PAGE2002の基調講演の際に、(株)東芝iバリュークリエーション社社長河田勉氏は、日本語ワープロJW10を作るときに,キーボードで本当に文字が打てるのか,ディスプレイに文字を出して本当に読めるのか悩み,実験をした話をした。その頃は今のコンピュータの元となったヒューマンインターフェイスについてゼロックスのPARC研究所が詳細な論文を発表していて、それが非常に印象深かったと語った。
PaloAlto研究所でマウスやディスプレイを実際に試作し,ユーザが使って評価するという姿勢は非常にすばらしく,そこでは人間とドキュメント,見え方,手の動きというようなことをきちんと学問として成立させていて、それらを後の人が継承してコンピュータが使いやすくなった。
日本語ワープロも当時の文書作りの固定観念に反逆しながら、実験を重ねて自分のやっていることに自信を深めていったことを振り返っておられた。当時タブレット入力という方法もあったが、文章を作る実験をタイピストや一般の女性をたくさん集めてやったら,自然と全員が仮名漢字変換しか使わなくなって、二度とタブレットに戻りたくないと言ったので,これは絶対に勝てると思ったという。
今日のIT化に至るまでには、このように自力で仮説検証を重ねて今までないものを形にしていく、無から有へのパイオニア達が必要だった。DTPのきっかけとなったWYSIWYGワークステーションやイーサネットなど、コンピュータを今日の姿にしたさまざまな要素がPaloAlto研究所にあり、その中でもオブジェクト指向言語やGUIの研究開発をしたアラン・ケイが有名である。
このような純粋研究者に比較して、BASICやDOSなど製品を作って商売しながらも「Information at your fingertip」に向けて精力を注いだビル・ゲイツは低く見られがちだが、そのようなことはないと思う。むしろ今日では純粋研究者はおらず、自分の喰いぶちを確保しならが理想に立ち向かう人の方が偉いかもしれない。
いずれにせよ1980年代は技術もビジネスも「溜め」の時代で、それがあってこそ1990年代の後半に爆発的なIT化が起こったのであって、90年代末からベンチャーごっこをしてもたいした事にならなかったことが、ITバブルの崩壊で証明されたように思う。今はまた「溜め」の時代に入っているのかもしれない。
印刷業界を支えた今までの構造が変わりつつあり,過去の固定観念ではカオスにしか見えない現状なのだろうが、変化の性質をよく理解すると、カオスの向こうに今後の方向が必然的に考えられる。今までのような投資の見返りが期待できなくとも、あらたな時代に向けての「溜め」をする以外になく、過去にとどまるのではなく、やはり一歩づつ踏み出すしかない。
ビルゲイツを始めインターネットで成功したところは,大きな「夢」を描くと同時に,新しい理論やテクノロジーをベースにした「仮説」を立てて,それを自分で検証し,軌道修正しながら成長したのである。その意味でデジタル革命は突然変異ではなく,やはりデジタル時代にあった,科学的な経営の産物であるといえる。これこそ印刷業界が今学ばなければならないものではないだろうか。
来る6月12日に開催するJAGAT大会2002では,Xeroxの新事業構築の経験をもとに、富士ゼロックスのカンパニーのひとつであるコンテンツワークス(株)の軒野仁孝氏に、新規事業構築の方向性、組織運営、企業構造、など新規事業構築にあたっての要点を伺う。また新たな事業にチャレンジしている若手印刷経営者の方々との議論などを予定している。「逆境の中の一歩」を踏み出すために,ぜひご参加ください。
6月12日 JAGAT大会2002 「逆境の中の一歩」 於:椿山荘
2002/06/05 00:00:00