本記事は、アーカイブに保存されている過去の記事です。最新の情報は、公益社団法人日本印刷技術協会(JAGAT)サイトをご確認ください。

ゆれ動く学術誌

メタデータと学術系電子ジャーナルをめぐる技術(第1回)

情報の利用者でもあり発信元でもある研究者。その情報(主に論文)流通の促進に向けてどのような取り組みが進められているのか。

国立情報学研究所 学術研究情報研究系 教授・研究主幹 根岸 正光 氏

インターネットの進展と図書館の現在

学術系電子ジャーナルは,一般にはなじみはないであろうが,インターネットが研究者間で始まったという背景もあり,先進的な取り組みが行われている。

学術雑誌の場合,図書館が重要な役割を果たす。学術雑誌は大学の図書館などを経由して販売されるため,図書館は販売ルートとして重要な位置づけにある。しかし,図書館も最近はインターネットの影響で人が来ないという問題があり,米国では人を集めるために図書館のカフェ化(「インターネットカフェ」ではなく,本当のカフェ,つまり館内食堂の充実)が進んでいるという。

国際図書館連合(IFLA)の2001年のボストン大会では,'Your Library'キャンペーンが行われていた。「サーチエンジンで探すのではなく,近所の図書館に行って図書館員に聞こう」という「歩くサーチエンジン=図書館員」のキャンペーンである。インターネットのような電子メディアの影響が各方面に亘っているという1つの例だといえる。

電子ジャーナル

電子ジャーナルの特性は,机の上で何でもできることである。購読だけでなく,投稿もできれば,査読もできる。出版期間も短縮されるので,研究成果情報の早期発表に向いている。データベースとリンクしているので,抄録を見た後,すぐに論文の本文へ飛べる。現在は,まだ費用はかかるが,将来的には安くなるだろう。

その一方で,これには保存性の不安がある。発行者側のサーバ上に情報が保存されているとはいえ,学会が解散したり,出版社が倒産した後はどうなるのか。紙雑誌の場合は,図書館が雑誌を購入して保管しているが,デジタルデータについては何も残らないのではないかという危惧がある。この対策として,米国の図書館の共同運営体であるJSTORや,NIH(National Institutes of Health)が運営するPubMed Central などではアーカイブを進めている。大手出版社であるElsevierとYale大学は提携して永久保存技術の研究を始めた。しかし,保存性については,まだ不安があるという状況である。

いずれにしても,電子ジャーナルが急速に伸びていることは,'Ulrich'の雑誌のカタログでの調査結果として報告されている。紙の媒体から電子媒体に代替するところまでは至っていないが,紙と電子を両方発行するということが進んでいる。

学会誌と商業学術雑誌

学術系の雑誌には,学会誌と商業学術雑誌がある。学会誌は学会が出版する。欧米では,民間の出版社も学術雑誌を多く出版している。その代表が『ネイチャー』である。現在,Elsevier社などの大手の商業学術雑誌出版社は学会誌の編集・販売権を積極的に買収しており,これを研究者は問題視している。

学会誌は,基本的には会員に配布するものであるが,民間出版社の商業学術雑誌との競争のために,学会も連合出版社化して体制を強化する動きがある。例えば,American Institute of Physicsは物理学会そのものではなく,物理系の学会が集まって「出版社」を設立したものである。日本でもJJAPという物理の雑誌を発行していた団体が,2000年にIPAP(物理系学術誌刊行会)に改組して,連合出版活動を強化するという動きがある。

一方,Elsevierなど商業出版社は,図書館相手に少数部数を売る。このため,非常に高い値段で販売されており,値段は毎年上がる。電子化も進めているが,それにしても値段も上昇しつづけているので,結果的には学術研究を阻害するだろうと,研究者の間では懸念されている。

そこで出てきたのが,SPARC(Scholarly Publishing & Academic Resource Coalition)という反商業主義運動である。アメリカで始まった運動で,商業出版社を排して,学会・研究者が大学図書館と組んで,みずから雑誌を出版しようという試みである。SPARCは,Elsevierが出している雑誌と同じテーマの雑誌を出版して対抗している。また,高額の商業誌は有名な先生を集めて編集委員にしているが,そういう人たちは,学術コミュニティの敵だとしてWebで委員名簿を公開し,辞めるように圧力をかけるということもしている。

日本でも同様の動きがある。通産省が2,3年前に中小企業投資事業有限責任組合に関する法律を作った。ベンチャーを育成しようという趣旨でできた法律であるが,それを応用して,「批評空間」は独自の出版活動をやっている。

電子ジャーナルと図書館電子化

日本の全大学図書館での統計データによると,購入雑誌のタイトル数は終戦直後の1万タイトルから,1990年頃の4万タイトル近くまで伸びたが,近年急激な落ち込みを示している。この危機的な状況に対抗するものとして,電子ジャーナルが考えられる。電子ジャーナルを積極的に導入することにより,現在のようなタイトル数の落ち込みをすこしでも回復しようという運動が,大学図書館を中心に展開されている。

この場合の電子ジャーナルの売り方は独特で,主にサイトライセンスまたはコンソーシアム方式で売られている。サイトライセンスでは,大学や会社などの組織単位で契約をして,一定額を支払うと使い放題という一括販売である。この評価は難しいが,現状ではアクセス制御技術が未発達なので,出版社と図書館あるいは機関の間の妥協点としてなんとか成立しているのではないか。

一方,国が主体で一括購入する例(ナショナル・サイトライセンス)もある。イギリスのNESLI(National Electronic Site License Initiative)という,イギリスの文部省にあたる組織が音頭を取って,国内全大学のために一括購入するという方式もある。

日本でも国立情報学研究所(前学術情報センター)が,一部の電子ジャーナルの大学向き試験提供を進めている。

電子ジャーナルの今後

ADSLなどの常時接続が普及すると,流通形態に大きな影響を与えるだろう。また,現在は紙と電子を折衷したようなPDFが普及しているが,物理的な紙にこだわらず,電子の紙が飛び交うという状況になりつつある。

データ交換の技術としてXMLが大変なブームである。XMLは,インターネットとの親和性が高いという特徴があるため,この技術を利用することで相互流通が格段に簡単になるだろう。

現在,電子ジャーナルは,IPアドレス固定という非常に原始的な制御技術でサービスを提供している。今後は個別にコンピュータを識別し,端末側での保存不能,閲覧の度に認証・課金するなど,きめ細かいアクセス制御を行い,課金する技術が発展していくだろう。

電子ジャーナルに関わる人には,研究者,出版社,学会,データベース業者,図書館がある。

研究者は論文を読むし,書くこともある。ユーザでもあり発信元でもある。研究者の一部にはインターネット万能論が根強く存在する。彼らは自分のWebサイトに論文を発表して,好きな人がお互いに読み合えばいいし,図書館も学会も何も要らないと考える。論文の格付け機構として学会が要るとしても,日本人同士だけの日本の学会は無価値で,すべて「国際的」な学会に集約すればいいという議論もある。

雑誌という形態が不要だという議論が出る一方で,研究評価の方は依然として保守的である。例えば,『ネイチャー』に出された論文は,依然として権威がある。論文をWebサイトで公開できるとしても,評価対策,生活防衛のために権威ある雑誌に投稿することは必要だという議論もある。

出版社やデータベース業者は,電子出版を推進している。そこで,学会の電子出版が課題となっている。これに対して,国立情報学研究所や科学技術振興事業団などがオンラインジャーナル編集・出版システムの開発事業などで支援してきた。

SPARCも支援活動をしており,中小学会が雑誌を電子化する際の指導を行っている。その成果としてBioOneやProject Euclidというシステムが動いている。

出版社はアグリゲーターと称して,いろいろなものが1ヵ所で見られるワンストップショッピング化を図っている。サービスの特徴は,引用文献をリンクして自由に飛び回れるという点である。これは学術雑誌の特徴のひとつだろう。論文は引用というリンク構造があるので,それをうまく辿れるようにすると,お互いに露出度が上がっていく。

この関係で大きな動きに,欧米の大手出版社や学会が協同組合方式で作ったCROSSREFがある。少し前のデータだが,88の出版社・学会の5400誌がこれに加盟しており,論文が370万くらいあるという。それぞれの論文にDOIという背番号を付けて,その間のリンク機構が働くようになっている。具体的には,CROSSREFのホームページにデモ画面が掲載されている(http://www.crossref.org/)。例えば'EMBO Journal'という生物系の雑誌を電子ジャーナルとして画面で読んでいくと,最後に引用文献が付いている。普通はそれで終わりだが,CROSSREFは引用文献がクリッカブルになっているので,クリックするとその論文の本体が見られる。さらに,論文がどこから引用されているかという,逆リンクの機能もある。論文単位でのバラ売り方式で,読みやすい環境を整え,より多くの人が読み,買ってくれるような状況にしていくことを目的としている。(第2回へ続く)
(2002年2月8日PAGE2002コンファレンスI1「コンテンツとメタデータ」)JAGAT 通信&メディア研究会 会報「VEHICLE」2002年3月号より

■国立情報学研究所 http://www.nii.ac.jp/index-j.html
■学術情報の総合プラットフォーム「GeNii(ジーニイ)」 http://ge.nii.ac.jp/outline-j.html

関連セミナー 「コンテンツ高度利用のためのメタデータ
DublinCore,SemanticWeb,Mpeg-7など今もっとも話題のメタデータ技術について紹介

2002/05/16 00:00:00


公益社団法人日本印刷技術協会