JAGAT技術フォーラム2001年報告書「第1章 総論」 つづき
1.1.1 印刷業における顧客満足の仮説
印刷業に限らず,常に『顧客満足』を創造し,それを維持することが生命体としての企業発展の大原則である。従って,有形無形の横並び的な談合を排除し,自由な競争を指向するすべてのビジネス分野で,「経営指針や行動原理を決定するため独自の『仮説』の構想と検証が不可欠である」,と指摘されるようになってきているのは当然である。
この場合の仮説は,アナロジーとして「事件における犯人捜査」を想定するとわかりやすい。顧客満足を犯人に見立てるのである。犯人像についての仮説を設定し,科学的に状況データを検証して見事に犯人(顧客満足)をゲットするのである。
犯罪事件が発生すると警察は,現場に残された証拠や聞き込みデータなどから,できるだけ客観的に仮説としての「犯人像」を設定するための努力をする。これを初動捜査という。仮説に矛盾がなければ,真犯人をスピード検挙できる。だが,地道な捜査で仮説と矛盾する事実が出てくれば,当初の仮説は修正を迫られ,本説になるまで捜査の努力を放棄することはできない。
このモデルからわかるように,捜査チーム全体として構想した仮説と,現場の個々の捜査員の仮説とは,必ずしも一致するとは限らない。組織に属する一人の人間が,個人的な仮説を構想することは当然あり得る。
組織の仮説と個人的な仮説の間のバランスをどのように図れば良いのか? この微妙な問題もまた経営者の仮説の対象となる。ここでは,企業文化と社員採用・教育に関する問題であるとしておこう。大賛翼賛会的なワンパターンの仮説も危ういが,自己中心的な仮説にとらわれては組織は崩壊する。日頃からのオープンな議論が重要なのである。
特に指摘したいことは,メディアがもたらす情報や口コミ情報の中から十分な検証なしに,自らに好都合な情報を選び出し,仮説構想に利用してはならない。自らの仮説構築は自己責任が原則である。日頃のメディアリテラシー向上の努力が極めて重要である。
より具体的には,わが国におけるかつてのニューメディア関連情報を,皆さん自らが今日の視点で総点検すれば,『現在』と呼ばれる瞬間の情報が如何に『ゆらぎ』の大きいものであるのかがよくわかる。
これはわが国だけの現象ではない。自然と人為を含めすべての選択が決定した過去は,変えようのないものであり必然であるが,現在は本質的に常に揺らいでいる。F1やワールドカップ・サッカーの放映権を独占し,メディアの雄と世界的に喧伝された,ドイツの複合メディア「キルヒグループ」の中核企業「キルヒメディア」が今年の4月8日に自己破産した。放映権ビジネスのバブル的な仮説が破裂したのである。(つづく)
■出典:JAGAT技術フォーラム2001年報告書「第1章 総論」
■参考:2050年シリーズシンポジウム
2002/05/02 00:00:00