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デジ放談♪番外編/前田@ライン・ラボからの返信(2)

〜うつりゆくものこそ組版なれ〜

Ayaへの手紙の続き!)

ことばと組版をめぐる規範は,歴史と社会のなかでたえず変化しています。しかも,その規範に対してどのように従うかは機械の問題ではなく,人間の問題です。組版のアプリケーションソフトをつくったのも人間なら,それを使うのも人間です。組版はけっきょくのところ人間の問題であり,人間と人間の関係の仕組みの問題だとおもいます。

 日本語文書の組版の標準化は現在にいたるまで実現していません。写研が中心になってまとめられた『写真植字のための組版ルールブック』(1973)がながいあいだ参照されつづけてきました。日本語ワープロの出現と組版・印刷をめぐる急激な業態の変化に迫られるようにしてこの10年ほどのあいだに研究がすすんできています。府川充男さんの『組版原論』(1996,太田出版),逆井克己さんの『基本日本語文字組版』(1999,日本印刷新聞社)は,活版から電算写植にいたる伝統的な組版ルールを系統的に整理しました。とくに『組版原論』は豊富な実践に裏づけられたさまざまな経験値も示され,貴重なものです。

 JIS X 4051(日本語文書の行組版方法)は1993年制定の第1次規格,1995年改正の第2次規格をへて現在,第3次規格の開発中です。JIS X 4051は読点を終わり括弧類クラスに分類するという'発見'によって組版理論の研究史に新たな貢献をなしましたが,これは同時に行末で字幅ゼロになるぶら下げ処理についての規定を避けるという犠牲をともなったものであり,第3次規格で予定されているページの組版体裁の指定とともに課題として残されました(毎日の仕事を考えれば明白なとおり,書籍のフォーマット指定では改ページルールは改行ルール以上に重要であり,JIS X 4051に対する評価はページ組対応が予定されているときく第3次規格を見てからにしたいとおもいます)。句点類とともに読点類は,ぶら下げあり組版では,行末で字幅がゼロになるというふるまいをするわけです。これをも規定しようとすると,さまざまな約物の組版における属性分類を再整理する必要があります。

 鈴木一誌さん,向井裕一さんと私による「明解日本語文字組版」(1999,玄光社)では行末処理の意義とぶら下げのパターンを検討し,向井裕一さんと私による「日本語行組版実践の概要(仮題)」(近刊)では行末・行頭・行中位置による約物の字幅とアキの関係を明らかにしています。こうした研究史をふまえれば,組版ルールを考えるときに大切なことは,何を旧い技術による束縛,残滓として捨てるのか,また,新しい技術による再編成のなかで整理,省略するのかしないのか,といったことを,現在なされている日本語組版の個々の事実を腑分けするなかで考えていく必要があります。



Ayaさんは【読まれること以外の機能が最重要視される文字組み,というものは存在するのでしょうか。】と問いかけておられます。言葉というものが,わかりあうこととわかりあえないこととのせめぎあいのなかに存在し,伝達と表現との接点に存在しているかぎり,私は,組版も情報を伝えあうという目的を土台にしながらも,文脈としてはいろいろな機能があり得るとおもいます。書くことの道具がもっぱらパソコン上のワープロソフトになってきた現在,書き手自身にまで組むことへの関与が多かれ少なかれ期待されるようになってきています。手で書くこととそれを一部の専門的な職業的組版者が組むこととはかつては分離していました。いま,確実に変わりつつあります。かつては専門的な技能であった組版の技術が,共有されるべき知識として社会的なリテラシーのひとつになってきています。

 伝統的な組版における習慣化されたさまざまなルールをなぞろうとする方向と,新しい技術基盤にそって新しいモデルをつくりだしていこうとする方向と,二つの方向はいずれも歴史的必然性があります。技術の変化は急激ですが,読み書きの慣れやなじみの変化はゆっくりしたものです。原稿用紙の使いかたが教育現場から姿を消していっているらしいことも,変化の反映であるとともに,その変化を加速していっているのかもしれません。また,パソコンや携帯電話の急速な普及がもたらしつつある日本語組版へのもっとも大きな変化は,欧字混植の急増とともに行組方向のデフォルトが縦組みから横組みへと変わりつつあることです。後の時代からふりかえってみれば,現在は表記法から文字組版にいたるさまざまな習慣が一変するような転換の時代と位置づけられる可能性が大きいのではないでしょうか。

 組版をとおして「読みやすく」伝達するだけでなく,ときには「読みにくく」表現することもあり,これは人間が言語に託すものと共通です。私は伝達をも表現をも貫く目的意識とは何かをかんがえ,〈よい組版,正しい組版とは交通をいざない,惹き起こすものである〉と仮説しています。コミュニケーションへの意欲をかりたてるものがよい組版,正しい組版だというわけです。組版の哲学と技術もまた歴史と社会のなかでたえまなく変化していきます。〈うつりゆくこそ組版なれ〉ということです。



『世界文字辞典(言語学大辞典別巻)』(2001年,三省堂)の「日本の文字」の項目における笹原宏之さんの指摘を紹介して,Ayaさんへの返信のしめくくりとしたいとおもいます。

 「日本の文字における,世界で随一といえる多様性を,正書法のない整理すべき無秩序と見るか,自由な選択が可能な豊かさと捉えるかは,文字の使用者の判断にかかっている。少なくともこのような現状は,日本人が語彙の中に外来語を受容し,変容させてきた態度や,外来文化を消化し,改良を加えてきた精神と,根を同じくしているといえるであろう。」

Ayaさんのご意見をおきかせください。ご自愛を祈りあげます。

前田年昭 tmaeda@linelabo.com

*-*-*-* プロフィール *-*-*-* ●Aya: 大学在学中,デザイン事務所の月給取りと学生の二足の草鞋をはき,DTPオペレーション技術を修得。卒業後大学の先輩と編集プロダクションを起こし,その後フリー編集者/ライターに。クラフト誌,DTP関連雑誌等の執筆,編集を手がける。一貫した零細エンドユーザー指向?は,趣味の海外旅行を続けるためとか。最近は手製本教室に夢中。DTPエキスパート。神戸生まれの京都育ち。乙女座,O型。

●前田@ライン・ラボ: 

MIE®

 写植,DTPによる組版をへて現在は多言語処理や自動処理組版などを中心に プリプレス分野でのディレクター業のかたわら東亜文字処理ライン・ラボの ページ http://www.linelabo.com/ を運営。 1974−75年『労務者渡世』編集委員会代表,1996−98年日本語の文字と組版を考える会世話人,1996−99年日本規格協会電子文書処理システム標準化調査研究委員会WG2委員, 2001年−句読点研究会世話人。藤山直美と同じ山羊座の大阪生まれ。A型。





*-*-*-* デジ放談♪ バックナンバー *-*-*-*

2002年3月6日UP!その1(プレ放談)
2002年3月20日UP!その2
2002年4月10日UP!その3
2002年4月21日UP!その4
2002年5月9日UP!その5
2002年5月25日UP!その6
2002年6月6日UP!その7
2002年6月23日UP!番外編/Ayaの往信(1)
2002年7月5日UP!番外編/Ayaの往信(2)
2002年7月18日UP!番外編/前田@ライン・ラボからの返信(1)

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2002/07/02 00:00:00


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