JAGATはDTPエキスパートというカリキュラムを作って、印刷物の発注者に必要な知識、印刷物制作の工程における知識、色の広範な知識、DTP関連ソフトや環境の知識、コンピュータの知識などを整理している。それでテストを行うと最近では学科はだいたい偏りなく勉強されていることはわかるが、課題制作の結果を見ると、印刷物の良し悪しを見る目をもっていない、あるいは目を鍛えていない人の比重が増えてきた。
DTPのベテランの人はそれなりに多くなったが、目を鍛えていないとよい印刷物つくりにはつながらない。これはどいういうことかと考えた。結論から言えばDTPのオペレータは過去の印刷物つくりの文化から隔絶された環境に居る人が結構いるということだ。
DTPは最初から自宅のパソコンでも仕事はできるが、過去の写植製版では先輩たちに囲まれている中で仕事を覚えていった。つまり一人で仕事をするのではなく、先輩に怒られながら何年も仕事をすることで、写植製版の作業以上に印刷物の良し悪しも体で覚えていったと考えられる。
このような環境が印刷物制作の環境になくなっても、完全に印刷の表現文化が滅んだわけではなく、それは印刷物そのものを通じて継承されている。しかし誰でも継承しているわけではない。印刷物に対して非常に関心をもっている人は、自力で受け継ごうとするのである。
例えば過去においても、活字を作ったベテランが写植文字も作るというケースは稀だが、写植開発の人は活字の文字から何かを吸収しようとして努力した。ヨーロッパでも16世紀以来のギャラモン書体バリエーションを復刻する動きがずっとあったが、デジタルでフォントを作りやすくなったのでさらに珍しいギャラモンの復刻が行われている。
つまり、今日の印刷物を良くしていくためには、古い世代に頑張ってもらうよりも、出身はオフィス系文書でも、コンピュータエンジニアでも、編集者でも何でもいいが、DTPに熱心に取り組んでいる人が規範とすべき高いレベルの情報や、過去に蓄積されたグラフィックアーツのさまざまな工夫の奥の深さに関心をもってもらうことが重要に思える。
そのようなことから、2000年頃にエッセンシャルシリーズというセミナーを年に2〜3回開催している。テーマは「書体」「色」「レイアウト」などで、「書体」については、漢字の成立から、唐を頂点とする書の成立、書家の書体、日本の江戸文字の成立、書体と木版本、木版と明朝体の成立、それと現代のフォント設計、またヨーロッパの書体史概略などを採り上げた。
色やレイアウトに関しても、DTPなどの業務知識とは違うレベルの、日常使う技術の奥にあるものを整理しようと講師やテーマの工夫をしながら、エッセンシャルシリーズを続けている。ややもすると業務と関係ない理論や、今はもうなくなった過去の話をしている趣味的セミナーのように思われるかもしれないが、実は別の狙いがある。
現在のDTPソフトはバージョンが2桁になるほど改定を繰り返しているが、DTPソフトのコンセプトが変わっているわけではない。AdobeInDesignでさえも2.0になるに従って、従来のDTPソフトと似通ってくるほどで、DTPソフトが処理対象としていることはこの10年間ほとんど変わっていないのである。
しかしDTP関連でソフトウェアでやるべきことがもう残されていないのではない。例えば書体で言えば、1つの紙面で使う書体の統一感とかバランスはどうすればよいか、ある書体と別の書体の類似度をどう考えるか、インストールされているものの中からどの書体を使うのがもっとも相応しいか、など印刷物の品質に関わることにはDTPソフトは全然役に立っていない。
レイアウトでも、余白が大きすぎるか小さすぎるか、見出しの大きさをどうすればよいか、ある雑誌のような雰囲気を出すにはどのような設定をすればよいか、など品質の助けをする機能はない。
色なら、光源や環境などちがう条件で撮られた写真の合わせ方とか、着色の際の配色の良し悪しの手立てとなる情報はDTPソフトにはない。
しかしこれからデータベースが際限なく発達することや、それらがネットワーク経由で使えるようになること、また使うのは人間が検索するだけでけではなく、機械知能によるインテリジェントな処理が進むことを考えると、グラフィックアーツの奥の深さをコンピュータのアルゴリズムにすることに着手しておかなければならない。
今の人に昔の技術や技法に関心をもってもらうとと同時に、次の時代には、それらが誰でも使えるようなソフトにするという開発競争が起こるようになってもらいたいものである。
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5月19日(月)色を科学的に考える
5月23日(金)デジタル時代のレイアウト方法論
2002/04/06 00:00:00