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DTPは印刷を変えた(7)−印刷100年の変革

●広域ネットワーク下のDTP
1990年当時まで、DTPはスタンドアロン型として発展してきた。その後もスタンドアロン的な使い方も普及しているが、本来のOAの一環である企業内印刷をターゲットにしたEP(Electronic Publishing)としての統合的環境のインテグレーションへの方向に向かっている。

従来は自社システムのクローズド的であったものも、自社のものを中核として他社のハ ード/ソフトとのリンク、およびデータ交換の可能性をセールストークにするような変化 が起きている。その代表的な存在としてDEC、SUN、KODAK、Xeroxなどがある。

その導火線として、ポストスクリプトを採用したプリンタやイメージセッタなどが増加 していることが挙げられる。これはポストスクリプトが業界標準の地位を築いてきた所以 であろう。

またこのことがユーザーにとって、ホストコンピュータやミニコンピュータ、パーソナ ルコンピュータ、ワークステーションなどを有機的に組み合わせることによる、効率的な ドキュメント制作ができるような下地ができてきたといえる。

●両面プリンタの開発
従来DTPのプリンタといえば、普通紙の片面印刷が常識であった。社内文書の数十ページであればともかく、DTPやEPがネットワーク化され数百ページにおよぶ大量ドキュメント制作が可能になると、片面印刷では用紙コストや郵送代が倍になり大きな問題になる。

そこで両面印刷のニーズは高まってくる。
1988年の「CEPS'88」に出展された、Xerox社の「Professional Printing System」と銘うったシステムがある。両面印刷が可能で、自動ステッチング/自動スタッキングなどの機能をもっている。これは後の「Docutech」の前身である。

プリンタ出力の普通紙版下を使い、装置搭載のスキャナで読み取り両面印刷するシステ ムである。印刷速度は50ページ/分で、自動ステッチング機能はMax 50ページ程度であるが、価格は10〜20万ドルになっている。

当時としては小型オフセット印刷機を導入し、印刷した方が安くて速いと思われる状況 であったが、数年後にはDTPで処理したデジタルデータを、直接読み込んで印刷ができるようになった。しかもDTPのカラー化とともにカラー印刷ができるまでに発展し、オンデマンドプリンティングの基礎を築くシステムになった。

1990年当時、米国では新ビジネスとして「DTPサービス・ビューロー」が全地域的に登場した。米国では「コピーショップ」というビジネスは以前からあったが、これらがDTP の登場以来DTPを導入してDTPサービスを始めた。

「DTPサービス・ビューロー」は広告会社、出版社、一般企業、学校などのクライアン トを抱えている。DTPや両面印刷のシステムを導入し、小部数印刷でビジネスを展開して いる。特にマサチューセッツの学校地域などで、技術資料や論文集などの軽印刷物が多い ところに有利性がある(つづく)。

他連載記事参照

2002/02/23 00:00:00


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