2002年8月のテキスト&グラフィックス研究会ミーティングでは「表外漢字字体表はどこへいく」と題して,表外漢字字体表とJIS文字コードとの関連について取り上げた。このミーティングでは,「平成13年度文字・画像・データ構造等の標準化に関する調査研究(符号化文字集合(JCS)調査研究委員会)成果報告書(平成14年3月発行)」を参考資料とした。
この成果報告書は,調査研究の基本方針,活動の成果,委員会作業及び審議報告,議事録などを収録した本編と,表外漢字字体表や公開レビューコメントなど3つの附属資料で構成されている。以下に,成果報告書を抜粋・引用してJIS文字コード見直しの背景,表外漢字字体表,JIS文字コード改正の方針と具体的変更箇所などについて2回にわたって紹介する。
平成13年度に財団法人日本規格協会情報技術標準化研究センターのJCS委員会が,JIS文字コードの見直しに着手した背景について,成果報告書では次のように述べている。
(1)JCS委員会では,これまで「7ビット及び8ビットの2バイト情報交換用符号化漢字集合(JIS X 0208:1997)」,「7ビット及び8ビットの2バイト情報交換用符号化拡張漢字集合(JIS X 0213:2000)」の原案を作成するなど,情報交換用に利用する文字コードの整備を実施してきた。
(2)平成12年12月に国語審議会は,常用漢字表以外の漢字,いわゆる表外漢字に関する印刷標準字体を示した表外漢字字体表を含めた審議会報告を文部大臣に答申した。この表外漢字字体表は,常用漢字以外の漢字使用における字体選択のよりどころとして公表されたものであり,JIS及び情報機器に反映することを求めている。
(3)JISを所管する経済産業省産業技術環境局標準課では,この表外漢字字体表の社会的影響を考慮し,平成13年度から新JCS委員会で文字コード規格の見直しに着手することにした。今回の見直しは,文化庁国語課及び国語審議会委員の協力の下,検討を進めることとした。
そこで,先ず成果報告書の附属資料から,国語審議会が答申した表外漢字字体表とはどのようなものかを紹介する。
平成12年12月8日付けで国語審議会が答申した表外漢字字体表は,「前文」,「字体表」,「参考」の3章で構成されている。
この答申の[はじめに]の中には,基本方針などについて次のようなことが書かれている。
答申に当たり,表外漢字(常用漢字表にない漢字)における字体問題の重要性にかんがみ,平成10年6月には,第21期国語審議会の審議経過報告として「表外漢字字体表試案」を公表し,さらに,平成12年9月には,第22期国語審議会の第2委員会試案として「表外漢字字体表(案)」を公表して,各方面の意見を広く聞きながら,慎重に審議を重ねてきた。
本答申として示す「表外漢字字体表」は,一般の社会生活において,表外漢字を使用する場合の「字体選択のよりどころ」となることを目指して,次のような基本方針に基づき作成したものである。
現実の印刷文字の使用状況について分析・整理し,表外漢字の字体に関する基本的な考え方を提示するとともに,併せて印刷標準字体を示す。印刷標準字体とは,印刷文字において標準とすべき字体であることを明示するために用いた名称である。
なお,この字体表は,手書き文字を対象とするものではない。
この答申の「前文」では,表外漢字字体表を作成することになった背景や基本的な考え方,表外漢字表の位置付け,作成目的,適用範囲,表外漢字の選定,字体・書体・字形などについて述べている。それらの中から表外漢字字体表作成の背景や表外漢字の選定などに関する部分だけを紹介する。
従来の漢字施策と表外漢字の字体問題
戦後の漢字施策については,当用漢字表(昭和21年11月),当用漢字別表(昭和23年2月),当用漢字音訓表(昭和23年2月),当用漢字字体表(昭和24年4月)常用漢字表(昭和56年10月)などが,国語審議会の答申に基づき,内閣告示・内閣訓令によって実施されてきた。これらのうち,字体に関わるものとしては当用漢字字体表と常用漢字表がある。
当用漢字字体表では,その「まえがき」に「漢字の読み書きを平易にし正確にする」ために「異体の統合,略体の採用,点画の整理などをはかるとともに,筆写の習慣,学習の難易をも考慮した。なお,印刷字体と筆写字体とをできるだけ一致させることをたてまえとし」と記されている。一方,常用漢字表では,「主として印刷文字の面から(答申前文)」検討され,当用漢字字体表の「印刷字体と筆写字体とをできるだけ一致させる」という方針を更に進める立場は採らなかった。(中略)
また,表外漢字の字体については,答申前文で「常用漢字表に掲げていない漢字の字体に対して,新たに,表内の漢字の字体に準じた整理を及ぼすかどうかの問題については,当面,特定の方向を示さず,各方面における慎重な検討にまつこととした。」と述べ,国語審議会としての判断を保留した。
しかし,ワープロ等の急速な普及によって,表外漢字が簡単に打ち出せるようになり,常用漢字表制定時の予想をはるかに超えて,表外漢字の使用が日常化した。そこに,昭和58(1983)年のJIS規格の改正による字体の変更,すなわち[「鴎」「祷」「涜」のような略字体が一部採用され,略字体採用前の字体(例えば,區偏に鳥の字体など)が](著者注1)ワープロ等から打ち出せない状況が重なった。この結果,一般の書籍類で用いられている字体とワープロ等で用いられている字体との間に字体上の不整合が生じた。(中略)
国語審議会が表外漢字字体表を作成したのは,この問題が既に一般の文字生活に大きな影響を与えているだけでなく,今後予想される情報機器の一層の普及によって,表外漢字における標準字体確立の必要性がますます増大すると判断したためである。
表外漢字字体表作成に当たっての基本的な考え方
表外漢字字体表は,上述したような一部の印刷文字字体に見られる字体上の問題を解決するために,常用漢字表の制定時に見送られた「一般の社会生活において表外漢字を使用する場合の字体選択のよりどころ」を示そうとするものである。
この字体表には,印刷標準字体と簡易慣用字体の2字体を示した。印刷標準字体には,「明治以来,活字字体として最も普通に用いられてきた印刷文字字体であって,かつ,現在も常用漢字の字体に準じた略字体以上に高い頻度で用いられている印刷文字字体」及び「明治以来,活字字体として,康煕字典における正字体と同程度か,それ以上に用いられてきた俗字体や略字体などで,現在も康煕字典の正字体以上に使用頻度が高いと判断される印刷文字字体」を位置付けた。これらは康煕字典に掲げる字体そのものではないが,康煕字典を典拠として作られてきた明治以来の活字字体(以下「いわゆる康煕字典体」という。)につながるものである。
また,簡易慣用字体には,印刷標準字体とされた少数の俗字体・略字体等は除いて,現行JIS規格や新聞など,現実の文字生活で使用されている俗字体・略字体等の中から,使用習慣・使用頻度等を勘案し, 印刷標準字体と入れ替えて使用しても基本的には支障がないと判断し得る印刷文字字体を位置付けた。ここで,略字体とは,筆写の際に用いられる種々の略字や筆写字形のことではなく,主として常用漢字の字体に準じて作られた印刷文字字体のことである。(中略)
表外漢字字体表は,次に示す2回の頻度調査の結果に基づき,現実の文字使用の実態を踏まえて作成したものである。すなわち,第1回は,凸版印刷・大日本印刷・共同印刷による「漢字出現頻度数調査」(平成9年,文化庁,調査対象漢字総数は3社合計で37,509,482字)であり第2回は,凸版印刷・読売新聞による「漢字出現頻度数調査(2)」(平成12年,文化庁,調査対象漢字総数は凸版印刷33,301,934字,読売新聞25,310,226字)である。(中略)
この2回の調査で明らかになったことは,一般の人々の文字生活において大きな役割を果たしている書籍類の漢字使用の実態として,字体に関しては,常用漢字及び人名漢字においてはその字体が,人名用漢字以外の表外漢字においてはいわゆる康煕字典体が用いられていることである。(中略)
また,小学校・中学校・高等学校の教科書や各種の辞典類(一部の自然科学系の用語辞典などは別として)においても,人名用漢字を除く表外漢字の字体に関しては,いわゆる康煕字典体を原則としている。
このような文字使用の実体の中で,表外漢字に常用漢字に準じた略体化を及ぼすという方針を国語審議会が採った場合,結果として,新たな略字体を増やすことになり,印刷文字の使用に大きな混乱を生じさせることになる。国語審議会は,上述の表外漢字字体の使用実態を踏まえ,この実態を混乱させないことを最優先に考えた。この結果,表外漢字字体表では,漢字字体の扱いが,当用漢字字体表及び常用漢字表で略字体を採用してきた従来の施策と異なるものとなっている。
一般の文字生活の現実を混乱させないという考え方は,常用漢字表の制定過程から一貫して国語審議会の採ってきた態度である。一般の文字生活において,印刷文字として,十分に定着していると判断し得る略字体等を簡易慣用字体として認め,3部首(しんにょう,しめすへん,しょくへん)についても,現に[「迂」などのしんにょう,「祇」などのしめすへん,「飴」などのしょくへん](著者注2)の字形を用いている場合には,これを認めることにしたのも,この点への配慮に基づく。(著者注:これを答申の「字体表」では,3部首許容と呼んでいる。)
表外漢字字体表の作成目的及び適用範囲
表外漢字字体表は,法令,公用文書,新聞,雑誌,放送等,一般の社会生活において表外漢字を使用する場合の字体選択のよりどころを,印刷文字(情報機器の画面上で使用される文字や字幕で使用される文字などのうち,印刷文字に準じて考えることができる文字を含む。)を対象として示すものである。
この字体表では,常用漢字とともに使われることが比較的多いと考えられる表外漢字(1022字)を特定し,その範囲に限って,印刷標準字体を示した。また,そのうちの22字については,簡易慣用字体を併せて示した。(中略)
なお,この字体表の適用は,芸術その他の各種専門分野や個々人の漢字使用にまで及ぶものではなく,従来の文献などに用いられている字体を否定するものでもない。また,現に地名・人名などの固有名詞に用いられている字体にまで及ぶものでもない。
対象とする表外漢字の選定について
常用漢字及び常用漢字の異体字は対象外としてあるが,常用漢字の異体字であっても「阪(坂)」や「堺(界)」などは対象漢字とした。これは使用頻度も高く,既に括弧内の常用漢字とは別字意識が生じていると判断されることを重視して対象漢字として残したものである。(中略)
戸籍法施行規則で定められている人名用漢字については既に述べたように,各分野での取扱い方及び漢字出現頻度数調査結果などから見て,常用漢字に準じて扱うことが妥当であると判断した。そのため,人名用漢字についても,常用漢字と同様に対象外とした。
その上で,前述の2回の漢字出現頻度数調査の結果から,日常生活の中で目にする機会の比較的多い,使用頻度の高い表外漢字を対象漢字として取り上げた。
また,使用頻度とは別の観点から,表外漢字の字体問題に密接にかかわる「現行JIS規格の「6.6.4過去の規格との互換性を維持するための包摂規準」に掲げる29字」及び「平成2年10月20日の法務省民事局長通達「氏又は名の記載に用いる文字の取扱いに関する通達等の整理について」の「別表2」に掲げる140字」についても対象漢字の範囲に加えることとした。(中略)
なお,表外漢字字体表に示されていない表外漢字の字体については,基本的に印刷文字としては,従来,漢和辞典等で正字体としてきた字体によることを原則とする。(後略)
情報機器との関係
今後,情報機器の一層の普及が予想される中で,その情報機器に搭載される表外漢字については,表外漢字字体表の趣旨が生かされることが望ましい。このことは,国内の文字コードや国際的な文字コードの問題と直接かかわっており,将来的に文字コードの見直しがある場合,表外漢字字体表の趣旨が生かせる形での改訂が望まれる。改訂に当たっては,関係各機関の十分な連携と各方面への適切な配慮の下に検討される必要があろう。
(著者注1)ホームページでは答申の字体を正確に表示できないため,例示の挿入など一部表現を変更している。
(著者注2)答申でのしんにょう,しめすへん,しょくへんの形をホームページでは表現できないため,例示の挿入等の表現変更を行っている。
なお,「字体表」の詳細内容を含め表外漢字字体表の答申内容の全文は,「文字・画像・データ構造等の標準化に関する調査研究(符号化文字集合(JCS)調査研究委員会)成果報告書」の「附属資料1 表外漢字字体表 国語審議会答申」(PDF形式)から入手できる。
次回は,この表外漢字字体表の答申を踏まえたJIS文字コード改正の方針と具体的変更箇所など,新JCS委員会の検討内容について成果報告書から紹介する。
(テキスト&グラフィックス研究会)
2002/09/30 00:00:00