印刷物といえば、ポスター・電車の中刷広告・カタログ・書籍・雑誌・新聞紙などを最初にイメージするでしょう。もうちょっと考えてみると、業務で使う伝票類・証券類・お菓子の箱・ラーメンのビニール袋などといったものが想像される。ちょっと考えただけでも、さまざまなものが思う浮かぶ。
印刷というのは、印刷される物(被印刷物という)があれば、何らかの方法によりだいたいの物に印刷できる。
ここでは、数多くある印刷物の中から上記のように思い浮かび難い印刷方法をいくつかご紹介する。印刷業界ではこのような分野を特殊印刷といっている。
【身近な特殊印刷】
○曲面への印刷
デコボコ面、球体、曲面への印刷のことをパッド印刷とかタコ印刷といっているが、凹版から球状の弾力性のあるシリコンパットに絵柄を移し、凹凸のある被印刷物へ転写する方法で、ゴルフボールやパソコンのキーボードへの印字、時計の文字盤、体温計の目盛りに使われている。
○盛り上げる印刷
ポスターなどで、盛りあがった、厚みの感じる印刷が施されているものは、バーコ印刷とかデコレート印刷といわれている。前者は隆起させたい部分に多少粘着性のあるインキを追刷りし、バーコ印刷用の樹脂粉を全面に散布し、高温で樹脂粉を溶かして隆起させる。後者は、平版印刷されたものに隆起させたい部分に隆起インキをスクリーン印刷して隆起させる。両者の区別は、バーコ印刷は表面が単純に盛り上がっているが、デコレート印刷は表面が平滑でエッジが中央より盛り上がり輪郭が強調されているところから目視で判別できる。
○箔押し
一部を強調する効果の出し方として箔押しもある。これは印刷ではなく表面加工である。金属製の凸版を裏側から加熱し、転写箔を被転写材との間に入れて押し付け、熱と圧力により箔を転写させる方法である。
○シール印刷
電車の車窓に貼られているウインドーステッカーや清涼飲料の缶などに貼られている小さなシールなどの被印刷体は、タック紙(粘着紙ともいう)を使用している。版は樹脂凸版を使用することが多く、インキは光硬化型(UV)インキが使用さる。もともとインキはウエット状のため、粘着面に印刷しても支障はない。印刷されたシールは、再び剥離紙に貼り付けられてから型抜きが行われ、シールの型だけが残され、余分な部分はセパレータで剥ぎ取られる。電車のガラスに外側から貼られているものがそうだ。
○インモールドラベル
金型の中にラベルを入れて樹脂を注入し成形する方法をインモールド成形といい、同時に熱融着させるラベルのことをインモールドラベルという。ラベルは、フィルムに平版オフセット印刷又はグラビア印刷をする。表刷りの場合は印刷後、表面の絵柄を保護するためにコーティング加工が施されている。裏面は、ポリプロピレンにポリエチレンを混合したものを塗布して接着層をつくり、抜き型で形を抜いてラベルを作成する。この例として、家庭用台所洗剤の容器などがある。
○フレキソ印刷
最近注目度が高いフレキソ印刷とは、ゴムや感光性樹脂などの弾力のある版材と液状インキを使った凸版印刷。今までは、ダンボールへの印刷として知られてきたが、最近では紙器や軟包装、プラスチック包装材への印刷システムも紹介されている。
【看板のデジタル化】
街中を歩いていると床や壁・窓・乗り物などいたるところに大判の広告用の看板が貼られたり垂れ下がったり、立て掛けられたりしている。広告としてのポスターなどを作成する印刷業界と看板業界は融合化されつつある。
もともと看板業界は文字を人が手で書くという特殊な業界であったが、時の経済成長の中で看板の需要も多くなった。看板業は職人芸が要求されること、後継者のことなどの問題もかかえていた。
そこで屋外用フィルムメーカーは、ロール状の原反をペンプロッタの先にカッターをつけてフィルムを切っていくというシステムを開発した。これは、あらかじめフォントを用意しておけば誰でも簡単に標準化した文字が切れるというシステムだった。次の改善進歩は看板広告でグラデーションが使用できるプリントシステムだった。
ポスターは文字を読むというより、イメージで訴えることのほうがより宣伝効果があるということから、各企業がグラフィックスを使った広告媒体という方向にいったニーズとうまくマッチした。
【接着技術による大判広告】
従来、広告媒体は必ず一定のスペースボードが作られ、そこへポスターなどを貼っていた(現在でもそういう場所はもちろんある)。しかし、景気後退で各企業が最初に予算を削るのは広告費のため、広告のボードが空きがちになり、広告媒体の抜けたスペースは見栄えのよくないものになる。
屋外用フィルムメーカーは、あえて、広告用のスペースボードをつくらなくても、接着技術の強みを生かしてビルの側面や床、通路といったところに直接貼ってしまう製品を開発した。そうなるとたとえスポンサーがいなくなっても剥せばもとの状態になる。
特に自動車などは動く広告媒体として有効だということでバスラッピングが始まった。バスについては、バスそのものの広告規制が強かったが、東京都が屋外広告条例を改正して、一台のバスで最大数uしかできなかった規制を1台で30uまで広告可能という規制緩和をした。
しかし、バスの広告については、色や文字などの広告内容そのものに関する規制があり、申請すると審査される。交通事故の原因となりそうな絵柄、公序良俗に反する絵柄は拒否される。
乗り物で一番気をつけなければならないのは、どういうデザインをするかにもよるが、剥がれてはいけないということだ。電車はスピードを上げて走っいるので、ホームで待っている人に剥がれたフィルムが当たると大変なことになる。バスでも同様のことがいえる。都営地下鉄でも粘着ノリについてが一番厳しい。とにかく剥がれてはいけないが、契約期間が切れたらスムースに剥がれなくてはいけないという相反するニーズに応えなければならない。
電車などに貼られているものをみると結構頑丈に貼られている。50ミクロン場合によっては80ミクロンの塩ビに出力し、その上にラミネート加工しているので触ってみると結構な厚みがあるのでそう簡単には剥がれないと考えていい。
最近では、バスなどの地上を走るものだけでなく飛行機などにもラッピングが施されている。飛行機の場合は温度差などの条件が過酷だ。こういった悪条件にも耐えうる接着技術も開発されている。飛行機の場合、広告媒体として広告費を稼いで料金を下げている事情もある。飛行機は広告媒体としてはバスに比べ非常に高額だが話題性がある。飛行機をみるだけではなく、そういう事をやるとだいたい新聞、雑誌などが記事として取り上げるという宣伝効果がある。
【これからのマーケット】
このように、単なる文字よりもグラフィクスのほうが多く使われ、従来媒体として利用されなかったスペースがどんどん広告用スペースとして創られている。
さらに、最近では病院のCTスキャナ自身にラッピングされていたり、その部屋の壁などにも利用されている。病院というのは非常に無機質なもので、検査するときなど患者が緊張してしまうので少しでも緊張感を和らげるヒーリング効果というものがグラフィックスにはある。
以前、パチンコ店は何年かに一度店内改装していたが、最近は内装のリニューアルで簡単で安価でしかも工期も短いラッピングを利用することが多いようだ。
駅の通用路の壁だとか床などもすごく増えた。ポスターだけだと、我々が通勤で駅を通っても記憶に残った絵柄はあまりない。それは、目線のなかにあるものは、自分達の先入観があって単なる風景になってしまうからである。ということは広告としての訴求力はないということだ。ところが、いままで何もなかったところに、例えば改札を出てきて階段を降りようとしたら、そこの床に広告が貼ってあるとするとすごく目立つ。ある調査によると、従来の広告スペースでは考えられない部分というのが圧倒的な認知率、印象が残っているという。
最近のターゲットとしては室内の壁がある。喫茶店や美容院などのお店の壁だ。これは、店舗設計をやるデザイナーは、他にないオリジナリティを得にくいということで壁紙の見本帳から選ぶことに抵抗感を感じている。しかし、壁紙は作る側からいうと相当な量がないとできないので、結局は見本帳から選ぶことになる。
ところが、店舗の特長を出そうと思ったら、ここの店しかない物を使いたい。ましてや、ふつうの壁ではなくそこにグラフィックスを入れたいだとか、というユーザーの要望が当然出てくる。今後この辺のマーケットが注目されそうだ。
【出力機の選別】
プリンタは、熱転写方式・静電方式・溶剤系のインクジェット方式・水性インクジェット方式などがある。前述の屋外に貼っているものは、熱転写又は静電方式により印字されている。対塩ビに対する印字適性という面でインクジェットはあまり使用されない。熱転写や静電方式はいろんな種類の塩ビに出力できるが、インクジェットの場合は塩ビには印字するのが難しいというのが現状だ。
もうひとつ重要なのが生産性だ。例えばバスのラッピングの場合一台当たり50から60uある。実際の面積はもう少し小さいかもしれない。そうすると1日にバスを何台分かを作ろうとしたら、1日数百メートル出力しなければならない。そういった場合、熱転写・静電方式だとそれなりのスピードで出力できるが、インクジェットプリンタだと、最近早くはなってきてるとはいっても、まだスピードは十分ではない。やはり、塩ビに対する適性と生産性のことを考えると、インクジェットは塩ビを使った貼るという世界にはまだ向いていないようだ。
大型の溶剤系のインクジェットプリンタが一番活躍しているのは、ビルの壁面の大きな垂れ幕のようなターポリンとかメッシュへの出力だ。これは、あくまでも貼るのではなく、垂らすほうだ。
水性のインクジェットプリンタについては専用紙に出力している。水性だととても鮮やかで、ポスターなどには最適である。
したがってマテリアルによってインクジェットのほうがいいもの、そうではないものがある。マテリアルが何かにより印刷物の用途が何かも決まってくるし、どういう用途か、どういう素材に使うのかによってプリンタがおのずと選別されてくる。つまり1台のプリンタで何でもというわけにはいかない。
【出力サービス】
このような大型屋外屋内用のグラフィックプリントシステムは印刷会社で扱っているケースが増えた。画像処理の技術などが印刷会社にはあるのでその技術を応用すれば新規の事業になるのではないかということで採用されるのが殆どだ。また、印刷会社はクライアントをもっており、そのクライアントの中に車やビルの側面などアプリケーションが多く、新たなビジネスを生み出すチャンスがある。
当然、看板業者もこのサービスを行なっているが、スクリーン印刷も従来の印刷だけではなくプリンタをもってオンデマンド印刷を始めたところも多い。
表面加工の素材としては塩ビが一番多いが、場合によっては非塩ビを指定するところもある。理由は対環境というものを考えてのことである。同時に、用途によって人は踏んでも破れたり滑ったりしない、耐光性などの性質を備えていなければならない。
都営バスは塩ビを使っているが使用後の廃棄処分の責任のことがあるので、塩ビを使ったときは最後に指定業者に処理を頼んで廃棄しますという証明書を取るところまで対応しなければならない。
このような、大型の広告媒体というものは、以前に比べても宣伝効果が大きいということを各企業が認識しており、さまざまな規制がより緩和されていけば、これから成長が期待できる市場といえよう。
2002/11/25 00:00:00