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フォント関連の知的財産権(5)─フォント千夜一夜物語(20)

  実用的な文字の書体も、その製作者はより実用目的にかなうもの、より見やすく美しい ものにするために、いろいろな観点から創意工夫を凝らし、新しい書体の製作や改良に努 めるものである。

その作業には多くの時間とエネルギー、そしてコストがかかる。したがって、文字を扱 う写植業界や電子機器業界、コンピュータ業界などでは、他人が製作した書体の文字を使 用する場合には、その製作者や所有者に使用許諾を得て、その対価を支払うのが一般的な 常識になっている。

したがって、たとえ著作物性が認められない書体であっても、創作性のある書体が他人 によりそのまま無断で使用されている場合には、信義則の法理を適用して保護されるべ きである。

専門家から見れば、本件のような場合に被告が意識的に細部において、何文字か若干手 を加えて変えていると推察できるような事実が窺える。ここで類似性という判断基準が問 題になってくる。

●意匠法でも保護できない
意匠法による保護を期待するフォントもあるが、現行の意匠法によると、タイプフェイ ス(書体)は保護できないようである。

工業製品に意匠を目的として作られた意匠法では、形状のある物品を保護対象としてい る。タイプフェイスは物品ではないために、意匠法では保護されない。

そこで業界団体は、タイプフェイス保護の法律作りを強く要請した。日本印刷産業機械 工業会では「タイプフェイス法的保護研究会」を結成し、1990年に「タイプフェイス権法 (仮称)の骨子」をまとめた。

しかしその後このタイプフェイス権法の骨子を、法制化に向けて具体化する動きは見ら れず、タイプフェイス法的保護研究会も現在は存在していない。

●類似性とは
タイプフェイスを法的に保護する上で、類似性あるいは創作性の判断基準が必要になっ てくる。この基準が明確でないと、法制化が進んでも運用面で問題が残る。

日本タイポグラフィ協会の「知的所有権研究委員会」では、当初著作権保護のための課 題として、類似性の判断基準作りに取り組んだ。

この意欲的な試みにフォントメーカーやタイプデザイナーは期待をかけていたが、類似 性の判断基準をまとめるのが困難になり、テーマを「創作性」にウエイトをおいた「知的 所有権」活動に改めているという。

類似性の例として、1993年3月に(株)写研が、(株)モリサワ/モリサワ文研(株)に対して書体 に関する訴訟事件を起こしている。

内容は、モリサワの「新ゴシック体」ファミリーは、写研の「ゴナ」ファミリーを複製 したものであるとして、「新ゴシック体L」と「新ゴシック体U」についての製造・販売の 中止と損害賠償を求めて大阪地方裁判所に提訴したものである。
(注)最初のゴナUは1975年に発表

この訴訟に関して写研は、業界紙に両社の書体見本を記載して、読者に書体比較をアピ ールした。当時「ゴナU」は新鮮で近代的な超特太ゴシック体として、印刷物に多用され 流行していた。

他に写植書体の超特太ゴシック体として、リョービの「ナウGU」が1977年に発表され ていた。写植の文字盤化は1979年ころと早かったが、ファミリー化に時間がかかり「ナウ GU」がグラフィック業界に認知されるまで6〜8年を費やしている。

当時、写研フォントはMac DTPでは使えない、つまり写研システムでなければ使えない という不満が、デザイナーの間に鬱積していた。

ところが皮肉なことにデザイナーなどのDTPユーザーは、「そんなにゴナと新ゴシック が似ているならば」ということで「新ゴシック」が評判になり、「ゴナ」の代替えとして爆 発的に売れたという。

その後、1997年の大阪高裁の上告審においても、書体の著作物性を否定して請求が棄却され、2000年には最高裁が、裁判官全員一致で写研の上告を棄却し、判決が確定している。

この問題は典型的な類似性の例である。タイプフェイスの法的保護を認めている英国や フランス、ドイツなどでも、類似性や創作性の基準は明確にしていない(つづく)。

*今号は、2月8日に掲載された内容を一部修正して掲載しております。

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2003/02/08 00:00:00


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