサイクル・アセスメント)の枠組みで捉えた場合、インキの製造→印刷会社での印刷物作成→残肉として廃棄または紙とともにリサイクルという大きく3つのセグメントに分類できる。インキ製造段階における環境負荷度合の詳細はわからないが、印刷段階における環境負荷については環境マネジメントシステムの枠内でその評価をすることが出来る。当社の印刷現場における基本方針としては、
1.IPAの使用禁止
2.湿し水のクローズ・ループ化
3.洗い油を人体に優しく・環境法規制の対象外に改良
という目標を掲げ、1・2については既に問題の解決に至っている。
UVインキは水とのバランスが大変微妙で、IPAなしで印刷することは極めて困難であったが、協力メーカーに当社向け専用の湿し水を新規開発していただき、ゴールドやシルバーなどの難易度の高い印刷においても完全なるノンIPA印刷を実施している。また2については湿し水循環装置を印刷機全てに設置し、クローズド化による環境配慮もさることながら、特殊フィルターで濾過された水で印刷することによる品質安定にも貢献しる。3については今年6種類の既存品をテストし、更にはインキメーカーに依頼して度重なる新規洗い油のテストを実施してきたが、目標を完遂するまでには依然到達しておらず、来年も継続的に取組んでいく所存ある。
●まだまだチャレンジは続く
インキのリサイクル、即ちインキの脱墨についてはUVインキが劣悪であるとの判断からエコマークの新基準である「紙製の印刷物」の中で禁忌品という扱いに甘んじている。当社では大手製紙メーカーの研究所に依頼し、UVインキ・油性インキ・大豆油100%インキ・ヒートセットインキの4種類について全く同じ印刷物を作成して脱墨試験を実施した。UVインキがワーストではないことがはっきりとデータで証明されたので、意見書としてエコマーク事務局に提出したが、現在のところ私の意見は拒絶されたままである。
* * *
今後もインキの改良すべき点について研究を進めること、会社を支えてくれる従業員にやさしい資材への切り換えを進めること、最終的には品質向上を見据えて継続的改善に取組んでいこうと考えております。
2001/12/28 00:00:00