1.1.4 21世紀の文明発展の仮説
現代文明は印刷文化が創りだした。歴史を振り返る時,15世紀半ばドイツのグーテンベルクが活版印刷術を発明しなかったならば,ルターの『95カ条の論題』が短時間でヨーロッパ全土に広がり宗教革命が勃発することはなかっただろう。さらには,科学やテクノロジーの発展もなく産業革命は起こらず,経済や政治も違う形となって「今日の世界はない」と想像する西欧の知識人は多い。
筆者もかつてその現場にいて,「テレビやコンピュータは,印刷文化が創りだしたといって詭弁でもなければ誇張でもない」と考えていた。なぜならば,テレビやコンピュータの研究開発に不可欠な数学や物理学・化学,電気・電子工学などの情報は,ほとんどすべてが印刷物で伝達されテクノロジーの発展に深く関与した。
科学やテクノロジーの発展では,データや論文,特許などの刊行が決定的に重要な役割を果たす。公開され,検証され,法則化された仮説は,書籍となって教育や継承に貢献する。今日では,インターネットも広く活用されるようになっているが,刊行物の重要性は今後も低下することはない。
自然科学やテクノロジーなどの分野では,仮説を構想する力の重要性が古くから指摘されてきた。後世に,そのことを強く印象づけたのがニュートンである。ニュートンは,今日では『微分・積分法』と呼ばれる強力な数学を自ら開発し,自然を支配する「力」に関する仮説を1685〜86年にラテン語でとりまとめ,『プリンシピア(原理)〜自然哲学の数学的原理』として87年6 月に自費出版した。
ニュートンはこの本の中で,物体の落下に関するガリレオの発見を三つの運動の法則として取り纏めた。さらに彼は,運動の法則を使って地球と月の間に働く引力を計算する方法を導き出した。すなわち,『万有引力』の仮説である。
しかし,物理学者として大先輩のフックがニュートンの仮説に大反対した。英国王立アカデミーは判断を下せなかった。だがその後,多くの事実(観測データ)が原理の正しさを保証し,今日では一定の限界はあるものの不動の法則として確立している。
米国科学史学会の会長も務めたプリンストン大学のクーンは,これをニュートン革命と呼び「パラダイム(*) シフト」の好事例として,著書『科学革命の構造(1962)』の中で高く評価した。
[*注]クーンが作った言葉:科学における思考モデル
パラダイムシフトと仮説の関連で言えば,1900年にプランクが発表した『量子仮説』と2005年にアインシュタインが発表した『光量子仮説』,『特殊相対性理論』もいろいろな批判にさらされた。
量子仮説とは,「ミクロの世界の量(例えば,エネルギー)は,ある決まったとびとびの値(整数倍)しかとらない」というものである。エネルギー量子仮説,光量子仮説。その後,世界の多くの物理学者が理論や実験の展開に参加,1925年にハイゼンベルクの行列力学,26年シュレーディンガーの波動力学,27年ハイゼンベルクの不確定性原理などがあいついで発表され30年ごろまでに『量子論』として一応の完成を見た。
一方アインシュタインは,特殊相対性理論がニュートンの重力理論と矛盾するとの批判に応え,熟慮の上で1915年に『一般相対性理論』を発表して仮説を完結させた。この仮説の正しさは,アインシュタインが「太陽の重力で,恒星から出た光が曲げられ,星の見かけの位置と実際の位置が違っている」と予測したとおり,19年の皆既日食の時に英国の観測隊が事実を確認して証明された。
先に述べた2つの仮説に対して,熱や光,電子などいろいろな放射現象を新しい技術で観測・検証した結果,ノーベル物理学賞が,1918年にはプランクに対し『量子論による物理学の進歩に貢献』で,21年にはアインシュタインに対し『理論物理学の諸研究,特に光電効果の法則の発見』として贈られた。
1901年に創設されたノーベル賞の記録は,20世紀における科学の飛躍的な進歩を象徴している。広く知られているように,ノーベル物理学賞や化学賞,生理学・医学賞は,論文や著述の形で発表された仮説が,その後のいろいろな批判を乗り超え検証されて,世界的な進歩へ貢献が明らかになった時点で贈呈される。
今日ではニュートン力学を源流として,量子力学・相対性理論をさらに精緻化することで宇宙の森羅万象が説明され,テクノロジーを支配している。例えば,宇宙の根源的な力は4つである(天体間の力「重力」・原子間の力「電磁力」・原子核内部の力「強い力」・原子のベータ崩壊を引き起こす力「弱い力」)。このうちの電磁力は,『電子』の力であると考えてよいが,人間的スケールで日常の力としては最も強力である。
現在では量子論から多方面への発展が進行中である。例えば,素粒子物理学,原子物理学,宇宙物理学,物性物理学,量子化学,そして超LSIなどの量子エレクトロニクスなどである。いわゆるデジタル革命もこれらの法則があってのものだ。
20世紀は,キーワードとしてのロボットやバイオテクノロジー,ナノテクノロジーに宇宙を加えたものが,SF(空想科学小説)の主要なテーマであった。バラ色の未来を描いたSF,悲惨な未来を描いたSFが多数出版化,映画化,マンガ化されたが,文化的にはほぼ中立が保たれてきた。これに対して21世紀は,SF的なテクノロジーが現実のものになる。
物事には頃合い(旬)がある。ロボット(人工知能・生命を含める)やバイオ,ナノテクが21世紀前半に旬を迎える。これに,現在すでに旬を迎えている「デジタル」を加えたものがテクノロジーの4本柱である。重要なことは,4本の柱が『電子』によって密接に連結し,相乗的な効果を発揮すると認識することである。
■出典:JAGAT技術フォーラム2001年報告書「第1章 総論」
■参考:2050年シリーズシンポジウム
2002/05/09 00:00:00