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ひとつの糸口としてのユニバーサルデザイン

今までの仕事のやり方がだんだん通用しなくなっていると感じている人は多い。マクロ的にはすでに労働人口が減り始めているように、右肩下がりの経済に甘んじなければならなくなったのは事実である。しかしそう悲観ばかりする必要はない。社会の成熟化ではヨーロッパが先輩であり、日本もその仲間に入るだけである。従来の大量生産・大量消費からは大転換をしなければならないが、その試練で経験したことは、ヨーロッパも含めた先進国でも通用するビジネスノウハウになるだろう。

いずれにせよ、我々の最大の課題はモノの価値を考え直さなければならないことである。物量を提供すれば満足される時代では、不満もバラ蒔きながらでも市場が増えつづけることでビジネスも成長していた。しかし国内マーケットの縮小だけでなく、グローバルには発展途上国の追い上げが激しくなっていく。従来の量産指向だけでは企業活動は「イス取りゲーム」になり、経営に永続性は期待できない。これからは商品一点々々の開発と別に、社会と調和して発展できるような、モノ作りの思想が必要になる。

かつてのビジネスが量的に成長していた時に、必ずしも質もよくなっていたわけではない。モノ離れの中で今後は質的な充実なしにビジネスの成長はありえない。ではどのような点で質を上げるべきか。それは個々の企業のコアコンピタンスを伸ばすことの他に、社会との調和という点が重要で、ロナルド・メイス氏の原則で有名な、「すべての人によい」ユニバーサルデザイン(UD)が大きなキーワードになってきた。

凸版印刷パッケージ事業本部の山下和幸氏は、UDはコンセプトで、バリアフリーはテクニック、という表現をしておられた。またUDに関するJIS化が今年度足踏みした理由として、UDの定義がきちんとされていないことではないかとも言われているが、確かにUDの定義のあいまいさは拭えない。UDの掲げる志は高いが、現実にはそれぞれ立場の違いで、解釈の揺れやスタンスの違いが微妙にある。

UDに共感した企業活動が実を結ぶためには、個々に矛盾が若干あったとしても、UD全体を 貫くものは何か、全体からみてお互いの関係はどうなってるのかを見据えなければならない。またこれがないと個別の利害に拘泥して一歩が踏み出せないところも多くあろう。UDには、認識のしやすさ,読みやすさなど,グラフィックアーツの世界に関連する課題も少なくない。しかし表現・表示に関する業務を行っている印刷業は対象業種が広いので、UDの曖昧さにてこずっているように見える。JAGATではまずUD全体像をつかむことが先決と考えて、8月22日にシンポジウム「迫り来る超高齢社会とユニバーサルデザイン」〜商品企画・デザイン・表現において問い直すべきこと〜を企画した。

UDの全体像とは何か? これらの関係をもう少し図式的にあらわしてみよう。

UDの原則から、だれもが、なるべくストレスなく生活できるということは、「自由、博愛、平等」につながり、人権の尊重というのがUDを公的にも取り組ませる理由にしている。もっと現実的には、かつて企業は税金払うことが免罪符で、社会的なしわ寄せは国が尻拭いする面もあった。しかし税金で解決しようとすると高負担な社会になってしまい、それよりもお互いの関係を良くして解決する方向に変えざるを得なくなる。具体的には、立法・行政では、法、税制、規格化、あるいはもっとゆるいものではガイドラインの制定などで、お互いのよい関係ができるように図ることになる。

生活者は日々の安全で快適な暮らしという視点で商品をチェックする。利便性向上の一方で複雑化する商品は、バリアのある人にとっては負担増、場合によっては社会からの排除を意味する。共用品推進機構はバリアのある人にとっての不便さを調査して企業にフィードバックをしてきた。すでにそれを受けて、包装、化粧品、ビール、牛乳、家電品、OA機器、自動販売機、自動車などなどいろいろな分野で取り組みが始まっている。ただ印刷産業では個別企業が対応しているところはあっても、業界としてはまだない。
また健常者であっても高齢化とともに身体的な衰えがあり、認識・理解が不十分なために日々の安全で快適な生活が保障されなくなってしまう。人間の特性には一貫したものがあり、特に高齢化社会に向けて、わかり易さ、読み易さという点でも人間工学的な配慮をしなおす必要がいろいろなところにある。

企業は商品企画・デザインについて、自分達でよかれと思って作るだけではなく、人間工学的な配慮や、高齢化市場対応をしなければならない。生活者からのフィードバックを製品を出した後から受けるのではなく、商品企画のプロセスそのものにUDを組み入れておかなければならない。企業はUDの対応が知的財産にもなるし、ブランディングにも結びつく。
このような全体の中に自分の立場を位置付け、個々の矛盾を乗り越えてUDを進めることで、超高齢化を日本の弱点ではなく、日本の強みにすることができるのかもしれない。

関連情報:8月22日シンポジウム「迫り来る超高齢社会とユニバーサルデザイン」〜商品企画・デザイン・表現において問い直すべきこと〜

2002/07/20 00:00:00


公益社団法人日本印刷技術協会