前回述べたように「タイプフェイスは創作的な表現であり、文字の伝達手段という以上
の価値がある」と、タイプデザイナーはタイプフェイスに著作権を主張しているが、「八木
対桑山事件」や「モリサワ対エヌ・アイ・シー事件」の判決は和解に終わっている。 「モリサワ対エヌ・アイ・シー事件」の原告のモリサワは、1966年ころ台湾、香港など 東南アジア向けの写植機用文字盤の書体として、「亜細亜中明朝体」「亜細亜太ゴシック体」 を完成していた。 そして、この書体を搭載した文字盤を写植機に組み込んで販売するとともに、また文字 盤そのものを単独に販売していた。 被告のエヌ・アイ・シー(NIC)は、自社開発の漢字情報処理電算写植システム「CG-NIC (シージーニック)」に搭載するために、1979年ころ台湾の某有限公司に書体制作(明朝 体・ゴシック体)を委託した。それが1年後の1980年ころ完成し、その書体を搭載した電 算写植機を製造販売した。 そこで原告(モリサワ)は、被告(エヌ・アイ・シー)の明朝体・ゴシック体について、 原告が著作権を有する書体であることを原告・被告間で確認すること、併せてこれらの文 字書体を被告が販売する電算写植システムに搭載しないことを求めるとともに、損害賠償 の支払いも求めた。 しかしこの裁判の結果は和解となった。原告はその判決を不服とし控訴したが、被告が 倒産したのでその後の始末は不明である。
●判決は「原告書体に著作権保護はない」 (イ)一見して、よく似ているという印象を受ける。しかし原告書体は、一般の実用的な 印字を目的とする写植機に搭載された、一組の実用文字に関するものである。 実用文字の書体製作は、「伝承」90%、「改良」10%といわれているから……云々。 (ロ)原告が5500字ないし6000字を一組とした文字について、統一性のある新しい書体 を製作するために、少なくとも2年をくだらない年月を費やしたということ。 (ハ)被告書体の中には、均衡がとれていない構成の広告書体と同じような特徴をもった 文字が70字あまり含まれている。 しかし部首やつくりの接触に関して、原告書体のそれと反対の特徴を示す文字が80 字余り含まれている。 その結果、著作権保護の対象にはならないという判決である。つまり著作権法の保護の 対象になる書体があるとすれば、それは文字が本来の情報伝達機能を発揮するような形態 で使用されたときの見やすさ、見た目の美しさをもつだけではない。 当該書体それ自体が、これを見る平均的一般人の美的感興を呼び起こし、云々。 原告書体については、それが製作される以前からあった、他社製作の同種印刷活字文字 や写植用文字などの書体に比べて、どこがどのように異なるのか。 それらの文字に特有な創作的デザイン要素は何なのか、その創作性の内容を具体的に確 定できるだけの資料はない。 ということで、「原告の原字全体及び原告の各書体は、いずれについても著作性を認める ことはできない。」というのが判決の主旨である。 失礼ではあるが、裁判官はタイプデザインには素人である。タイプフェイスに関する十 分な鑑識眼をもっているとは考えにくい。したがって大きな違いでもない限り判定は難し いであろう。 この程度の判決の経緯説明では正確な理解を得ることは難しいと思うが、タイプデザイ ンの専門家からみればおかしな箇所が散見される。つまり論理が通っていないということ だ。 例えば、明朝体・ゴシック体2書体1万字以上を、創作的な原字からデジタル 化まで1年位で製作することは不可能に近い、ということが判るはずである(つづく)。
|
■DTP玉手箱■
2003/01/25 00:00:00