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デジ放談♪番外編/前田@ライン・ラボからの返信(1)

〜うつりゆくものこそ組版なれ〜

Ayaさま 組版はだれのものか,組版ルールはだれが決めるのか,という問題設定への共感とAyaさんの思索の真摯な姿勢への敬意をもっておたより拝読いたしました。言葉とは何か,ルールとは何かについては私とは認識のズレがあるのかもしれませんが,文字や組版についての個々の感性的認識にはほとんど同感です。

文字組版の仕事にたずさわるひとりとして私は,日本語文字組版が直面している重要な課題はワークフローの問題であり権限と責任とが分裂していること,つまり権限を持つ人たちには責任を果たすべき能力がなく,責任能力を持つ人たちには権限が与えられていない,という問題だと考えています。解決のためには,フォーマットと組版ルールにかかわるいっさいの権限を組版の設計者と施工者に与えよ,そのため個々の仕事ごとにプリプレスを,場合によっては川下まで含めてすべてを統括するプロデューサーを中心にしたチームを作り,工程をゆだねよ,ということです。先日のみずほ銀行システム障害事件で経済誌に「SEに権限を与えなかった銀行の「無知」」という記事(『週刊エコノミスト』2002年5月28日号)がでていましたから,これは組版という分野にかぎったことではなく,「いま・ここ」の社会のあり方自体のことかもしれません。



組版はだれのものなのでしょうか。Ayaさんは【広い意味での組版作業者と読者の二者が挙げられるのではないかと思うのですが,それぞれを一括りに考えてしまってたちゆく現状なのかどうか〔……〕作業者にも読者にも,「プロ」と「アマ」の如き,二つのあり方が存在するのが現状ではないか】と指摘されました。

 最近はInternet Explorerや Netscape,Operaなどのウェブブラウザでは,フォントの種類や色,さらにスタイル(css)などの権限について,発信者(書く側)優先か受信者(読む側)優先かを設定できるようになってきています。また角度を変えて批評という分野で考えてみても,作者の内面を問う批評から作品自体への批評へ,さらに読者にどのように受容されたかを問う批評へと推移してきています。つまり,テクストを書いたり組んだりする主体自身が読み手でもあるという事実から組版をとらえるようになってきたのだと私はとらえています。

 組版者は読み手と書き手をつなぐところにいますが,プロフェッショナルもアマチュアもいて,Ayaさんのお言葉を借りれば【なんとなく文字を並べ,それをフィニッシュワークとして何ら痛痒を感じない・流さざるをえない】日々のルーチンワークに埋没したままでは,組版はだれのものか考え直すこと自体見失われがちです。しかし,プロとアマの境界が不分明なことは悪いことではなく良いことです。なぜなら,書くことの個々人への開放の過程がもたらした結果だからです。インターネットの急激な普及のため本が読まれなくなったと嘆く自称文化人たちがいますが,この社会に流通している文字たち,つまり書くことと読むこととの総量は携帯メールから新聞雑誌までむしろ増えているのではないでしょうか。変化による「悪いこと」の裏には必ず「いいこと」がはりついています。また個々人の職業選択の自由を実現しようとする立場からしても,組版や印刷という仕事の新規参入の壁が低くて開放的であることはいいことです。



次に【組版品質をどうやって管理すべきか?】という問題です。これには,よい組版,正しい組版とは何か,という問題と,組版の品質をどのようにあげていくのかという問題とがあります。

 よい組版とは何か。組版は読書という機能を維持しながら版面に文字列を組み上げる技術ですが,ある日突然作り出されたものではなく,組版ルールも別に政府が決めたものでもありません。活版から写植を経てDTPへという技術の継承の歴史の過程で形づくられ,受け入れられてきたものです。近年ことさら「組版の乱れ」ということがいわれますが,いつの時代にも水準の高い組版も低い組版も存在していました。

 【私の疑問は,「誰でも入手できて,理論的に構築された組版ルール」が,業界の統一的立場から成立しているのだろうか? ということなんです。例えば「可読性」という,組版の「目的」であろう性質についても,科学的・統計的データがどれほど取られているのか】と問うAyaさんは【何を「読みやすい」かとする理論のほうも、書体や文字詰めなど、時代時代によって、権威ある会社や人物や一般論が「読みやすい」とする組みが変わっているような気がするんです。】と指摘されました。私は2000年夏,「組版の哲学を考える〜規範的ルール観からの解放を!〜」で,言語は絶えず変化し,言語を扱う技芸としての組版とそのルールもまた変化することによって創られつづけていると書きました(技術評論社刊『WindowsDTP PRESS』vol.8掲載)。

http://www.linelabo.com/wdtp0008.htm/

 近代以降の「可読性をめぐる実験」はどう読んでも怪しいものが多いのが事実です(私は図書館でも調べましたが,慣れやなじみ自体が歴史と社会の産物であることにすら自覚のない「研究」がほとんどです)。しかし,最近になって笹原宏之さん(国立国語研究所)や池田証寿さん(北海道大学)による字体についての規範意識のうつりかわりの研究や,苧阪直行さんらによる読むことが脳のなかでどう働くかをしらべた『読み 脳と心の情報処理』(1998年,朝倉書店)のようなすぐれた研究がでてきており,跳躍−停留−逆行−行かえという読みの眼球運動のなかで人間は字脈を読み取り,文脈を読んでいることが明らかになってきています。Ayaさんも指摘なさっているとおり,ボディいっぱいに平均化してデザインされた文字のほうが字種,字脈を判別することが難しく,「読みにくい」ということはいえるようです。



組版の品質をあげていくにはどうすればいいのか。たとえば,受けの括弧(終わり括弧)が縦組みの版面の下端からぶら下がっている組版が最近ときどきみうけられます。伝統的な日本語組版からすれば,句点や読点以外の約物はぶら下げません。その括弧がぶら下がってしまったのはデザイナーや組版者,編集者の「無智」が原因なのでしょうか(もしそうなら,欠如している正しい知識を「啓蒙」しなければ,ということになります)。また校正者が見落とすほどに時間に追われる工程に無理があるのでしょうか。組版や校正に時間やお金をかけなくなった出版社に責任があるのでしょうか。

 私が尊敬するある技術史家はこんなことを言っています。  「〔…〕生産手段が労働過程において過去の労働の生産物としてのその性格を主張するとすれば,それは,その生産手段の欠陥のせいである。〔……〕優秀な生産物にあっては,過去の労働によっての,その生産物の使用上の諸属性の媒介が消えうせている。」

 そう,こういうことです。括弧がぶら下がったり,行中で文字サイズを下げた部分のセンターラインが揃っていなかったり,という現代の日本語組版の「乱れた」現象は,そのほとんどがQuarkXPressという「生産手段の欠陥のせい」だと断言していいのではないか。もちろん,他方ではそのような「乱れ=悪いこと」の裏には,組版という作業を開放したパソコンの普及やQuarkXPressの果たした「役割=いいこと」がはりついています。QuarkXPressと違って,EDICOLORやInDesignにおいてはその欠陥は取り除かれ,「過去の労働によっての,その生産物の使用上の諸属性の媒介が消えうせてい」ます。しかし残念なことに,そうした優秀なアプリケーションの一部にも字間と字送りとの関係と区別についてのバグが存在し,「過去の労働の生産物としてのその性格を主張」しています。

*-*-*-* プロフィール *-*-*-* ●Aya: 大学在学中,デザイン事務所の月給取りと学生の二足の草鞋をはき,DTPオペレーション技術を修得。卒業後大学の先輩と編集プロダクションを起こし,その後フリー編集者/ライターに。クラフト誌,DTP関連雑誌等の執筆,編集を手がける。一貫した零細エンドユーザー指向?は,趣味の海外旅行を続けるためとか。最近は手製本教室に夢中。DTPエキスパート。神戸生まれの京都育ち。乙女座,O型。

●前田@ライン・ラボ: 

MIE®

 写植,DTPによる組版をへて現在は多言語処理や自動処理組版などを中心に プリプレス分野でのディレクター業のかたわら東亜文字処理ライン・ラボの ページ http://www.linelabo.com/ を運営。 1974−75年『労務者渡世』編集委員会代表,1996−98年日本語の文字と組版を考える会世話人,1996−99年日本規格協会電子文書処理システム標準化調査研究委員会WG2委員, 2001年−句読点研究会世話人。藤山直美と同じ山羊座の大阪生まれ。A型。



*-*-*-* デジ放談♪ バックナンバー *-*-*-*

2002年3月6日UP!その1(プレ放談)
2002年3月20日UP!その2
2002年4月10日UP!その3
2002年4月21日UP!その4
2002年5月9日UP!その5
2002年5月25日UP!その6
2002年6月6日UP!その7
2002年6月23日UP!番外編/Ayaの往信(1)
2002年7月5日UP!番外編/Ayaの往信(2)

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2002/07/01 00:00:00


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