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DTPエキスパートに想う

DTPエキスパート認証委員  副委員長 郡司 秀明

 
 JAGATからDTPエキスパート認証委員要請の話があってから何年になるのだろうか? そういうことには無頓着なので正確な年数は覚えていないが,スタート時の様子はよーく覚えている。声が掛かった委員の皆さんは,当時デジタル化に向かって第一線で活躍されている人たちばかりだった。そんな人たちが集まって,どういう意味をもった資格にするか,具体的にどんな問題を出題しどういう形式の試験にするか,徹底的に討論した。
 当時はみんな現役バリバリでTipsについても一家言ある方ばかりだったので,ノウハウ集的なテストにすればうるさ方の評論家諸氏からも「実践的だ!」とお褒めの言葉を頂けたかもしれないが,細かい意見の相違はあれど全員一致の結論として決定されたのは,日本のDTP界のリーダーとしてのビジョンをもち指導していける人材を育て,認定していくような資格にしようという「崇高な理想」だった(MOUSとは異なる)。

 人間の能力には「深いが狭い専門的なもの」や「広く浅くの常識的なもの」まで幅広い。それを評価・認定する資格試験も専門的なものにするか,広く浅い知識を試すか,正直迷いに迷ったのであるが,結果的には「広く深く」という現在の形式に落ち着いた。例が適切ではないかもしれないが,水泳に例えてみればこうなる。小学校の先生になるには25m泳げることが(私の学生時代には)条件だ(った)が,これはどんな泳ぎ方でもかまわないから泳ぎ切ればいいというものだった(現在どうかは不明)。
 しかし,DTPエキスパートに求められるのはクロール・バタフライ・ブレスト・バックの基本をマスターし,かつ50mの長水路を完全に泳ぎ切れるというものだ。これだけならスイミングスクールに行きさえすれば何とか合格することはできるかもしれないが,日本古来の古式泳法である抜き手や立ち泳ぎまでマスターしなければならないので,スイミングスクールで練習したくらいでは,ちょっとやそっとでは受からない試験となった。

 問題作りも正直大変だった。もともと製版・印刷分野にはこのようなテスト問題の蓄積がないところに,DTP・デジタルという前人未踏の分野であったので,第1回目の試験の時など大騒ぎの末,何とか試験問題にまでこぎ着けたものだった。そしてホッとしたのもつかの間「委員の皆さんも一般受験者と同じに受験してください」とJAGATはシラっと言うではないか!
 「話が違うよぉ」と抗議しても素知らぬ顔。結局,委員全員全く優遇なしに受験させられ,力を入れ過ぎクタクタになったのを覚えている。子供の運動会での父兄競技みたいなもので「郡司さん,遊びですから適当にやりましょうネ」なんて言ってるくせに,フライングは続出,転倒骨折者まで出す光景を想像してほしい(かくいう私も肉離れの一歩手前までいった前科の持ち主)。

 DTPエキスパート認証委員・副委員長と問題作成WGのリーダーとして,出題者側から少しだけコメントしておきたい。例えば組版の問題では,QuarkXPressやPageMakerのノウハウ,いわゆるTipsではなく,こういう組み方をすれば「美しく読みやすい」という常識を試験しているつもりである。その上で新しい時代について問い掛けようとしている。
 例えば「Webでは紙と異なりフォントの使い方はこのほうが視認性は高い」「Windowsの読者が圧倒的なので,最悪のことを考えてこの見出しはビットマップにしておいたほうが無難だな」という具合である。
 カラーマネジメントの問題にしても「アップルのこのモニタでは色温度を5500Kに設定したほうがよい」というノウハウをよく耳にするが,実際のところ測色計で色温度を測定してみると5000Kに合わせて実際のモニタ上では4600Kに,5500Kに合わせて5000Kになっていることがほとんどである。DTPエキスパートに望むことは「5500Kに合わせるとうまくいく」ではなく「これはモニタの調整誤差だな?」と推論し,科学的に解決していくための基礎知識なのである。エキスパートが自分自身でやる必要はなく,測色を専門にしている人間に頼めばよいことである。DTPエキスパートクラブ(東西)や登録リストに人材は数多く求めることができる。

 印刷会社の経営者の方から「DTPエキスパート試験は実践に役に立つのかね?」と聞かれることがある。そんな場合私は「資格をもっている,もっていないではなく,成績表を見てそれが高得点,各ジャンルの平均点が90点以上なら太鼓判です」と答えていた。合格ラインすれすれの人は運や受験テクニックで合格することもあるが,高得点者の場合は真の実力者としての必要十分条件だからである(私の知っている限り)。
 そんなDTPエキスパート試験も回を重ね,問題も洗練され,教育機関や教材も充実してきた。受験者の意識も高くなり,世の中の認知度もかなり浸透してきたのではないかと自負している。歴史の重みとはこういうもので,JAGATスタッフや関係者の努力のたまものでもある。
 その間に受験者や出題者側の意識も大きく変化した。スタート時,学生合格者は皆無であったが,このごろは合格者の中に学生も見つけることができる。なかにはDTP関係のアルバイトをしながら勉強して合格したという現代版二宮金次郎もいるが悲壮感など皆無で,実践的な経験という点では大変けっこうな話だと思う。そういう人たちに関しては合格すれすれだからダメだ!なんて言うつもりはさらさらない。出題者側もこの辺の受験者にも門戸が広がるように問題を調整している。同じように印刷会社や販売店の営業関係者がこのところ数多く受験している。単なる飲み食い玉遊びだけでは営業として通用しないことの裏返しでもあるが,要するに「印刷会社のクライアントも印刷会社の経営者も(相談できる相手さえいれば)相談したいことだらけなんだ」ということである。

 製版機器販売の営業マンを例に取れば,今までの信頼できる営業マン像は,「まだこのバージョンは早過ぎますよ。安定するまでは後1年掛かるんじゃないですか?」といかにも親身(そう)なイメージだった。しかし,これでは新しいビジネスに後れを取るばかりである。こういう営業マンは既に相談相手としては魅力ないものになってしまったし,こういう営業マンにばかり信頼を寄せているようでは経営者としてのセンスが疑われてしまう。本当に必要とされる営業マンとはDTPエキスパート資格をもち,エキスパートクラブなどの会合に顔を出し,最前線で交わされている生の声を実際に聞き,最善のソリューションを親身になって提案してくれるアドバイザーである。

 DTP創世記,デザイナーに製版知識が不可欠であるといわれたが,CTP時代になって必要なのは製版知識から印刷知識に移っていった。ところが製版フィルムがなくなると製版ノウハウまですべて忘れてしまったので,高精細印刷でのドットゲインなど,トーンリプロダクションを考えれば簡単に解決することも,印刷ばかりで考えているから袋小路に陥ってしまう。
 エキスパート試験では世の中のトレンドは考慮しつつ,その本質に関する真理を出題し続けている。トーンの考え方しかり,組版の美しさしかりである。幅広い知識が必要なDTPエキスパート資格をもった営業マンは製版と印刷をつなぐ役目を担っている。見方を変えれば印刷も情報発信ビジネスの中では1つのメディアでしかない。その中で覇権を握るにはクライアントの気持ちをつかむしかない。そのためにはクライアントがどう考え,どうしたいのか,適切にアドバイスできる実力が必要なのである。大きな視点に立てば,そんな能力検定がDTPエキスパート認証試験なのである。

 
(JAGAT info 2002年10月号)

 
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2002/10/14 00:00:00


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